12-12 メイリンの真実
何度も夢を見た。
私を辿るような夢を。幼い頃の私。
優しいお父さんとお母さんと、『メイリン!』
『おねえちゃん、まって〜。』大好きなお姉ちゃん。
私はいつもお姉ちゃんと一緒だった。
一緒にお花を摘んで首飾りを創ったり、
お誕生日にもらったお揃いのテディベアで遊んだり、
おやつのマドレーヌを半分こしたり。私はドジだから、いつも公園で転んじゃって、
その度にお姉ちゃんはおんぶしてくれた。学校で男の子にからかわれた時
学年が違うのにお姉ちゃんが飛んできて
私を護ってくれた。お気に入りの服を着て
ちょっとヒールの高い靴を履いて、
一緒に街へ出かけて
並んでクレープを食べたよね。戦争が始まって
恐くて不安で眠れない夜は、
一緒に手を繋いで目を閉じた。
内気な私の手を引く横顔も、
私の名前を呼んで振り返った時の笑顔も、
大好きだよ。私の思い出にはいつも姉ちゃんがいて、
お姉ちゃんがいたから楽しくて、
辛くてもがんばれて、
哀しくても笑顔になれた。
みんな、大切な思い出なの。
大切な、思い出だったの。
あのことを、知るまでは。
ねぇ、お姉ちゃん。
私は、どうして生まれてきたのかな。何のために
生きてきたのかな。沢山の命を踏みじった足で、
血塗られた手で、
私は幸せになろうとしていた。でも本当は、
罪の上に幸せを塗り重ねていただけだった。ねぇ、お姉ちゃん。
どうして、私は生まれてきたのかな。どうして今も、
生きているのかな。どうして・・・
「メイリンの生きる意味は、
こんな事じゃない。」カガリの射抜くような眼差しに、
メイリンは動けずにいた。
罪深い自分に残された唯一の使命、
それを奪われる恐怖に震えることさえ忘れ、
体は重力に捕らわれたように動かない。「メイリンの生きる意味は、
私を殺すことでも、
Freedom trailを破壊することでも無い。」カガリの言葉を否定しようと首を振る、
だが、硬直した体は言う事を聞かず、
もどかしさにきつく瞳を閉じた。
しかし、それで言葉が遮断出来る筈は無く、
容赦なくメイリンの鼓膜を打つ。「生きる意味は、
メイリンの胸に、あるだろう。
ずっと、
ずっと前から。」瞼に映る大切な人たち。
お姉ちゃん、お父さん、お母さん、
シン、ヴィーノ、みんな・・・
アンリ・・・。残酷に迫る彼らから逃れるように瞳を開けば
真実を付き付けられる。
何かが崩れ落ちそうになる予感に駆られ
メイリンは叫びをあげた。「違うっ!!
違う、違う、違う!!」大切な人たちと
共に生きたいと、
思っていた。「ダメぇっ!
