12-15+ パジャマパーティー
「メイリン、おかえりなさい!!」そう言って、ルナは2人の部屋の扉を開いた。
両親からプレゼントされたテディベアも、
お気に入りのギンガムチェックのベッドカバーも、
何もかもが以前のままで、ずっとルナが手入れをしてくれていたことが一目で分かる。――お姉ちゃんはどんな想いで、この部屋を護ってきたのだろう。
メイリンはルナに抱きつき、
“お姉ちゃん、ありがとう”と、肩に顔を埋めて告げた。
ルナは潤んだ瞳をごまかすように、
“もぅ、大げさなんだから”と、何でもないようにメイリンの背中を撫でた。一歩後ろで2人のやり取りを見守っていたカガリは思う、
こうしてルナとメイリンは同じ時を重ねてきたのだと。
幼い頃からずっと。
この部屋で思い出に囲まれながら2人はどれ程素敵な夜を過ごすことか、想像に難くない。「じゃぁ、おやすみ。」
そよ風がおくれ毛を揺らすように自然に響いたカガリの声に、
待ったをかけたのはメイリンの方だった。「カガリ様、どちらへ?」
当然一緒に寝るものだと思っていたのであろう、
メイリンの無垢な瞳にウィルを重ねてしまい、カガリは眉尻を下げて笑った。「や、私は別の部屋で寝るから。」
別室が空いていないため相部屋になった経緯を知るルナは首をかしげた。
「部屋は他には空いてませんよ。」
するとカガリは安心しろと言わんばかりに胸を叩いた。
「大丈夫だ、今日はイザークの部屋にもぐりこむぞ!
広い部屋なんだってディアッカが言ってたし。」「「絶対ダメです!!」」
≪メイリンおかえり記念☆パジャマパーティー≫をしようと言いだしたのはルナで、
不器用な言葉で遠慮しようとするカガリを、頑固なまでに引き留めたのはメイリンだった。
ラグの上の小さなテーブルにはお菓子とおつまみが並び、
「カンパーイ!」
パジャマ姿の3人の声が響いた。“ぷっはぁ!”
ビールを手にしたルナはCMばりの飲みっぷりで見ているこちらが気持ち良い。
その隣でウーロン茶を飲んでいたカガリに、
メイリンは“このワイン、ショコラにぴったりなんですよ。”とグラスを差しだした。
スイーツあったワインを選ぶなんて、流石は女の子だ。こんな風に、何気ない会話をして笑い合って、
女の子に生まれて良かったなと、メイリンは思う。
“女子トークと言えば恋バナでしょう!”そう言いだしたのはやはりルナで、
話しをする順番を決めようとじゃんけんをしたが、
やはり負けたのは言い出しっぺのルナだった。「実はシンの事で、ちょっと悩んでて・・・。」
しおらしい面持ちで話しだしたルナだったが、
“結局、のろけ話じゃない〜!”とメイリンが叫んで、
笑い声が部屋いっぱいに響いた。「はい、じゃ、メイリンの番!」
切り返しが早いルナだ、
明るく言い放つとメイリンは“うっ”と言葉を詰まらせた。
そして、物事をズバズバ言い当てるのもルナで、
「メイリンは、ちょーっと気になるお友達が出来たんじゃないのぉ?」
ルナにつつかれたメイリンの頬は、あまりに素直に淡く染まった。“あ・・・えっと・・・”と呟きながら俯いて、
ルナにつつかれる度に体を揺らすメイリンの様子から、
カガリは何となく、アンリのことだろうかと思う。
そして、その答えを出したのもやはりルナで。「カガリ様!アンリって、オーブ軍ではどんな感じですか?」
「お姉ちゃん!!」ルナの声はメイリンの叫びで掻き消される、筈が無かった。
2人のやりとりがツボにはまって、カガリは目元を押さえながら笑う。
いたたまれなくなったメイリンは、かわいそうなくらい赤くなって
