12-19 タイムリミット


アンリはアスランが操る紅の発進を格納庫のモニターから見送った。
加速1つを見てもアスランとの力量の差の大きさを思い知らされる。
そんな事、ずっと前から分かっていた。
以前のアンリは、その差を眼前に突き付けられ尊敬と憧れを抱くだけだった。
だが、今はそこに悔しさが流れ込む。
それは決して無力さではない。

強くなりたいと、
強くなるしかないんだと、
顔を上げ前を向く。

「今から追いかけても追いつかんぞ。」

まるで心の中の声に応えるような言葉にアンリは振り返れば、
小さなお髭をなぞるコル翁が立っていた。
審判を下されたような言葉にアンリは身を固くした。

「ムラサメと紅では性能が違いすぎる。
おまけに今の紅はリミッターを外しフルスロットルで飛ばしておる。」

違うのは機体の性能だけでは無い、それ以上の力の差がある。
それでも、

「俺は、追いかけたいんです。
今は追い付けなくても、追いつきたいんです。」

このまま立ち止まっていても差は縮まらない。
突き放されていくだけだ。
尊敬を込めた眼差しで見つめるだけの自分には戻れない。

コル翁はアンリが何に立ち向かっているのか悟っているのだろうか、
小さなお髭の下でニィっと笑みを浮かべた。

「ムラサメの発進準備は出来ておる。
後はお前の好きにせい、わしゃぁ知らん。」

そう言い残して持ち場へと帰っていったコル爺の小さな背中に向かって
アンリは深々と頭を下げた。

 

 

 

アスランはコックピットのメーターに視線を移し小さく息を吐いた。
紅はモルゲンレーテ社が極秘開発した新型エネルギー、プロミネンスを搭載している。
その名のとおり太陽のような爆発的なエネルギー、
その真価はリミッターを解除し初めて発揮された。
あまりに鮮烈に。

――恐らく・・・
  いや、確実にジャスティスの上を行くだろう。

戦後、オーブ・プラント両国が先導し始まった軍縮の動きに
地球連合傘下の国々も後に続いた。
内実は戦後の復興に莫大な予算を投じねばならず財政難にあえぐ国々が
平和構築を建前に軍事予算を削る動きが重なったのだが、
いかなる理由にせよ足並みを揃え軍縮に向かった事は紛れも無い事実である。
強すぎる力が恐怖を産み、恐怖が争いを呼び寄せる。
ならば力を有限にし、恐怖の元を絶てばいい。
こうして結ばれた軍縮条約の規定には例外なくMSも含まれている。

――スピードだけじゃない、
  戦闘になればなおさら。

これが紅の最後になる、そんな予感が過る。
条約に定められた基準要件を超過するスピードとパワーがあるのであれば
紅は解体されるか、EPUへ寄贈されるか…

――いずれにせよ、コイツを手放すことになるだろう。

初めて手がけた愛機を手放すことに、悔しさもさみしさも口惜しさも何も無いと言えば嘘になる。
だが、それ以上に胸を満たす想いがある。
アスランの表情に淡い笑みが浮かんだ。

――この機体を造る事が出来て、良かった。

君を護る事が出来るなら。
君と一緒にオーブへ帰る事が出来るなら。

 

 

 

「カガリ様っ、次はオレっ、オレの番っ!」

詰めかけるクルーたちに、カガリは困ったような笑みを浮かべた。
カガリがこの艦に留まるタイムリミットが明確になり、
クルー達は最後のチャンスだとばかりに時間を共有しようと考えたのだ。
その気持ちは嬉しいが・・・と、カガリは視線を巡らせる。
しかしその先に彼の姿を捉える事は出来ない。

「ほらっ、カガリ様の邪魔しないのっ!」

もはやジュール隊のアネゴ的キャラになっているルナは、
収拾がつかなくなった状況をバサバサと捌いていく。
先導するルナの後を追い、カガリは彼らに“ゴメンな”と手を合わせながら先を急いだ。

限られた時間を共有したいという気持ちはカガリだって同じなのだ。

――どんな僅かな時間でも構わない、シンと一緒に…

きっとシンとは、どんなに私が一方的に願っても出会えない。
同じ空間に留まることを互いに避けられないこの状況は、
彼にとっては苦痛でしか無いかもしれないが、カガリにとっては絶好の機会。
この艦に保護されてからこれだけの時間があったにも関わらず、
彼には避けられ続け接触らしい接触も出来ないままだったが、
残された時間は後わずか。
もう待ってはいられない。

何を伝えたいとか、
何を聴きたいとか、
そうではなくて、
ただ、話をしたかった、
シンと。

「なんとか、アイツを捕まえてみますからっ!」

頼もしく請け合うルナに、カガリは微笑みを返した。

 

 

メイリンはモニターに反射した自分の顔を見て、溜息を漏らした。
カガリと一緒に過ごせる時間は1秒ごとに過ぎていくのに、

――なんで私、こんなにツイて無いんだろう…。

今日のシフトでは、一日中ほぼこの席についていなければならない。
慎重に慎重を重ねた計画、安全が確約された航路、
その上を寸分の狂いなく進んでいくよう見守る事は重要な任務だ。
こちらへ向かっているアスランから通信が入る可能性だって十分にある、
その時の初動は自分だ。
でも、

