12-22 伝えたかった想い




あの頃の自分はまだ幼くて
父の言葉を聞けず、
自分の言葉も伝えられず、

父に撃たれ、

撃たれた父をこの腕に抱き、

伝えたかった想いは届かないまま、

宇宙に消え行く父の魂に
瞳を閉じた。

 

 

『アスラン、
お前は何の為に戦う。』

銃口を向けるMSに、
あの時の父の姿が重なる。

幼い日の自分と微笑みを浮かべる母の写真が飾られていた、
父のデスクの前で。
銃を構えても、自分に向かって引き金を引く筈無いと
心の何処かで信じていた。

なのに。

『軟弱者めが。』

父の望む、強い軍人になれなかった
俺が弱かったのか。

『これで終わりだ、アスラン。』

肩を撃ち抜かれたあの時が、
父との最後の会話になった。

 

漆黒の闇に浮かぶ銃口に赤い光が灯り、
一点から裂けるように複数の線を描いて降り注ぐのが見えても、
ここから動く事が出来ない。

俺はまた、あの日と同じ
何も聴けず
何も言えず
父に撃たれるのか。

――父上に…

 

告げられた終焉に従うように落ちた瞼。
そこに浮かんだのは一人の少女。
潤んだ琥珀色の瞳。
眼差しと同じ、真直ぐに何かを伝えようと動く唇。

もう一度、父上と話ができるかもしれないと。

目の前で父を失ったばかりの君が
自分の涙を飲み込んで
伝えてくれた言葉。
押してくれた背中。
君を抱きしめて
“ごめん”と呟いた唇が描いた微笑みは、
君がくれたもの。

君がいるから、
何度でも、前を向けるんだ。

君がいるから、
護りたい人を、
護りたい世界を、
己の正義を、
想いを、
貫くことができる。

いつも君が――

 

 

その瞬間、瞳の奥で何かが弾けるような感覚。
それは覚醒だった。

数秒前まで体を支配していた痺れは嘘のように消え去り
視界も思考も一変してクリアーになる。
体が動く、
想いのままに。

紅は向かってくる光の矢との距離を詰めながら交わし、
同時に銃口を向けて1筋の光が白銀のMSに伸びていく。
これまでの動きが嘘のように、電光石火のスピードで反撃する紅は
自らが放ったビームライフルの後を追うように間合いを詰め、
相手が攻撃をいなした隙をつき、畳みかけるように銃口を向け引き金を引く。

息を吹き返したような紅の動きに白銀のMSは動じる事無く、
むしろ喜びを噛みしめるような笑みが、通信を通じて漏れ聞こえる。

「安心したぞ、アスラン。
生き恥じを曝しながら腕まで腐ったとあらば、
救いようが無い。」

紅の銃線を避けると同時に間合いを取ったMSは
ファンネルを起動させ多角的な攻撃に切り替える。
アスランもファンネルで迎撃するが、相手の方が数で上回るため迎撃だけでは間に合わず
シールドでいなしながら前進する。

ファンネルは多角的な方向から攻撃が出来る事が最大の強みであるが、
複数のファンネルを同時に操作するため、空間把握能力に長けていなければ効果的に働かない。
数が多くなればなる程、その能力の高さが求められる。

――これだけの数のファンネルを使いこなす…
   一体何者なんだ、奴はっ。

網の目のようなファンネルの光線を避けながらでは相手との間合いは詰まらず
ソードはもちろんのことライフルさえも決定的な攻撃力にはならない。
アスランは胸の内で舌打ちした。
こうしている間にも時間は刻一刻と過ぎていき、焦りが滲む。
一方で、白銀のMSはビームライフルを脇に納めファンネルのみの攻撃に切り替えていた。
そこから感じられるのは圧倒的な余裕。

そしてもう一度
記憶と重なる声が、降る。

「ザフトの誇りはどうした、
アスラン・ザラ。」

アスランは眉を顰める。
「何を言って・・・っ。」

「母を奪われた無念を忘れ、
父の志も引き継がず、
何故お前は、そこに居る。」

「何故、ナチュラルという野蛮な人種と共に在る。
同胞の命と共に母国を焼き払ったのは、
他でも無いナチュラルぞっ。」

その問いにアスランは瞳を見開き、
一瞬で遡る時が体を硬直させた。
血液までもが逆流するようだ。
記憶の中の声がアスランの魂を過去に引き摺り込んでいく。
いとも簡単に心を揺さぶる。
この声は、父のものだと理屈抜きで体が訴えている。

