11-7 リュミエール





座標上に“捜索完了”の印が
星が生まれるように増えていく。

この印を打つ度に
カガリの居る場所へ近づいている筈なのに、
希望を潰していくように感じるのは
何故だろう。

 

 


「リュミエール、発進せよ。」

ブリッジの中央に位置するシートに掛けたアスランの声と共に
戦艦リュミエールは月基地を発った。
光の名を持つその艦はオーブの希望だった。

――隊長が不在になるなんて好ましいことではないが、
  これで捜索範囲が拡大できる。

アスランが戦艦リュミエールを出し
月基地を離れての捜索に踏み切った要因はいくつかある。
そのひとつが、今日が3日目であることだ。
捜索に必要な隊の士気とパフォーマンスを保つためには
3日目までに変化と前進が必要だとアスランは踏んでいた。
ここまでは、捜索して手がかりを得ないことそれ自体が手応えであった。
ここに居なければ、ここではない“何処か”にアスハ代表が居るのだと、
その“何処か”の可能性を絞り込む程アスハ代表へ近づいているのだと、
そう結論付けても納得ができた。
しかし、時間と共に“何処か”は一つ一つ潰されていく。
ある時を境としてある不安が芽生える、“何処か”なんて無いのではないかと。
転機を迎える前に必要なのだ、変化と前進が。

そしてアスランが艦を出す決定を下した最大の理由は、
地球連合から一部制空域内の捜索の許可が漸く下りたのだ、
アスランを艦長にすることを条件として。
これまでオーブの捜索範囲はオーブ制空域、公空域、
ソフィア全制空域及びプラントの一部制空域に留まっており、
許可が下りない連合の制空域は手つかずのままだった。

――ここまで、思ったより時間がかかったな。

許可を下すまで連合内部でどういうやり取りがあったかは不明だが、
通知と共に入った連合月基地のラフォージ総督は
黒縁メガネの奥で苦味帯びた表情をしたのを、アスランは思いだした。
ラフォージ総督は多くを語らなかったが、恐らく決定許可が下りるまで時間を要したのは
オーブがソフィアと連携して捜索を行っている点にあったのだろう。
しかし、現段階でオーブとの関係を良好に保つ方が善策であることは明らかだった。
バルティカでは既にスペイス駐屯地が炎上しており、
連合とプラントの関係修復には相当な時間を要するだろう。
開戦という選択をしなければ、戻れない程に。
故に連合はオーブの捜索要請を部分的に許可したのであろう。
オーブまでも敵に回す必要は無い、恩を売る必要はあったとしても、
大方そんな所なのだろうか。
さらに、オーブの捜索要請を受諾すれば
連合側は人員を割かずにオーブへ協力したことになる。
加えて、アスランを艦長とすることを条件とすれば
1隻の戦艦で捜索できる範囲は自ずと限定されるだけではなく、
スパイ行為など不穏な行動を取る可能性は0に近くなる。
全てはアスランの憶測にしか過ぎないが、
ラフォージ総督のチェロのように穏やかな声からは何も読み取ることは出来なかった。
ただ、黒縁メガネの奥の瞳には強い眼光を宿していた以外は。

アスランにはある仮説があった。
もし、シャトルが襲撃されたら

――マリューさんであれば、
脱出ポットを連合側へ向けて発進させるのではないだろうか。

オーブの制空域はそれ程広くはないため、もしオーブまで届く距離にないのなら
連合の制空域に向かう可能性が高いと踏んでいた。
嘗て連合に与していた経験から、連合の制空域の地理にも通じているだろう。
マリューにとって万が一の場合でも生存への選択肢が多いのは、
プラントよりも連合の制空域の筈だ。

胸の内で燻ぶり続ける焦燥を鎮めるため、
アスランは深呼吸をひとつ入れた。
ここからはもう月基地を視界で捉えることは出来ないが、
目標のポイントまでには時間を要するだろう。
暫しの休息、そう言えるのかもしれない。
膝の上の手が静かに拳を形作った。

 

 

目標のポイントに到達し、予定通り捜索が開始された。
アスランが組んだ作戦は月基地とは桁違いな程ハードなものであったが
誰も不平を言うものはいなかった。
むしろ、小隊の者たちは意欲を持ってこれを受け入れた。
長期戦を覚悟した温存型の作戦よりも、短期決戦を望んでいた心持ちと、
地球連合制空域への期待が合致したのだ。
この数日間で、宇宙に取り残されたアスハ代表とオーブの民を
救い出すのだと。

しかし、彼らの想いとは裏腹に
繰り返されるのは月基地と同じ状況だった。
飛び立つ度に増えていくのは
“捜索完了”の印だけだった。

 

 