――私を導いてくださったのはカガリさまなのに。

結局あれから、何の恩返しも出来ない自分。
それなのに、キラキラとした楽しい思い出がいっぱいできて、
もっと一緒に居たいという気持ちばかりが膨らんで…。
今度は心のままに溜息を吐きだした。

――でも、最初にできる恩返しはきっと、この任務を全うすることだわ。

そう、メイリンが自分に言い聞かせた時だった。
ふいに肩を叩かれ、振り返ると先程自分と交代したばかりのクルーが立っていた。

「あの、どうかされましたか?」

不思議に思ったメイリンが小首をかしげると、

「当番、代わってやろうかと…思って。」

予期せぬ申し出に大きな瞳を丸くした。

「昨日から続けて当番だなんて、それじゃ連勤になっちゃいますよっ!
私は、もうすっかり元気ですし、大丈夫ですから。」

自分が眠りに付いている間、仲間たちにどれ程負担をかけてしまったのか、
それが分かるから復帰した今は自分の役目を果たすだけでは無く
これまで以上の貢献をとメイリンは思っていた。
当番の交代を申し出てくれる優しさには感謝しつつ、メイリンは自分を叱咤していた。
体調管理には気を配っていたつもりだったが、まだ周囲に心配をかけてしまっているなんて、と。
しかし、続いた言葉にメイリンは視線を上げた。

「や、カガリ様と…一緒にいたいんじゃないかと思ってさ。」

「え?」

「俺…、つーか俺達さ、
メイリンが戻って来てくれて、すごく、嬉しかったんだ。ほんと。」

真直ぐに見詰めるメイリンの視線に耐えきれず、
目の前のクルーは頬を赤らめながら視線をそらした。

「メイリン、言ってただろ、カガリ様のおかげだって。
だからさ。」

「でも・・・。」

そう言って視線を落とすメイリンに、クルーは大きく手を振った。
“ここでカッコつけなくてどうするんだ、俺!”と、自分を奮い立たせて。

「俺、さっき仮眠とったし大丈夫だから。
行ってこいよ。」


駆けだしたメイリンを見送って、クルーはまだぬくもりの残る席につき少しだけ自分に酔いしれた。

――俺、カッコいい・・・。

 感謝の言葉と一緒に向けられた笑顔、それだけで彼は満腹だったのだ。

 

 

シンは自室の扉から首を出すと、左右を覗うように視線を振り
誰もいないことを確認するとスルリと抜け出した。
カガリにはもちろん、ルナに見つかったら厄介だ。

――なんで今日に限って非番なんだよ・・・。

タイムリミットは決まった。
カガリとムゥを保護してから調子が狂ったような日々が続いていたが、終わりは見えた。
この一日をやり過ごせば日常が戻ってくるのだ。
なのに。

――ルナまでグルになりやがって。

プラントまでの航路が決まって、明らかにカガリの目の色が変わった。
これまで世界を動かす様々な決断をし実現してきただけはあるのだろうと、
思わざるを得ない凄みを感じた。
真直ぐに向けられた視線が伝えてくる、“話をしよう”と。
そのメッセージがシンプルである分だけシンの胸に強く訴えかけてきた。
だが、それはカガリの願いであって

――俺は知ったこっちゃねぇよ。

苛立たしげにシンは髪を掻き回した。

――ったく、ほっとけよ・・・。

「そうやって、逃げ続けるのか。」

思考が無意識に独り言になっていたのかと、シンは咄嗟に口元を押さえた。
窓に映ったシルエットに声の主を確認すると
シンは無視をするように背を向け歩みを進めようとした、
その肩をつかまれる。

「慌てるなって、ボーズ。
別にルナにちくりはしねぇって。」

あからさまな溜息をついて振り向けば、飄々とした笑みにぶつかった。

――ムゥ・ラ・フラガ…。
メンデルで保護した時から“食えない奴”だと思っていたが。

その笑みにネオ・ロアノークの仮面が重なり、
掴まれた肩を振り払うシンの眼光が一気に鋭さを増す。

「おいおい、ぶっそうだなぁ。」

降参とばかり両手を上げたムゥに、先程差した仮面の影は消えていた。
シンはムゥの飄々とした空気に戦意のような感情が緩んで、気まずさだけが心に残る。
視線がぶれて心が揺れる、
そんな状態でムゥの作り出した空気に抗えるだけの力量を持ち合わせていないことを悟り、
シンは悔しくても足を止めざるを得なかった。

「何の用ですか。」

あからさまに棘を持ったシンに対し

「ここじゃ目立つだろ。」

ムゥはウインクしながらシンの部屋を指した。
ムゥは気を使っているつもりだろうが、シンにとっては逃げられない状況に追い込まれるだけだ。
しかし、シンは溜息を落として無言でムゥを自室に招き入れた。


 


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