12-23 決別
目の前で仲間の命が散る瞬間。
血液が蒸発するような熱を帯びた体を
突き抜けていく事実、
そこから噴き出す痛み、苦しみ、自分への憤り、
そして哀しみ。あの瞬間を忘れる事なんて出来ない。
「邪魔をするな。」
通信から漏れ聞こえた冷涼な声に弾かれたように、
アスランはフルスロットルでアンリの搭乗したムラサメへと向かう。
明々と輝いた光が火花と共に散っていくのを目に映しながらアスランの表情が歪む。
まだ、届かない。
アスランは本体である白銀のMSの注意を引く様に攻撃をしかけながら、アンリの元へと急ぐ。――間に合ってくれっ。
爆発により霞みがかった先に見えた微かな光が飛び出した。
アンリの損傷の程度を確認すると、すかさずアスランは声を飛ばした。「アンリ、引けっ。
早くっ。」「はいっ。」
アスランは、直もアンリに標準を定めたファンネルを数機撃ち落としながら方向転換し、
自らのファンネルで白銀のそれから放たれる攻撃を相殺し、白銀のMSへと一気に詰め寄る。
ファンネルと本体との距離が離れる程、その精度は当然落ちてくる。
つまり、アンリと白銀のMSとの距離を取れば自ずと標準は再びアスランへと向けられる、
それがアスランの狙いだった。アスランは五月雨のように降り注ぐ光の矢を紙一重のラインで避けながら直進する。
紅の機体を掠め火花が尾を引いた。
アンリの声が飛ぶ。「アスランっ。」
無謀とも言える強行突破。
それを躊躇い無く選択する自信。
そして確実に仕留める力。
アンリはアスランと自分との間にある戦士としての隔たりに言葉を失う。アスランは言葉ともつかない叫びを上げて、相手の急所に狙いを定め引き金を引く。
シールドに遮られた、
それも想定の範囲内だと言うように、アスランはそのまま体当たりをする。
衝撃が宇宙を震わせる。「お前の目的は何だ、答えろ」
引き金に指を掛けたままアスランは問う。
ほの赤く灯る銃先が相手の急所を押さえつけ、
さらにアンリから距離を取るようにアスランは押し進める。
通信を通じて聴こえてくる相手の機体のアラーム音、
それに混じるのは笑みとも取れる溜息。「それはもう、分かっている筈だ。
それとも、分からぬふりをしたいのか、
真実から目を背けて。」「くっ・・・。」
行き場の無い感情がアスランの喉元を締め上げる。
言葉にされるだけで、最悪のシナリオが具現化していくような恐怖が
粉雪のように降ってくる。
振り払うように頭を振った、
そんなアスランの姿があたかも見えていたかのように、
白銀のMSは一瞬の隙をついて機体をひねり僅かな間合いを取る。
そのまま離脱される、予感が過ると同時にアスランは叫んでいた。「待てっ。
お前はパトリック・ザラと関係があるのか。」他に問うべき事があるのにと、アスランの米神を汗が伝う。
しかし、鼓動はあまりにも素直に速度を上げる、
まるで答えを急いているように。
そんなアスランに落とされたのは嘲笑――「まさか、戦場で父が恋しくなったのか?
パトリック・ザラは死んだ、
そうであろう、アスラン。」全てが言葉の通りでアスランは押し黙るしかなかった。
“何と答えてほしかったと言うのだろう・・・”そんな想いとともにアスランの表情は歪んでいく。
電源を落としたように戦意が消えた紅を前に、白銀のMSは退路へと向かった。
その背中をアスランは追わなかった。
先ずはアンリの安全を確保し、
我が艦へ報告させ万一に備え体勢を整える方が先だと冷静に判断する一方で、
胸の内は違った。
あの背中を追えなかった。
ただ、見詰める事しか出来なかった。開く距離。
通信もやがて切れるだろう。
アスランは溜息さえ吐き出せず、アンリとの通信を開こうとしたその時、
言葉が残された。「我が名はマキャベリ。
パトリック・ザラではない。」アスランは息を飲んで顔を上げた。
その声に決別のような響きを感じたのは、何故だろう。
「アスランっ。」
アンリからの通信が入り、漸くアスランは我に返った。
遠ざかる背中が見えなくなってから、どれだけの時間動けなかったのだろうか。
アスランは苦笑を洩らし、アンリの元へと向かった。「無事で良かった。」
「すみません・・・、何の力にもなれなくて・・・。」
素直に悔しさを滲ませるアンリに、アスランは微笑みを浮かべる。
そうして思うのだ、本当にアンリが無事で良かったと。――無事で、良かった・・・?
微かな違和感を覚えた。
マキャベリの技量であれば、むしろアンリを撃ち落とせなかった事の方が不自然なのではないかと。――まさか、わざと攻撃を外した・・・?
