12-11 使命
「それが私の
真実だ。」凍てついた胸の内に突き刺さる響き。
触れ合った胸から遠いぬくもりを感じる。
欲しかった、
燈し火に手をのばしたくなる。
その衝動が切り捨てられる、
自らの遺伝子によって。いくらナチュラルという在り方に
憧れを抱いたとしても。
この宿命は消えない。
この遺伝子からは逃れられない。この罪を償うことも
許されることも
叶わない。絶望に
今という意味が消える。急に脱力したメイリンを、とっさにカガリは支えた。
肺が潰れる程声を上げ、
女性とは思えない力で抵抗していたのが嘘のように凪いでいる。
メイリンの表情を覗き込もうとした時、
微かな呟きが漏れ聴こえた。「・・・何も分かって無いのね・・・。」
唇を動かすことさえ、意味を感じない。
そもそも、意味を求めること自体が無意味だと
分かっていた筈なのに。
ふいに見せつけられた燈し日に幻惑し、
救われようとした自分があまりに滑稽で
メイリンは乾いた笑いを漏らした。
否、唇が弧を描く前に
無意味さに声は消える。「分かりあえる筈が無い。」
アンリに告げた同じ言葉を唇に乗せ、
メイリンは瞳を閉じた。「あなたと私は、
ナチュラルと、コーディネーターだから。」瞼に浮かぶ誠実な瞳。
シンと同じ歳なのに、ずっと大人びて見えて、
“王子”って呼ばれて、照れ笑いを浮かべて。眩しかった、
あなたという存在が、
魂が。生命の神秘と
全ての祝福に包まれて生まれ、
誇り高き信念を胸に
真直ぐに未来へと歩む、
あなたが。あんなに傷つけたのに
ずっと傍に居てくれて、
どこまでも
優しくて。ふいにアンリの声が聴こえる。
『僕は、メイリンに会えて良かったって、
今でもそう思うよ。』常夏のあたたかな風のように吹き抜ける。
でも、
「分かりあえる筈がないのっ。」
それは哀しい真実。
これを
変えることは出来ない。「あなたと私は、
ナチュラルと・・・、
コーディネーターだからっ。」この隔たりを
決して埋めることは出来ない。「消えてよっ。
この世界から消えて。」メイリンは顔を覆い大きく首を振った。
「貴方達が居るから
私は穢れていくっ。
貴方達が、私を苦しめるっ。」アンリの存在が
目の前のカガリの存在が
自己を脅かす。「分かる筈無い、
ナチュラルなんかにっ。」憎悪に満ちた眼差しで吐き捨てるメイリン。
しかし、返ってきた言葉は彼女の想像をはるかに超えるものだった。
「分かるさ。
私も同じだ。」次に待つ言葉の衝撃を予感し、
メイリンは重力に捕らわれた視線を引き剥がし、カガリを直視した。「私は、メンデルで生まれたのだから。」
「はっ、何を言って・・・。」
思考のままついた言葉とは裏腹に、
メイリンは確かに、カガリの言葉には真実だけが持つ重みを感じていた。
だが、どうしてそれを信じられよう。
メンデルで生まれたナチュラルなど、在り得ない。
いや、仮に造られたとしても生きている筈が無い。
彼女はコーディネーター・・・、まさか・・・。その瞬間、カガリの表情に
誰かの面影が過る。
消えゆく面影を追い求めるように目を凝らした時、
真実が告げられた。「私は、スーパーコーディネーターと
魂と遺伝子を分け合って生まれてきた。
“奇跡の双子”の、片割れだ。」メイリンの脳裏に研究室で直面した情報が
濁流のように流れ出す。
無防備にさらけ出された思考に、暴力的に注ぎこまれたそれらは
数えきれない傷を残し、匂い立つ程生々しく覚えている。
並はずれた情報処理能力を持つメイリンは
その細部に至るまで記憶していた。
カガリの言葉がきっかけに、無数のキーワードの中から割り出されたのは、
スーパーコーディネーターと共にメンデルで生まれた
ナチュラルの存在。
霞んだ面影が鮮明に浮かび上がる。「まさか・・・キラさんと・・・
双子・・・?」カガリが頷く仕草にキラが重なり
憎しみと哀しみの二重螺旋は逆回転を始める。
自己から、
他者へ。「貴方が・・・
貴方達が生まれてきたから・・・っ。」眼光を亡くした瞳が
憎しみに染まる。「貴方達を創るために、
どれ程の命が奪われてっ」飽くなき人間の欲望と
「どれ程の魂が潰されてっ」
繰り返された罪の結実を
「どれ程の罪で穢されたのか、
知らない筈無いでしょうっ。」打ち砕かずにはいられない。
罵声を浴びせる度に
何かが砕ける音を
メイリンは内側から感じていた。
砕かなければならないそれを
自分自身も持っている。
同じ罪が刻まれた遺伝子を。
だからこそメイリンは、刃のような言葉を振り下ろすことを止めなかった。
止められなかった。
これが終わりだと思ったのだ、