違う・・・違うのっ、私はぁ!」いつか幸せな未来が待っているのだと
信じて疑わなかった。でも、今は。
何も知らず、生きてきた自分には戻れない。
願ってはいけない、
共に生きたいと。望んではいけない、
幸せな未来を。だって、私は――
「生まれてきちゃ、いけなかったのよっ。
あなたも、私もっ。」メイリンは胸元をきつく握りしめた。
「だって、あの罪は私の、
私のこの体の中に、
ずっとあるのよっ。」握りしめた手の下から感じる。
人間の欲望が、
生命を穢した罪が、
今も脈打っていると。「それは消えない。
消せない、真実だから・・・
生きている限り、私は・・・っ。」酸素を渇望するようにメイリンは両肩を揺らして呼吸をした。
吐き出す言葉の数だけ、血がにじむような痛みを感じる。
心が砕ける音が、聴こえる。
懺悔をするように瞳を閉じ、耳を澄ませた。償うことも禁じられた罪はあまりに大きく
ただ立ちすくむ。
鼓動の数だけ膨らむ罪を前に
抱きしめていた過去も未来も今さえも
粉雪のように消えた。「この世界で生きること、
それ自体が、許されないのよ・・・。」自分の生存を肯定すれば
Freedom trailを肯定することになる。
命と尊厳が奪われた事実を、
肯定する事になる。
そんなこと、出来る筈が無い。開いた瞳は定まらず、行き先を探してさまよう。
命を絶つことも、生きることも選べずにいる
自分のようだとメイリンは思った。程無くして、自分は白い闇へと帰るのだろう。
その予感に、メイリンは哀しい程綺麗な微笑みを浮かべた。
この世界に
別れを告げればいい。
二度と覚めない、
眠りにつけばいい。
白い闇に身を委ねようとした、その時だった。「それでも、
メイリンは生まれてきて良かったんだ、
この世界に。」光を見た気がした。
白い闇を、
鮮やかに切り裂く光。残光を追いかければ、
暁のような眼差しがあった。「だから望んでいいんだ、
生きることを。」あたたかいと
思った。
等しく降り注ぐ
陽の光のように。「今も、
これからも、
ずっと。」粉雪が降り続く
白い闇の世界で
凍てついた体が
あたためられていく。忘れかけていた心地よさに瞳を閉じた時、
全身の遺伝子が粟立つ感覚に瞼が跳ねた。
視界に暁色の眼差しは無く、
頬のこそばゆさに視線をずらせば
柔らかなブロンドの髪が見えた。
思考が上手く回らないもどかしさに駆られる。
違う、それは自分が置かれている状況を理解することを拒んでいるからだ。
抱きしめられているという、事実を。Freedom trailの結実である存在に。
ナチュラルである、彼女に。理解すると同時に、声ともつかない叫びをあげ
メイリンは渾身の力でカガリの体を引き離そうとする。
だが、拒絶を示す程に抱きしめる腕の力が強くなり
追いつめられていく自分をどうすることも出来ない。そして真実が、降り注ぐ。
「どんな理由で生まれてきても
メイリンは、メイリンだ。
それは、遺伝子によって否定されるものじゃない。」遍く人に降り注ぐ
陽の光のように
私をあたためる。「大切な思い出も、」
お姉ちゃんと過ごした日々も、
「抱き続けた夢も、」
幸せな未来も、
「共に生きたいという
願いも。」そこでみんなの笑顔に
会えるということも。「みんな、
メイリンの真実だ。」“そうだろう?”
そう言って、頬を寄せられ
胸が詰まる。
どうして泣きたい衝動に駆られているのか、分からない。
違う、本当は、分かりたくないんだ。
貴方が伝えてくれた真実に共鳴する
私自身の真実に。メイリンの指先が、カガリに応えるように微かに動いた。
それを戒めるように、きつく手を握りしめる。許してはいけない、
Freedom treilのために成された全てを、
そして、自分自身を。
だから私は否定しなければならない。
生まれてきた意味も、
私が生きた過去も、
生き永らえている今も、
止められない未来も、
私の真実も。「・・・ちが・・・う、
それは、私の真実じゃない・・・。」軋むような胸の痛みに、声は細く枯れた。
嘘にしなくちゃいけない、
嘘にさせて、
お願いだから・・・。「じゃぁ、
ルナのことも
否定するのか。」息が止まった。
喉元までこみ上げた否定の言葉が出てこない。
お姉ちゃんを否定しなくちゃ、護れない。
そう理解しているのに、ルナを否定することを拒んだ自分自身に当惑した。
言葉を発しようと震える唇を動かしても
声にならない。