アスランでさえ気付かない程巧妙に。
しかし、何のために?――あの攻撃は、アンリを討つ事が目的では無かったのか。
アスランの注意をアンリに引かせて、その間に離脱を図ろうとしたのだろうか。
それとも、アンリを引き離し1対1に持ち込もうとしたのか。
前者であるなら、アスランに攻撃を仕掛けた事の意味が浅くなり、
後者であるなら、1対1になった後、あまりにあっさりと退路に着いた理由が説明できない。――そもそも、俺を討つことさえ目的では無かったとしたら・・・。
マキャベリの目的は――
――何故気が付かなかったっ。
導き出した結論に、アスランは感情のままにコックピットの側面を叩いた。
通信を通じてアンリにも伝わり、驚いた声が返る。「どうしたんですかっ。」
「アンリ、機体の損傷状況と残りの燃料は。」
アスランの冷涼な声から一刻の猶予を争う事態を感じ取り、直ぐに気持ちを切り替え返答した。
「シールドが大破しましたが、それ以外に主だった損傷はありません。
燃料は十分です。」「分かった。
今すぐ艦に戻って臨戦態勢を整えるよう伝えてくれ。
万が一の場合は戦闘になる。」「今の奴が、オーブに攻めてくる・・・という事ですかっ。
まさか。」戸惑いを含んだアンリの声に、アスランは淡々と告げた。
「いや、奴等の目的はアスハ代表だ。
恐らく、今頃ジュール隊の艦が狙われている。」真の目的に行き当たるチャンスはいくらでもあったのに――。
あの時襲われた全身の痺れ等、言い訳にならない。
何も出来ず、ただ目の前の出来事に目も思考も奪われていた自分が許せない。
アスランは怒りで震える拳を握りしめる。「そんなっ、何処から情報が漏れてっ。」
「分からない。
だが、奴が攻撃を仕掛けた目的が俺の足止めだったとしたら・・・、
全てに説明がつく。」まともに反撃できない紅に致命傷を負わせなかった事も、
心理的な揺さぶりをかけてきた事も、
あまりにもあっさりとした幕引きも、
全ては時間稼ぎのため。
さらに、ムラサメの速度でプロミネンスを搭載した紅に追いついたと言う事は
それだけの時間を無駄にしただけではなく、
戦闘中若しくはその前から、ネビュラにより羅針盤が狂っていた可能性がある。あらゆる可能性を排除せず、細心の注意を幾重にも重ねてきた筈なのに。
何故、この事態を避けられなかった。
何処に見落としがあった。
そもそも、この事態こそがマキャベリの仕掛けた罠だったとしたら――アスランは一度首を横に振り、思考を切り替えた。
今は前を向くしかない。
アスランはムラサメの速度からロスした時間を割り出すと同時に
周囲にネビュラが散布されていないか再度確認を行いながらアンリに指示を出す。
アスランが組織した隊はアスハ代表の捜索を第一義的な目的としているが、
当然犯行グループとの戦闘も視野に入れている。
信頼できるクルー、
確かな技術力に支えられた戦力、
万一の場合でも結果を残せる体勢は整えてきた。だが、その前に
――俺が必ず討つ。
アンリは紅い光の尾を引きながら遠ざかっていく機体を見送って、
アスランの指示通り帰艦しようと握った時
操作パネル上の手が震えている事に気が付いた。――あんなアスラン、初めて見た…。
殺気が…、違う。自分に向けられた殺気では無い、なのに手の震えは止まらない。
これがアスラン・ザラなのだと、初めて分かった気がする。
2度の大戦を駆け抜けた英雄、それは言葉を返せばそれだけ命の駆け引きをしてきた事を表す。
護った命だけではない、護るために奪った命も、護れずに奪われた命も。実戦に肉薄した演習をどれ程繰り返しても、たった1度の実線には敵わない。
敵を目の前にしても何もできなかった自分、
それどころかアスランの足を引っ張るだけで、
紙一重の幸運により今ここに命がある。
自分はそれ程弱く小さな存在なのだと思い知る。――だけど。
アンリは震える手を握りしめ、機体を反転させ帰艦の途へ着いた。
力量の差に、無力さに、立ち竦んでいる時間は無い。
これから再び争いの時代が始まる、その確信がアンリを突き動かした。
第一次大戦時に両親を亡くし、
ファウステン家が没落していくのも、オーブが戦火に焼かれていくのも
ただ見ている事しかできなかった幼い自分では無い。
大切なものを護れる力が欲しかった、
そして欲しかった力を身に着ける事だって今ならできる、
この手を足を、止めなければ。
←Back Next→
Top Chapter 12 Blog(物語の舞台裏)![]()