しかしアスランは、遺伝子レベルで反応を示す自らの体を力づくで抑え込み
間髪入れずに攻撃の手を強めた。

――今はっ・・・。

前に進むしかない。

数で上回る相手の攻撃を全て相殺するのではなく、アスランはスピードで応戦した。
3次元で交錯する光線の僅かな隙間を駆け抜け、
最大限ハーネスで相殺しシールドでいなしながらも、ライフルは白銀のMSの急所を狙う。
徐々に詰まってきた間合い。
近づく距離に比例してビームライフルの威力は増していく、
と同時に相手はハーネスだけでは対処できなくなる。
白銀のMSは再度ビームライフルを構えた、
言い換えれば、構えさせるまでにアスランが再び追い詰めたのだ。

 

「俺には、叶えたい夢があります。」

しかしその言葉は、
誰に向けられた言葉だったのだろう。

「実現したい世界があります。」

目の前のMSから突き付けられた問いに応えている筈なのに、

「護りたい人と
その未来があります。」

アスランの声に乗る想いは、遠く宇宙に響く。

「だから俺は、
ここにいます。」

宇宙に溶けた父の魂に呼びかけるように。

 

選んだこの道を一歩も引く気は無いと、
そんな覚悟の響きがそうさせたのか、
白銀のMSは攻撃の手を止める。

2機は一瞬で静寂に包まれる。

――止まった・・・?

何故攻撃が止んだのか、目の前の疑問が小さな水泡のように浮かび上がり
水面に波紋を描く様に新たな問いが立ち昇る。
そもそも何故、奴は攻撃を仕掛けてきたのか。
目立った罠も無い、この場所で、
単機で、
今、この時に、
何故――

先程まで体を支配していた痺れによって遮られていた思考が今になって吹き出し、
連なる問いが描く軌跡の先に、真実が霞みがかって見える。
問いの答えがもたらす予感に、アスランの背筋が凍る。
予感は、続く言葉で確信に変わる。

「宿命を知っても直、
お前は戦うと言うのか。」

告げられた真実が喉元を押さえ、息さえ出来ない。
鼓動がけたたましく鼓膜を打つ。
分かっていた筈だった、
奴がFreedom trailと無関係な筈がないと。
そして、全てを知っているのだと。

Freedom trailは確実に動き出している。
メンデルから、世界へ。
その証拠に、奴は今、目の前に存在する。

「何故、あの女を護ろうとする。」

そして再び銃口が向けられた。

「答えろ、アスラン。」

 

その声に、いとも簡単に心を揺さぶられても
この胸に揺るぎない想いがある。
アスランは銃口を向けた。

「同じ夢を描いて、共に生きたい。」

それは暁の世界で
カガリと重ねた真実。

「だから俺は、
彼女を、
この世界を護るために
戦い続けます。」

それがアスランの真実だと示すように、
強く迷わず向けられた銃口。
互いに銃を向け合ったまま、再び静寂が落ちた。

その均衡を破るように、微かな呟きが漏れ聞こえた。

「…同じ事を、言うのだな…。」

何故だろう、アスランは苦味と微笑みを混ぜたような響きを微かに感じ取り
驚きに声ともならない息を漏らす。

――誰と・・・、何が同じなんだ・・・?

そこに生まれた一瞬の隙が、続く判断を鈍らせた。
宇宙を複数の白い影が切り裂いていく、
右翼後方に向かって。

――ファンネル・・・、何故。

討つべき対象は自分であった筈、
なのに奴のファンネルは紅を横切り、遥か後方へと集約されていく。

――まさかっ。

座標を拡大すると、こちらに接近するMS1機。
ライブラリに照合しなくても表示される“ムラサメ”の文字。
機体のナンバーから確認せずともパイロットの名は――

「アンリ、引くんだっ。」

アスランの叫びは、遥か後方で弾けた赤い光によって掻き消された。

  


 


←Back  Next→  

Top   Chapter 12   Blog(物語の舞台裏)