――またか・・・。

そう思ってしまった自分に負けないように、アンリは気持ちを切り替えようとした。
いくら捜索してもアスハ代表の声は聴けず、脱出ポットの救難信号を拾う事も、
行方を示す手がかりもつかめない。
捜索時間の終了を示すアラームを止める手に力が込もり、
まるで八つ当たりをしているようだと苦笑した。
自分を始め、若手の起用に踏み切ってくださったキサカ総帥やアスランへの恩義に報いるために、
こんなところで立ち止まる訳にはいかない。
でも、止まることの無い砂時計のように、胸の中に閉塞感が降り積もっていく。
振り切ろうともがけばその分だけ感情のコントロールが利かなくなりそうで、
アンリはヘルメットを外し、瞳を閉じて呼吸を整えた。
感情のまま流されたら大切なものを見落としてしまう、
自分に負けたらカガリを失う、
そんな予感がアンリの精神状態を繋ぎ止め、そして同時に急き立てていた。

≪おい、アンリ、戻るぞっ!≫

仲間からの快活な声にアンリはあわてて返事を返した。
耳を通り過ぎる仲間の声を聞きながらアンリは思う、
みんなまだまだ元気だと。

≪このポイントにはいらっしゃらなかったな。≫
≪もう少し地球寄りなんじゃないかしら?≫
≪カガリ様のことだ、きっとオーブを目指してくれている筈だ。≫
≪そうよ。
早く、必ず、カガリ様を見つけ出すわ。≫

仲間の声色には一抹の疲れや不安も含まれておらず
エネルギーに満ち溢れていた。
自分だけが立ち止まる訳にはいかないと、
ふっ切るように息を吐き出してアンリはヘルメットをかぶり直し、
リュミエールへの帰路についた時だった。
鳶色の瞳を覆う宇宙。

――この宇宙は、広すぎる・・・。

オーブの常夏の蒼い空は、
人も大地も海も、全てを包み込むようにあたたかかった。
でも、今眼前を埋め尽くす宇宙は
果てが無いのに息苦しい。

――だけど、負けたくない。


――だって、この宇宙のどこかに
   きっとカガリがいるんだ。

 

 


「ホレ、手ぇ休めるんじゃないぞっ!」

リュミエールの格納庫にコル爺の馬鹿でかい小言が響く。
着艦して直ぐに、アンリは右ストレートのようなコル爺の指示に歯切れの良い返事をしては
黙々と整備に取り組んだ。
少数先鋭の捜索隊である、パイロットの仕事は何もMSで空に出るだけではないのだ。
その時、パイロットスーツ姿のアスランがヘルメット片手に格納庫へと姿を現した。

「これはこれはザラ艦長殿っ!」

わざと茶化してくるコル爺にアスランは困ったような笑みを浮かべて

「その呼び方は止していただけませんか。」

あまりに真面目なアスランの言葉にコル爺は豪快な笑い声を返した。

「グリップの調子はどうじゃ。」

「御蔭様で。
感覚的に操作できるようになって、むしろ使い勝手が良くなりました。」

「ふむ・・・。
タイプ的にはムゥやキラの方が合っているかもな。」

「俺もそう思います。」

常と変わらぬ空気を纏う2人に、アンリは自分の未熟さを思い知る。
手がかりを得られなかったことに沈みかけた気持ちを
手を動かすことで振り切ろうとしていた。
しかし、目の前の2人は決して心の影の部分をこの場に持ち込まない。
自分を見詰め直すように視線が下がり、オイルで黒ずんだ指先で止まった時
ふいにアスランに声を掛けられた。

「アンリ。」

常夏の風を思わせる優しい響きに鼓動が跳ねて、アンリは顔を上げた。
するとそこには深海のような静けさを纏ったアスランがいた。

「行ってくるな。」

穏やかな微笑み、
その奥に灼熱を思わせる覚悟を見た気がした。
そして、何故だろう、
アスランの姿にカガリが重なったように見えて、
自分の理解を越えて、ただ胸が詰まって動けなくなる。

「ホレ、何か言わんかっ!」

コル爺に腰を叩かれて我に返ったが、
その時には既にアスランは紅のコックピットに着こうとしていて
とっさにアンリは声を上げた。

「気をつけてっ!!」

するとアスランは軽く手を上げて、コックピットの中へと消えた。
この時初めてアンリはアスランとカガリを結び付けて考えた。
2人の間に戦友や同士以外の何かを見たことは無い、
だけど・・・。
発進準備を整える紅から瞳を離せないまま、アンリは心の声を漏らした。

「アスランとカガリって・・・似てる。」

「今頃気づいたのか?」

横をすり抜けたコル爺の言葉にアンリは驚いて振り向き
“何か知っているんですかっ?”とコル爺の後を追って駆け出した。




 


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