12-27 命の賭け





イザークは表示された時刻に目を移す。

――これでは時間稼ぎにもらなかったな。

メイリンの報告から逆算してアスランの到着は期待できない。
しかし、これ以上、言葉遊びで引き延ばすのは不自然だ。
ネビュラを散布した奴等のことだ、
こちらがアスランに位置情報を発信し続けていることも筒抜けなのだろう。
アスランからの返答は無く、こちらの通信を正確に受信しているかどうかも確信を持てないのであれば、
これ以上アスランに期待するのは最善ではない。
さらに奴等は、ここまでしてカガリの奪還に打って出たのだ、
アスランの足止めの策も講じていることだろう。
ネビュラによる通信障害だけではなく、
おそらく刺客も放っている筈だ。

アスランは必ず来る、
だが、
最早すべての無事を確保できる絶好のタイミングは過ぎた。
イザークは決断する。



その時、ブリッジの扉が開いた。

ざわめきで満たされるブリッジをカガリは颯爽と進む。
すると画面向こう側の彼は立ちあがり、何処ぞの貴族のように恭しく頭を垂れた。

≪お待ちしておりました、姫。≫

「お前の姫になった覚えは無いぞ。」

不敵な笑みを浮かべ、カガリは軽やかに続ける。

「姫と呼ばれるのであれば、私はオーブの姫と呼ばれたい。」

すると彼は眼光を研ぎ澄ます。

≪お戯れを。
姫はご存じの筈だ、貴女様が何の姫であるのか。
そしてその、宿命も。≫

向けられた剣をいなすようなしなやかさでカガリは切り返す。

「私の宿命はオーブと共にある。
だから私はオーブへ還らねばならない。
どうか道を開いてくれないか。」

カガリの嘘の無い言葉の重みによって、
彼の言葉に隠された真意だけが宙に浮いていく。
骨を抜かれたように彼の言葉が崩れた瞬間だった。
場の空気は完全にカガリが握っている。

すると彼は徐に拍手を始めた。

≪それでこそ我が姫、マエストロがお喜びになる。≫

「お前がマエストロではないのか。」

後方に控える楽団のことを含意したふりをしてカガリは問う。
彼と話をしていて分かったこと、

――彼は私と話をすることは苦でないようだ。

≪あのお方がマエストロでなければ、このシンフォニーは完成しない。
まぁ、このシンフォニーを奏でるオーケストラで
コンマスに指名されたとしても願い下げですが。≫

彼は口を滑られてもよいボーダーラインを弁えているからこそ、
問えば応えてくる筈だ。
そのカガリの読みは当たっていた。
彼は決して失言はしない、
だが、彼等にとって痛くも痒くも無い程度の情報は得られる。
今はその程度の情報さえもかき集めなければならない、
同時に時間稼ぎができるのであれば一石二鳥だが、
そこまで期待できるほど甘い相手では無い。

≪姫、そろそろお時間です。
我々と参りましょう。≫

画面越しに差し出された手は、
眩しいほど白い手袋で覆われている。
ここにおいてもカガリは自らの信条を崩さない。

「私はオーブへ還るのだ。
お前達とは共には行かない。」

すると彼は至極丁寧に告げる、
その様は姫に進言する家臣のようだ。

≪ですが、姫が御自らお越しいただかねば、
我々はその艦を討つことになります。
プラントを争いに巻き込むことになる…
それは姫、貴女が最も避けたいシナリオなのでは。≫

共に心を痛めているかのような表情の彼は、
言葉の結びと共に柔らかに変わる。

≪ですから、貴女が選ぶべき道はただひとつ、
我々と共にあるのです。≫

柔らかな声色とは裏腹に、
カガリは彼の言葉の真意に背筋が凍る思いだった。
ここでイザークの艦と奴等が討ち合うことは絶対に避けなければならない、
なぜなら、これを契機にプラントをFreedom trailに巻き込むことになる蓋然性があるからだ。
プラントがFreedom trailの存在を知ったら、
全てを薙ぎ倒す速さと力で邁進することだろう、
Freedom trailの実現を。
しかも、Freedom trailの完成を証明しているのは、
現プラント最高評議会議長のラクスとそのフィアンセであるキラなのである。
まるで予定調和のようなタイミング――

カガリは己に問いかけるように胸元に手を当てる。

これが誰かの恣意的な予定調和なら、

――全力で阻止してみせる。

確かに、Freedom trailによってコーディネーターの未来が開ければ
ある意味の平和は実現するだろう。
しかしそれは、

――私たちが描いた未来じゃない。

カガリは瞳を閉じ、ひとつ呼吸を入れた。
その場にいる者たちはカガリの息遣いひとつにおいても注視している。
それは彼女が未来を切り開く者であることを、暗に証明しているようだった。