この世界に、告げられない自分がいる。「ルナは、メイリンと共に生きたいと願ってる。
今も、これからも、ずっと。
そのルナを、否定するのか。」
ずっと聴こえていた、お姉ちゃんの声。『メイリン・・・。』
涙で腫れた目も、
泣いて枯れた声も、
つないでてくれた手のぬくもりも、
全部覚えてる。
「ヴィーノやジュール隊のみんなだって、
メイリンが目覚めることを祈ってる。
ラクスやキラも、アスランも、
アンリやコル爺、オーブのみんなだってそうだ。」
みんなの声も聴こえてた。
アンリの声も、
覚えてる。『俺は、メイリンに出会えてよかったって。
今でも、そう思うよ。』私も、
アンリに出会えてよかったって、
思いたかった・・・。「メイリンが
本当に護りたいものは何だ。」熱く潤んだ声が、耳元で聴こえる。
私のために、泣いてくれる人がいる。「それを護るために出来ること、すべきこと、
メイリンが望むことは、
本当に、こんなことなのかよっ。」違うと、言いたい。
でも、言えない。
言えないよ。胸を押しつぶすような痛みに
吸い込んだ息が喉元で止まる。
止めてしまう自分がいる。本当は知っている。
護りたいんじゃない、
私は、こわいだけなんだ。真実を
真実にすることが。「こわい・・・の・・・。」
自分の声を耳で聴き、メイリンは驚きに口元を押さえた。
何故、自分の思いがこんなにも無防備に顔を出したのか、理解できない。
言葉にした瞬間から、感情が全身に広がっていく。
恐怖が実態を持って迫り
取り返しのつかない予感に震える体を硬くした時、
ぬくもりが離れた気がした。
心細さと寂しさに、視線はぬくもりを追いかける。
そして、陽の光のような微笑みに出会う。「大丈夫。」
私より、ずっと色濃い罪を負っている筈なのに、
忌まわしい過去と
癒えることの無い哀しみと
消えることの無い憎しみを、
貴方は背負っている筈なのに、
どうして強く迷わず
微笑むことができるの。「メイリンは、
大丈夫だ。」どうしてあなたは、
こんな私にも
希望の火を燈そうとするの。「・・・ど・・・して・・・。」
「共に生きよう、
メイリンが望むなら。」凛とした響きは、あたたかい余韻を残す。
「共に生きることができる。
真実を
信じる勇気と、
真実を
信じ続ける強さを、
メイリンは持っているから。」自分へ向けられた言葉、
想いが、
澄んだ眼差しと共に伝わってくる。
胸を熱くする。内側から芽吹くような熱。
震える手で胸元を押さえれば、
手の甲に何かが落ちた。あたたかいと、思った。
なつかしいと。
もっと感じたくて、瞳を閉じた。
凍りついた感情を溶かし
雪解け水のように透き通った感情の雫が
ひとつ
ひとつとこぼれ落ちる。頬を伝う感覚に、
自分は泣いているのだと気付く。亡くしたと思っていた感情が
小さくも確かにここにある。なんて尊く、
愛おしいんだろう。大切にしたい。
なくしたくない。
諦めたくない。
「わ・・・たし・・・。」
微笑むように頷いてくれる人がいる。
こんな私の言葉を
待ってくれる人がいる。「・・・みん・・・なと・・・。」
嗚咽で途切れる言葉。
それでも、
とめたくない。
やめたくない。私の
真実を。「・・・みんなと、
・・・生き・・・たい・・・。」私の真実を
今、ここで告げたい。
世界へ。「みんなに、会いたい・・・。」
言葉は結ばれる前に泣き声に変わった。
子どものように声を上げるメイリンを
カガリは優しく抱きしめた。
声が枯れるのも厭わずに
ありのままの感情で泣き続けるメイリンの背中を
カガリは優しく撫でていた。
幼い頃、お父様がそうしてくれたように。
過去のやさしさに触れたからだろうか、
今の景色がゆるやかに歪む。
歪みを補正しようと視線を動かす、
そして漸く気付いた、自分の手が震えていることに。
その瞬間、あまりに胸が痛くて息が止まった。「こわかったのは、
私の方だよ、メイリン・・・。」心のままにカガリは呟いた。
「もう誰も、死んでほしくなかった。
Freedom trailの実現のために失われる命も、
Freedom trailの存在によって潰える命も、
もう見たくない。」カガリはそっとメイリンの頭を撫でた。
今ここに、メイリンが生きているという奇跡に
心からの感謝を込めて頬を寄せた。
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