“お友達だもん・・・”そう言って俯いた。
メイリンのかわいらしい仕草に笑みを深めて、カガリはあえてルナの方を向いて応えた。
直接返せば、込上げる恥ずかしさが声を消してしまうかもしれないから。「アンリは間違いなくオーブ軍のエースだ。
ムゥもザラ准将も、アンリの資質と能力を評価しているぞ。」「エースなら、やっぱり女の子に人気なんですよね。
恋人がいるとか、聞いたこと無いですかっ。」ルナは何かのレポーターのように、ずいっとカガリに顔を寄せる。
一方のメイリンは、カクテルを唇に寄せながらも控えめな視線をこちらに向けていた。
やはり、次に待つカガリの言葉が気になるのだろう。
当のカガリは記憶を辿るように視線を天井に滑らせた。「恋人かぁ・・・紹介されたことは無いなぁ。
ムゥは情報が早いから、ムゥの方が詳しいかもな。」“あの・・・”と、小さな声が上がった。
見れば、黙っていたメイリンがそっと口を開いた。「アンリとカガリ様って、随分親しい間柄なんですね。
アンリはカガリ様のこと、呼び捨てにしてたし、
今だって、恋人を紹介って・・・。」嫌な言い方になっちゃったかな、とメイリンは視線を伏せた。
これではまるで、自分がカガリ様に妬いているみたいだ。
しかし、返されたのは簡潔明瞭なもので「あぁ、アンリは幼馴染みたいなもんだからな。」
――まさか、幼馴染ネタ!?
と、ルナは胸の内で叫んだ。
色目気だつルナとは反対に冷静なメイリンは、声は小さくとも躊躇わずに問いかける。「首長家のご息女と幼馴染って、
もしかしてアンリは本当に王子様なの・・・?」「えっ、本当に!?」
ルナは興奮のあまりメイリンの腕に抱きつき、カガリの答えを待つ。
アンリが王子様なら、まるで絵物語のような話だと思う一方で、
首長家と密接なつながりがあるならば、
カガリ様とアンリは結ばれる可能性だって出てくる。
、
アンリが王子様で、
お姫様はカガリ様。自ら導き出した答えは、容赦なくメイリンの胸を締め付ける。
沈黙なんて誰もしていないのに、
カガリ様が口を開くまでの時間がこんなに長く感じるなんて。
メイリンは呼吸をすることさえ忘れて、カガリの瞳を見詰めた。緊張に包まれた姉妹だったが、
カガリから語られた真実はずっと深刻なものだった。「アンリは歴史ある貴族の子息だ。
ファウステン家は財界だけではなく政界でも大きな力を持っていた、
第一次大戦までは。」一度言葉を切ったカガリの瞳に重厚さが増す。
「アンリは第一次大戦でご両親を亡くし、
戦後の混乱の中で財産の多くをセイラン家に召し上げられた。
実質的な力も後ろ盾も失ったファウステン家を、
ロイとアンリの2人の兄弟で支えることは容易なことじゃない。」「苦労・・・されてきたんですね・・・。」
苦労なんて言葉では語りつくせない程の苦難の道を
兄弟で助け合いながら生きてきたのだろう。
ルナはメイリンの腕を離し、想いを馳せるように天井を仰いだ。
一方のメイリンは何も言えなくなってしまった。
シンやルナと同じ歳の筈なのに、ずっと大人びて見えたアンリ。
鳶色の瞳に深い奥行きを感じたのは、これが理由だったのかもしれない。「2人は自分たちの力で、
自分たちが信じる道を歩んできたんだ。
だから。」そう言って、カガリはメイリンと瞳を合わせた。
鼓動がひとつ、メイリンの胸を強く打った。「真実を見誤らず、
実現したい未来を信じ続ける強さを、
アンリは持っていると、私は思う。そしてそんな所が、
メイリンに似ているとも、思うんだ。」――アンリと私が、似てる・・・?