開いた瞳に宿る覚悟が、響く。

「わかった、ジュール隊に危害を加えるのであれば
私はそちらへ行こう。」

ブリッジがどよめいた。

「おい、ちょっと待てよっ。」

カガリの背後に控えていたムゥは
彼女の肩を掴んで半ば強引に振り向かせた。

「命を担保に賭けをするバカがあるかっ。
しかも、こんな危険な…。
今オーブがアスハ代表を失えば、どうなるのか分かっているのか。
いや、オーブだけじゃない、
世界だって、お前を必要としているんだっ。」

するとディアッカも憤りを含んだ声で続く。

「ザフトのプライドにかけて、
ここでアスハ代表を渡す訳にはいかない。
それに、この喧嘩は俺らに売られた訳だし。」

片側の口角を上げて、ディアッカは鋭い眼光を画面向こうに向ける。
不意打ちに間合いを詰めて心臓に銃口を突き付けたようなその様に、
クルーでさえも鳥肌を覚える。

≪そう解釈していただいても、こちらは問題ない。
いや、むしろ好都合というものか。≫

そこで引く相手では無い、
むしろ互いの艦を包む緊張は窒息する程に高まる。
その緊張を打ち破ったのは、静観を続けていたイザークだった。

「分かった、アスハ代表の望む通りにしよう。」

「おい、イザークてめぇっ。」

ディアッカはイザークの胸元をつかみ上げた。
クルーは驚きに振り返る、最早、自分の持ち場に集中することなどできない。

「それでもザフトの白を着る者かっ。」

常に飄々と構えるディアッカが声を荒げ掴みかかっている相手は、
彼が最も信頼している筈のイザーク なのだから。

「ここでこの女を奴等に渡してみろ、
それが何を意味するのか、分かんねぇのかよっ。」

容赦なく、ディアッカの罵声が続く。

「オーブは崩れる、この情勢でだっ。
俺達はテロリストにアスハ代表を渡した罪で、国内外からの非難だけじゃ済まされれねぇ、
オーブと戦争になるかもしれねぇんだぞ。
何より、」

そう言って、ディアッカはイザークの胸倉を突き放した。

「ジュール隊が逃げる、
そんな事、俺が許さねぇ。」

イザークは襟元を正すと、至極冷静に告げた。

「我々はアスハ代表の御意志に従う。
代表が望めば剣にもなり、盾にもなり、
翼にもなろう。」

頑なに指針を変えないイザークにディアッカは瞠目すると同時に鋭い視線を向け、
そしてカガリは

「感謝する。」

そう微笑んでもう一度画面に向いた。

「このままでは、ジュール隊さえも壊してしまいそうだ。
やはり私の結論は変わらない。
もう一度言う、
ジュール隊に危害を加えるのであれば、そちらへ行こう。」

再び食ってかかるムゥをカガリは視線で制し、画面向こうの彼に告げる。

「約束の時刻は30分後だ。
私自らそちらへ向かう。」

≪そういう訳には参りません、
今すぐ迎えを向かわせます。
時間稼ぎ、なんて小細工は
貴女様にはお似合いになりません。≫

優雅に白手を振る彼の眼は釘を刺すように鋭い。
しかし、カガリは不敵な笑みを浮かべた。

「お前は淑女の着替えも待てぬのか?」

細めた瞳、
妖艶さが一気に薫り立つ。

「せっかちな男は、きらいだ。」

鳥肌が立つ程の色気に、
彼は瞬間的に生唾を飲み込み、
やがて肩をすくめて息を落とした。

≪まったく、姫は姫かと思えば、
いつの間にかに女になっていたとはな。≫

「こちらは嫁に行くような心持なのだ、
身を清め、思う存分に着飾りたい。
待っていろ。」

そう言ってカガリは凛とした背中を残しブリッジを後にした。
その後を追うムゥ。
イザークは画面に向かい淡々と告げた。

「先ほど申し上げた通り、我々はアスハ代表の御意志に従う。
よって、アスハ代表の身支度に要する30分間は、」

眼光が鋭くなる。

「あらゆる手段を使って死守する。
また、アスハ代表の迎えは不要だ。
これもまた、アスハ代表の御意志だ。」

そしてイザークは通信を切り上げた。

 

 

 


そして約束の30分後、
ジュール隊の艦から1機のMSが放たれる。
その手にはアスハ代表を乗せた小型の救難ポットが抱えられていた。

そこに、来るはずの紅の姿は無く、
彼らの願いは断たれた。
   


 


←Back  Next→  

Top   Chapter 12   Blog(物語の舞台裏)