Freedom trailの結実である存在と共に
打ち砕かれようと。
細胞さえも残らぬ程に。「どうしてあの子たちを殺したの!」
Freedom trailに記された
無数の命の破壊、「どうしてあの子たちを産んだの!」
製造され続ける死体、
「どうして、
殺されなきゃいけないの!」廃棄されたそばから造り出される命は
「どうして・・・。」
スーパーコーディネーターの証明を強要され
ただ一人を除く全てが奪われた。「貴方達のせいよ・・・
全部、
全部、
全部!」それが真実――
自らの言葉に打たれたように、メイリンは真実に手を伸ばす。
罪深い自分の肉体が生き永らえた意味が分かった、
私はこのために生かされたのだと。メイリンはシーツを裂くと同時にカガリを床に押し倒し、
唇にシーツを挿んだまま、もう片方の手で
それをカガリの首に巻き付けた。
一瞬の出来事だった。「メイリ・・・」
カガリが名を呼ぶ声は、締め付けるシーツによって潰される。
逃れようと身をよじったカガリの目に映ったメイリンは
歓喜の表情を浮かべていた。「・・・ど・・・して・・・。」
苦しみに歪んだ表情で、カガリは声を絞り出す。
するとメイリンは恍惚とした表情のまま応えた。「今生きる意味なんて、
無いと思ってた。
でも、違ったの。」他者の命を素手で握りしめる感覚に肌が粟立つ、
命に触れることで自己の命を感じる、
そのことに拒絶感を覚える、
しかしそれ以上に喜びが凌駕していた。「ずっと欲しかった・・・、
生きる意味が。
だから私は全うする。
罪深い私に残された
唯一の使命を。」自分に残された唯一の使命を全うできる喜びが
メイリンに笑顔をもたらしたのだ。「あなたを殺さなくちゃいけない。
Feedom trailを
終わらせるために。」メイリンの手にさらなる力が込められ
その拍子にカガリは呻くような声を上げる。「・・・っ」
言葉と判別がつかない声をあげるカガリに
メイリンは軽蔑した眼差しを注いだ。「命乞いするの?
あなたこそ、何故生き永らえているのっ。
死ねば良かったじゃない、
真実を知った、その時に!」カガリに浴びせた罵声は
そのまま自分の胸に突き刺さる。
生々しく迫る痛みを振り切るようにメイリンは今を生きようとした。
彼女には今しか無いのだから。
例えそれがカガリを殺すことであっても。「・・・ちが・・う・・・」
聴き取った言葉はメイリンを逆撫でし
さらに手に力が込められた。
自分に残された唯一の使命を否定されたように感じたのだ。直もカガリは繰り返す。
「・・・違うよ、メイリン・・・。」
カガリの否定をねじ伏せるように
メイリンの罵声が飛ぶ。「何が違うのよっ。
破壊しなくちゃいけない、
Freedom trailも、
穢れた遺伝子も、
全部っ。」肩で大きく呼吸をしながら叫ぶメイリンの唇の端が切れ
血がにじむ。「あの全てが
許される筈が無い。
許すことなんて出来ない、
だったら・・・っ。」乾ききった喉に
声が掠れる。
滲んだ血が自らの生存を知らしめ
また一つメイリンの苦しみが積もる。「罪も穢れも悪も、
全部この体に在るなら、」今も生きながらえる
この遺伝子に刻まれているなら、「私は・・・、
私はぁっ・・・」鼓動は自らへの弾劾として
確実にメイリンを追いつめ苦しめる。Freedom trailを、終わらせなくちゃいけない。
今それが、私の生きた意味だからっ。」その使命にすがる。
「だからせめて・・・、
許してほしいの。」声が、震える。
真実が震わせたことに、
メイリンは気付かない。「・・・守りたい・・・、
だからっ。」大切な人の世界を護りたい。
切なる願いが、まだ残されていたことを
メイリンは気付かない。
無意識に胸の内で守り続けたことも。首に巻き付けられたシーツが擦れる音を方耳で聴きながら
カガリは真直ぐにメイリンを見た。
眼光を失った彼女の瞳は哀しみで満たされていた。
哀しみの理由も、
苦しみの理由も
知っている。
そして、
それが希望に通じていることも。さぁ、メイリン、
一緒に行かないか。
哀しみと苦しみの
向こう側へ。
メイリンに触れようとカガリが手を伸ばす。
反射的な拒絶。
その瞬間、シーツを握りしめる彼女の手が緩んだ。
一瞬をカガリは見逃さなかった。
喉元のシーツを唇にはさみ引き裂いたのだ。一気に肺に流れ込んだ酸素にむせながらも
メイリンへの視線を外さない。
困惑にひきつった表情のメイリンに、
もう一度カガリは手を伸ばした。
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