11-8 ネビュラ





“散開”の言葉を合図に、アスランのグループは方々へ散っていった。
作戦上で指定した地点を2人ひと組になってそれぞれに捜索を行う方式を取ったのは、
複眼的な視野を持つ意味とダブルチェックの意味の2つの狙いがあった。
一つの目標へ向かい素晴らしい集中力を発揮したとしても、
思いこみや視野の狭さは穴を作ってまう、それを未然に防ぐためだった。
だが、アスランだけが例外だった。
捜索の環から外れた紅は、残光の尾を引いて宇宙へと消えていく。
単機で行動したのは俯瞰的な位置から指揮を執るため、と言うのは言い訳だった。
本当は一人になりたかった。

自由が欲しかった。
想いのままに君を求める、自由が。

この宇宙の中だけでも。

 

 


宇宙に国境の実線を描くことが出来ないように
地球連合の制空域もソフィアのそれも
目に見える違いはない。

シャトルや戦艦が航行途中に一時避難きるよう
一定間隔のポイントごとにシェルターが設置されていた。
そこでは燃料や水食糧を補給できるため、
もし2機の脱出ポットがシェルターへ避難していた場合は
少なくとも1週間はしのぐことができる、つまり生存の道が大きく開けるのだ。
脱出ポットの燃料と犯行グループに襲撃される危険性から判断して、
2機の脱出ポットが航行し続けているとは到底考えられない。
定石を踏めばシャトルの機長はシェルターを目指す筈だ。

当然、シェルターには通信機器が設置されており救難信号を出すことができる。
しかし、捜索を開始してからオーブ軍は救難信号を受信しておらず、
連合、プラント、ソフィアからも報告を受けていなかった。
当初アスランは、救難信号を受信出来ないことから
シャトルが犯行グループに捕えられている可能性も視野に入れていたが、
時間が過ぎる分だけ仮説に曇りが見えてきた。
普通、人質と引き換えに要求を突き付ける筈だ、
アスハ代表という最高のカードを切れるのなら、なおさら。
しかし、いつまでたっても犯行グループからのコンタクトは無く、
ラクスの場合と同様に、アスハ代表の姿を世界に曝すことも無い。

――主犯の狙いは何か。

繰り返される問いに、アスランは思考を巡らせる。
オーブへの復讐か、
コーディネーターによるナチュラルへの報復か。
それともプラント議長に続きオーブ代表を襲撃し、世界の力関係を崩すため、
もしくは再び戦争を引き起こすため・・・。

そもそも、今の状態が犯行グループにとってどういうメリットがあるのだろうか。
そこまで思考して、アスランは緩く首を振った。
普通が通用する相手とは限らない、
ラクス誘拐を取っても不可解な事件が起きているのだ。

だが、ラクスの場合と決定的に異なる点がある。
ラクスは犯人によって生存が明かされているが
カガリの場合は――

――無事なのか、
生きているのかも
分からない・・・。

意識と共に沈みこむ視線をねじ伏せるようにアスランは硬く瞳を閉じた。
護ることは最悪のシナリオを描き変えていく作業だ。
でも、そのシナリオを自分は何処まで直視できるだろう。

そう例えば、君の亡骸を抱いてオーブへ還るとしたら・・・・

アスランは息苦しさに瞳を開き、乾いた喉を荒い呼吸が通り抜けていく。
不自然な汗が肌を滴り、鼓動は不協和音のように鼓膜を打った。

――そしたら、俺は・・・

 


と、突然ハロがフガフガとぐずりだした。
アスランはヘルメットのシールドを解除し、
緩く首を振り汗を散らしてハロに声をかけた。

「どうした、ハロ。」

「空気ガ悪イ!空気ガ悪イ!」

アスランは首を傾ける。
ヘルメットを通さずに直接呼吸しても別段異常は感じられず、
念のためチェックをしていったがコックピット内の空気は正常であった。
一体ハロは何の空気のことを言っているのか、
根がまじめすぎるアスランはハロの言葉のままに周囲に意識を広げていった時
目の端で捉えたのは薄い靄。

――何だ?

ガスか何かの吹き溜まりなのだろうか、
アスランは機体を反転させ、目を凝らすようにモニターを拡大させた。

――ガス・・・、いや粒子か?

