11-6 常夏の風のように





君を失ってから
眠ることが出来なくなった。

瞳を閉じて
瞼に映る君の姿が
あまりに眩しくて。

たとえ夢の中で君に会えることが
約束されていたとしても、
そんな夢なんて見たくは無かった。

欲しいのは君だから。

夢でも幻でも無い、
君なんだ。

 

 


3日がひとつの気切りになると、
アスランは隊長を任じられた時から考えていた。
アスハ代表を必ず探し出すのだと、捜索隊の心が折れるようなことは無いだろう。
むしろ、使命と忠誠に駆り立てられた心は真直ぐにアスハ代表へと向けられる筈だ。
だが――

廊下ですれ違う隊士に休養をとるようにと声を掛けながらアスランは思う。
彼らの胸に宿るのは使命と忠誠に、小さな影が確かに根を張っているのだと。
だからこそ、心以外の支えが必要なのだ。
胸に根を張った影が広がる前に。
たとえアスハ代表の生存や居場所の確証を得られなかったとしても、
どんな小さな手がかりでもいい、何かを得なければいけない。
それが心の支えになり、
そして彼らの使命と忠誠への返答になる。

想いが力を生み、
実現へとつながるのだと。

――彼らの想いは、報われなければならない。
   君もそう思うだろう?
   カガリ。

 

無意識の内に、カガリだったらどうするか考えてしまう。
君を求めて宇宙へ手を伸ばす
自分の心をノックする、
いつも君が――

 

突然、オーブの常夏の風が吹き抜けた気がして
アスランはとっさに右手の資料室の扉を開け、
自動で扉が閉じるのを待てず、後ろ手で閉めてロックを掛けた。
隊長である自分のこんな姿は誰にも見られてはいけない、
その想いが先行した。
恥をかくぐらいは構わない、
だが、隊の士気に影響をきたすなんて自分自身を許せない。

アスランは照明もつけず、
痛みを堪えながら背中を壁に押し付ける。
この胸を刺すのは、愛しさだけではない。
君を想う切なさや、
喪失感だけでもない。
自分自身への憤り、焦燥、悔やみだけでもない。
そんな、言葉にできる程
一色の想いではない。

「・・・くっ。」

――カガリ。

――時々、おかしくなりそうになるんだ。

オーブの風が吹き抜けるように
この胸に君が現れる。

――君はいつも突然、俺の目の前に現れて・・・。

初めて出会った無人島での出来事が脳裏をよぎり
アスランは微かな笑みを浮かべた。

――そう、キラを討って
   倒れた俺を助けてくれた時も

――オーブでキラと再会した時も

――父上に撃たれた、あの時も

――死のうとした、時も

――それから・・・。

 

「・・・っ。」

痛みに堪え切れず、アスランの表情が歪む。
堕ちるような浮遊感に、痛み以外の感覚を失くしていくようだ。

胸の痛みを受け止めるように瞳を閉じても
想いの分だけ深くなっていくそれに涙が滲む。
浮かんだ君の姿に瞼が跳ねて、
喉を絞められたように呼吸が乱れる。
折れそうになる足に力を込めて、
静めるように胸に手を充てた。

そんなことで、
抑えられるような想いなんて抱いていない。
分かっている。

宇宙を仰ぐように壁に背中を預けたアスランは
痛みの分だけ優しい顔をしていた。

――今の俺を見たら、
君は叱ってくれるだろうか。

「バカヤロウ・・・、そう言って。」

 

息苦しさにネクタイを緩めようとしたアスランの手が止まる。
メンデルの再調査のためプラントへ戻った際に持ち帰った父のネクタイ。
震える手でそっとネクタイに触れて、
アスランは唇をかみしめそうになるのを必死で抑え込んだ。

――俺は、父上とは違う。

震えをねじ伏せるように指先に力を込めてネクタイを緩める。

ナチュラルの殲滅に向かったパトリックを、人は妻を失くした彼の暴走だと言った。
彼は狂気だったのだと。

時々、怖くなるんだ。
父上と同じように、誰の声も聞かず哀しみと憎しみのままに
突き進んでしまうのではないか、と。
奪った者を探し出し、正義の名の下に報復せよと、
殲滅するまで戦い続けよと、
この唇がそう言ってしまうのではないか、と。

同じ遺伝子を持っているから。
同じ時を過ごしたから。
父上を尊敬し、愛しているから・・・。

だから、怖くなるのか・・・?

――違う。

――父上の想いが、今なら分かるから。
   だから、俺は・・・。

レノアを亡くした哀しみと、奪われた憎しみに、
心が蝕まれていったのだと、今のアスランは思う。
そして、同じ気持ちが今なら分かる。
カガリを奪われた、今なら。

――もしこのまま本当にカガリを亡くしたなら、俺は・・・。

暗闇の資料室にアスランの眼光が、剣のように光る。
月の光を受けたように冷たく光る。

――俺と父上は、同じだ。

父上の抱いた哀しみも、憎しみも、
ありふれた感情なのではないか。
誰もが抱く、人としてあたりまえの感情なのではないか。
父上が抱いたのは狂気ではない、
そう思ってしまう自分は狂っているのだろうか。

自分と父は違う人間なのだと、
そう思い込むことで逃げてきた自分を初めてアスランは認めた。
でも。
もう一度、アスランはネクタイを締め直して資料室を後にした。

――俺は、父上と同じ道は歩まない。

強く迷わず歩み出したアスランを支えていたのは
カガリだった。

“顔を上げろ。
前を向け。“

そんな声が、常夏の風に乗って聴こえた気がした。
こんな時まで俺を護ろうとしてくれる、

――君らしいな・・・。

自分のことを後回しにして、誰かのために全力を注いで、

――きっと今も、君は。
誰かのために、誰かを護ろうとしているんだろう。

だから君を護りたいと思うんだ。
誰かの方を向いた君、
その空いた背中は俺が護るから。



 


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