コーディネーターとナチュラルでも、
宇宙と地球で、こんなに離れていても、
私達をつなぐ何かがあるとしたら、――それは、奇跡・・・。
「ありがとうございます。」
そう言ってカスミソウのように微笑むメイリンを見て
アンリは幸せな出会いをしたのだと、カガリは思う。
誰かの仲を取り持つなんて、恋愛に疎い自分に出来るか分からないが、
2人の出会いを、単なる出会いに終わらせないために、
力になりたいと心から思う。
「じゃぁ、最後はカガリ様の恋バナ〜!」
ルナが叫ぶと、メイリンと2人で手を取り“キャ〜!”と黄色い声が上がった。
お酒も手伝ってか、すっかりセレブの恋物語に胸躍らせる2人は、
カガリを両脇から挟み込んだ。「カガリ様、今、好きな人はいますか!?」
代表してルナが問えば、
「広報部へお問い合わせください。」
と、カガリがすました声で返し、爆笑を誘う。
“も〜、カガリ様ったらぁ”とメイリンはカガリの腕を引っ張りながら笑う。
「私達、ぜぇ〜ったい、秘密守りますから!」
“ねっ”と言わんばかりに顔を近づける2人に、カガリは困り果てた顔をしてうなだれた。
“こんな時、普通の女の子だったら、恋の話は沢山でてくるのだろうが・・・“
そう言って顔を上げたカガリは眉尻を下げて笑った。ここ数日の間で、ルナとメイリンが分かったこと、
それは、カガリは人に対してあまりにも誠実だということだ。
言葉に誇張も、ましてや嘘も無い。
恋の話が出来ないのは、
お立場から恋そのものが出来ないからなのかもしれない。
切なさに立ち止まりそうになった空気を変えたのはルナだった。「じゃぁ、“もし”ですよ!
もし、今好きな人ができたら、どんな恋をしたいですか?」ルナが投げかけた質問に、メイリンは流石だと思った。
“どんな人がタイプか”という当たり障りの無い質問より一歩突っ込み、
全て仮定の話なら、カガリ様に不要な気遣いをさせることは無いだろう。
どんな話が飛び出しても誰も胸を痛めず、
今夜の内に賑やかな思い出に変わる話になる筈だ。
しかし、それは甘い考えだったと、後にメイリンは思うのだ。「私は、恋を選ばないと思う。」
琥珀色の瞳に代表としての威光を宿しながらも、
声は一個人として語る自然な柔らかさを帯びていた。「叶えたい、夢があるんだ。
だから、その夢のために、」――あぁ、どうしてこの人は・・・。
そう、ルナとメイリンは思う。「この手も足も、」
自分の意思とは無関係に芽生える恋よりも、
「この瞳も唇も、」
どうしようもなく愛してしまう想いよりも、
「魂も、全部。
私の全てをかけて。」夢を選ぶのだろう。
「だから今の私に、恋の話は出来ないよ。」
そうして浮かべたカガリの微笑みが澄んでいる分だけ
ルナとメイリンの胸を刺した。
目を凝らせば見える、言葉の響きに微かに香る切なさに
この人は幸せな恋をしてきたのだと確信する。
先の戦争で選んだ結婚は
覇権を狙うセイランによって企てられた政略結婚であったことは広く知られている。
当然そこに恋は無く、国を想う心とこの身を捧げる覚悟しか無かったのではないかと
ルナとメイリンは思う。
しかし、そんな経験をしても直、
カガリからは恋への諦めや失望を感じることは無い。
それはきっと、幸せな恋を胸に抱いているからなのではないか。
公にはおろか、プライベートでさえも明かすことの出来ない恋を。「私はカガリ様の夢を応援します、それに力にもなりたいですっ。」
一息に告げると、ルナは膝の上で手を握りしめて、顔を上げた。
「でも、忘れないで下さいっ。
カガリ様の幸せを願う人達を、