と、アスランは冷静すぎる自分の思考に息を飲んだ。

――まさか、ネビュラかっ。

ネビュラとは嘗て地球連合、プラント双方で使用された兵器の一種で、
現在はその危険性から製造、使用共に禁止されている。
ネビュラは形状が星雲に似ていることから名づけられた情報兵器である。
宇宙空間に散布することで、通信機能を麻痺させるだけではなく
情報操作を行うことが可能となるため
嘗ては宇宙空間が煙る程に散布されたこともあった。
戦場では絶大的な効果をもたらしたネビュラの弊害が表出したのは、
戦後、平穏な生活を取り戻した頃だった。
領空域の外、つまり公空に残留したネビュラにより、航路や周辺空域の情報が乱れ
シャトルや移送機の事故が続出したのだ。

――プラントと連合によって全空域のネビュラは除去された筈だ。

多発した事故を受け、連合プラント双方で連携しネビュラの除去に努め
シャトルや移送機が交通する航路及びその周辺空域においては100%除去し、
特にプラントはネビュラの除去を積極的に進めたのだ。
仮にこのポイントが宇宙の吹き溜まりだったとしても、ネビュラが残ることなんて考えにくい。

――ネビュラが使われた?
そんな・・・。

プラントでは徹底的なネビュラの使用禁止を進め、
厳格な管理下で保管されていることを知るアスランは、プラントが使用したとは考えられなかった。
連合が使用したとしても、こんな中途半端なポイントに散布するとも思えない。
やはり戦中の残骸なのであろうかと、そこまで思考が進んだ時、
自分の意思とは無関係に描きだした仮説に、打たれるように硬直した。

――彼らなら、使うかもしれない。

戦後、製造及び使用が禁止されたP2グレンダ、
ピアニッシモを使用した彼らなら。
アスランの脳裏に、漆黒のフリーダムとグレーのMSが蘇る。

乱れた呼吸と不規則な鼓動が耳障りな程聴覚を刺激し、
グリップを握る手に不自然な汗を感じた。

彼らがどんな経緯でピアニッシモを手にしたのかは分からないが、
仮にネビュラを入手していたとしても驚くことではない。

アスランの喉が鳴る。

真綿のように無邪気な笑顔を見せたケイ。
彼が禁じられた兵器を使用するなんて考えたくはない。
しかし、自分の中の冷静さは、
躊躇い無くピアニッシモを撃ってきた事実を根拠に、
可能性はゼロではないと告げている。

『僕はずっとメンデルにいたの。』

ケイの声に導かれるように現れた一つの答えに、
時が止まった。

――狙いは、カガリ・・・か?

狙いはアスハ代表ではない。
カガリだ。

星と星を結んで星座を描くように、異なる点と点が冷たい糸で結ばれていく。
首を緩く振っても止まらない糸、
描きだされた結末。
否定の言葉は声になる前に鼓動に打ち消された。

ケイがキラのクローンだということも、
ケイを生み出した組織とケイとの関係も、
その組織が今も生きながらえているのかも、
Freedom trailの実現を、今も直求める者が存在するのかも、
何の確証も無い。

だが、今の状況に説明がつく、
目的がカガリの遺伝子なら。
何の取引の必要もない、
カガリが手に入ればそれで目的は達成されるのだから。

自分の冷静さが、未来を描くように残酷なシナリオを組み立てていく。
躊躇いの無い加速度で。
シャトルの中の惨劇はいとも簡単に脳裏に描かれた。
そうなれば、間違いなくカガリはその身を差し出すだろう、乗客の命と引き換えに。
そういう人だということは、誰よりも知っている。

「・・・ク・・・ショウ・・・っ。」

押し寄せる感情に遺伝子が震える。
その可能性を排除していた自分の甘さが許せない。
カガリを奪った者を、許せない。

 

ふいにFrrdom trailの映像がフラッシュバックして、
自分が息を飲んだ音がした。
あまりに強く鼓動が胸を叩くから、
しびれるような痛みに息が止まる。

禁忌を犯して生命を培養し

――君が実験対象とされていたら・・・

実験器具と化した人、
孕まされ続ける女性、
被験物質として切り出される子ども、

――あれと同じことを、君に・・・

恣意的に生産された命は、
強制的に問われつづける、
“君がスーパーコーディネーターなのか”と、
“その能力を示せ”と。
繰り返される実験。
こぼれ落ちた命は廃棄され
次の命が実験台に上げられる。

――希望という名の欲望の手が
君に触れて・・・

未来の創生の名のもとに成されたのは
虐殺と死体の生産だった。
そこにあったのは希望でも、自由でも、未来でも無い、
飽くなき欲望――

――このまま君を奪われたら・・・

憎しみと哀しみに侵食される、
その前にアスランは声にならない叫びを上げた。




 


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