11-4 宇宙へ
アスランは紅のコックピットに着き、次々にシステムをスタンバイの状態にしていく。
眼下ではコル爺が激を飛ばしながら技師に指示を出し、最終チェックを行っている。
アスランは静かに瞳を閉じ、胸元に手を充てた。
何時の頃からついた、癖。生きて、護り抜く。
誓いを確かめるように胸元の手を握りしめ、
アスランは瞳を開いた。夢を、叶えるために。
宇宙へ。「アスラン・ザラ。
紅、出る。」
アンリの先導によりシャトルが襲撃されたと推測される地点へ向かう。
アスランは早々に自動操縦に切り替え、
ソフィアとの連携調査のための作戦を確認し指示を出していった。
アスハ代表が搭乗したシャトルの安全を確保する第一義的な責任はソフィアにあり、
オーブはソフィアに対して全面的な協力要請を打診し、ソフィアはこれを快諾した。
むしろ、とアスランの脳裏にソフィア大統領カミュ・ハルキアスとの会話が過り
微かに表情を歪めた。アスランへハルキアス大統領直々のプライベート通信が入ったのは
月基地へ到着して間もなくのことだった。
他国の首相からプライベート通信が入るなど異例中の異例だったが
カミュの性格を鑑みれば在り得ない話では無かった。
そう例えば、これがキラであれば同じような行動をとっただろう、
そう考えたアスランは驚きながらもカミュとの通信を開始した。
しかし、画面向こうに映し出されたカミュにどうしてもカガリの姿が思い出されて
アスランは顔をそむけたくなるのを必死で抑え込んだ。
強い意志を感じさせる琥珀色の瞳は、
似ているというよりも同じものを持っていると言った方が適切だった。
どうしようもないことに嫉妬してしまう、
何が自分の余裕を奪っていくのか分からなかった。“1度ならず2度までも、カガリを危険に巻き込んでしまい、
申し訳なく思っている。“そう言って、カミュは瞼を伏せ頬に影を落とした。
申し訳ないと口にしながら、
まるで自分のことのように哀しんでいるのが伝わってくる。
いつかディアッカとイザークが言っていたように、
カミュは本気でカガリのことを想っているのであろうか、
そんな余計なことまで思考を浸食していくのを止められず、
“カガリ”と、呼び慣れたようにファーストネームを口にしたことさえも苛立ってくる。
意識を凝らさなければ、視界も思考も乱れていく。
アスランは膝の上に置いた手を堅く握りしめた。“ソフィアはアスハ代表の捜索に対して、全面的に協力する。
ソフィアの力を自由に使ってくれて構わない。
カガリのためなら、ね。“カミュの眼光が挑戦的に見えるのは、
自分の思考がおかしくなったからだろうか。
アスランはカミュの琥珀色の瞳を見据えながら、感情を排して応えた。『ご協力、心より感謝いたします。
“アスハ代表”は必ずお護りいたします。』無意識に、アスランは剣のような眼差しをカミュに当てていた。
己の信念を貫く覚悟を示すように、真直ぐな眼差し。
それを受けてカミュはふっと瞳を閉じて呟いた。“きっと、カガリは君のことを待っているよ。”
カミュの不可解な言葉に、アスランは微かに眉を寄せた。
――カガリが今何処にいるのか、知っているのか・・・?
そう思わずには居られなかった。
無事を信じることと、無事であることを知っていることは全く異なる。
カミュの口ぶりは後者のように思われ、
アスランはいかなる機微も逃さぬよう瞳を凝らした。
しかし、続いた言葉がアスランの心を少なからず乱した。“だが、カガリを護れないのなら、
わたしは君を認めない。”カミュの発言には、決定的な何かが伏せられていたが、
突き付けるような瞳がそれをありありと示していた。
誰にも気づかれないようにずっと胸の内に仕舞い続けてきた自分の想いを
ふいに引きづり出されたような気がして怒りさえ覚えたが
アスランは感情を抑え込んで、平静の表情を保った。
これがカミュの挑発ならば、乗ってしまえば負けだ。
あくまで感情を見せないアスランに、カミュは眼差しを言葉に変えた。
まるで、追い打ちをかけるように。“紅の騎士としてだけではない。
カガリを護る者として。“カガリの一番傍で護る者として、そう言っているのだとアスランは感じた。
戦友としてでも、軍人としてでもない、
一人の男として。緩やかな弧を描くカミュの口元。
カガリと同じ琥珀色の瞳は悪戯に揺らめいて真意を掴ませないから
反対に受け取るままに胸に突き刺さる。
カミュに試される理由なんて無い筈だと分かっていても、アスランは応えた。
この胸にある誓いを。『俺が護ります。』
俺を護るために、君がくれた護り石。
でもいつからか、君を護るための誓いになった。
カガリには伝えることのできない誓いをカミュに告げて、
アスランはこの通信を切り上げようとした。
この会話の必要性をこれ以上感じられなかったのだ。
むしろ今すぐ宇宙へ飛びたい、
誓いのとおり彼女を護るために。
その空気を敏感に感じ取ったカミュは、
ひまわりのような微笑みを見せて通信を終わらせた。
またしても、不可解な言葉を残して。“良かった。安心したよ。”
「間もなく、襲撃されたと思われるポイントに差し掛かります。」アンリからの通信が入り、アスランは作業の手を止めた。
ソフィアの制空域と地球連合の制空域とのほぼ中間に位置するポイントは公空域であり
どの国にも属さないことから、国際条約に則り自由に航行できる一方で、
航路意外は安全を担保する国の監視下に入っていないため危険も伴う。――映像データで報告を受けていたが、これ程までとは・・・。
公空域でシャトルや移送機が空賊に襲撃されることもある。
しかし、その場合と今回の一件では明らかに異なる点があった。
前者の場合であれば、目的は財産である場合が多くシャトルや移送機は原型をとどめるが、
今回の場合は、まったく原型を留めていなかった。
また、シャトルや移送機の衝突事故の場合も同様に、
大きな損傷を被ったとしても、何と何が衝突したのか視覚的に判断できる。
しかし、アスランの目に映るのは
宇宙空間に漂うシャトルやMS、戦艦と思われる片鱗のおびただしい数。
それらの多くは高熱で変形した後を残していた。
つまり、――爆破したと、考えるのが普通だろう。
頭の中では冷静な判断を下していく。
その一方で、胸の内が冷え切っている。
報告によればこの周辺一帯の生命反応は無く、
シャトルの片鱗が飛び散った範囲から逆算して大規模な爆発があったと推測される。「いくら捜索しても、手がかりすら掴めませんでした。」
包み隠さず報告するアンリの声からも、絶望の薫がちらついていた。
もし、生きているのなら、
その仮定を証明するために捜索しても、ことごとく現実に否定され続けてきたのだ。
積み重なった否定は一つの答えを形づける。
もはや、生きてはいないのだと。
それもまた推測でしかないのに、覆せない事実のように胸に突き刺さる。現実に引きずられる前に、アスランは部隊に散開を指示し捜索に当たらせ、
自らは捜索の輪から外れるように宇宙へ飛び立った。「隊長、どちらへ。」
驚きを含んだアンリの声に、アスランは穏やかな口調で応えた。
「自分の目で、確かめてくる。」
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