ずっと待たせてるって、ことも。」勝気な表情でルナはカガリを見詰める。
その瞳は今にも泣き出しそうに涙を溜めていた。
驚いた瞳を曝したまま言葉を発しないカガリに、
ルナはさらに畳みかけた。
自分のことを後回しにして、誰かのために一生懸命で。――だから、分からないのよっ。
ルナはすっと息を吸い込み、カガリに向き合った。
「ラクス様がご婚約されて、
どれ程の人が喜び、
どれ程の人が幸せを感じたと思いますか。」長い睫でも塞き止められず、
涙が一筋頬を伝う。「心のままに幸せを選んだっていいじゃないですかっ。
ラクス様が祝福されて
カガリ様だけが許されない筈無い。
そんな世界はおかしいですっ!」迫り上がる感情を押さえるようにルナはぐっと瞳を閉じた。
――カガリ様に当たること、無いのに・・・。
そう分かっていても言わずには居られなかった。
分かってほしかったのは私の、
私達の気持ち。「カガリ様の幸せを願っている人が、沢山いるんです。
オーブだけじゃなくて、プラントにもっ。
その人たちみんなを待たせてるんだって、忘れないでください。」――私達のこと、忘れないでください。
篤く優しいルナだから、伝えずには居られなかったのだろう。
そんな姉に寄り添うような視線を向けて、メイリンが引き継いだ。「カガリ様がお幸せになることで、
きっと誰かを幸せに出来ると、私達は思います。
そう、信じています。」
ルナとメイリンの言葉は、あまりに鮮烈にカガリの胸を打つ。
私の幸せを願って涙し、
私の幸せを信じてくれる人がいること。
今、目の前に。
差しだされた願いはまるで燈し火のようで、
あまりのあたたかさに胸が詰まった。今、この世界で
ずっと胸に抱き続けた想いを
告げることは出来ない。夢を叶えたその先で
この手で幸せを選びたいと、思っていた。
だけどそれは誤りだったのかもしれない。
私は、幸せを選ばなくちゃいけない。
だってそれは、
私だけの願いではないのだから。「・・・ありがとう・・・。」
心のままに体が動いて
カガリはルナとメイリンの腕を引き、
バランスを崩した2人の体を抱きしめた。想いを紡ぐような声が降り注ぎ、
“少しだけでも、私達の想いは
カガリ様に届いたのだろう“
そう思い、カガリの腕に抱かれながら
ルナとメイリンは瞳を重ね幸福な笑みを浮かべた。想いが結ばれれば、幸せが待っていること。
私の幸せが、
他の誰かの幸せにつながっていること。
それが遍く人の真実であると疑わないルナとメイリン。幸せを選べば、
誰かを傷つけ、誰かに哀しみを与え、
広がる波紋は憎しみと争いを引き起こす。
そんな幸せが、今この世界に存在することを2人は知らない。だからこそ、気付けない。
カガリが抱えきれない程の想いを胸に仕舞っていることを。「いつか、夢を叶えたその先で、
私の恋の話を聞いてくれないか。」この約束は
夢を叶えた先でしか、果たせない。カガリの瞳にまたひとつ覚悟が宿る。
その眼光は、少しはにかんだような微笑みに包まれ光を窶す。
ルナとメイリンは秘密の約束に胸を躍らせ小指を差し出した。「はい、もちろんですっ。」
「約束します。」そう言って3人で小指を絡め、幼い子どものように指きりをした。
未来に想いを馳せ鈴の音のようにな笑い声を上げるルナとメイリンに、
カガリは眼差しに乗せて問いかける。――なぁ、ルナ、メイリン。
私の愛する人が誰なのか、
それを知っても
今と変わらず願ってくれるか。――私の幸せを。
その問いは声にならずに
カガリの瞼に伏せられた。
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