11-3 出来ること





EPUの移送機は定刻通りオーブ月基地へ入港した。

トランクを片手にシートを立ったアスランに並び、
ミリアリアもハッチへと向かう。
常と変わらぬ平静の表情のアスランからは
音の無い緊張感が伝わってくる。

と、何気なくミリアリアはアスランへ声をかけた。

「いつでも、EPUへいらっしゃい。
歓迎するわ。」

ミリアリアが言葉のままの意味でそう言ったのではないと
アスランには分かっていた。
オーブを除隊しEPUへ来いと言いたいのであろう、
ミリアリアも、彼女の直属の上司であるバルトフェルドも。
故にアスランから返ってきた言葉は真摯に響いた。

「夢を叶えるために、
今はオーブにいたいと思うから。
だから・・・すまない。」

ひとかけらの迷いさえ感じさせない言葉に、
ミリアリアは眉尻を下げて溜息交じりに呟いた。

「やっぱりね。
そう言うと思った。」

しかし次の瞬間には早くも切りかえるように
晴れやかな笑顔を見せた。

「でも、覚えておいて。
いつでもEPUを“使えるんだ”ってコト。」

「“使う”・・・?」

問い返すアスランに、ミリアリアは“真面目ねぇ”と言いながらくすくすと笑みを零した。
ますます意味が分からなくなったアスランは“悪かったな”と言って視線を外す。
その拗ねたような仕草も笑いを誘うのだが、
これ以上笑えば肝心なことを言い忘れてしまいそうで
ミリアリアは言葉を続けた。

「EPUとの関わりは、何もDDRのような連携事業だけじゃない。
私だちEPUにだって協力できることは沢山あるわ。
例えば、情報提供とか。」

「だが、開示まで時間を要するだろう。」

国際機関への情報開示は請求を受けてから複数の事務手続きを踏むため、
どうしても時間がかかってしまう。
しかし、今求められているのはスピードであり、
迅速なレスポンスは不可欠な要素だ。
何故なら、情報を待っていては失うかもしれないのだ、カガリを。
静かな緊張感を纏うアスランに
ミリアリアはニっと笑みを浮かべると密やかに告げた。

「うちの部署を通せば、話は別よ。
なんたって、責任者はあのバルトフェルドさんよ。」

アスランは眉を顰めてミリアリアに応える。

「しかし、それでは癒着の誤解を招く恐れがあるだろう。
正規の手順を踏まなければ。」

こんな非常事態においても誠実すぎるアスランの思考回路に
ミリアリアはあからさまな溜息をついて、ビシっと人差し指を突き立てた。

「いい?
例えば、報告をしながら“つい”雑談をしてしまうこともあるでしょう?
その時に、“つい”言ってしまうことって、珍しいことはじゃないわ。
でしょ?」

冗談めかして小首を傾けたミリアリアは、
すっと瞳に優しさを滲ませてアスランの肩を軽くたたいた。

「気負いすぎないで。
あなたは一人じゃない。」

と、視線を伏せて、“本当は、キラにもそう言えば良かった・・・”と呟いた。
直接、現実的な力になれないもどかしさや無力感が胸を締め付ける。
バルティカで目にしたキラの姿がミリアリアの瞳に焼き付いて離れなかった。
きっと何かの力になれる筈、
なのに何も出来ない自分、何も求めないあなた、
この距離感に痛みを覚えた。
と、小さな風を感じて顔を上げればハッチが開いたのが見えた。
出口の向こう側の光を受けて歩みを進めるアスラン。

――私はまた、力になれないのかな・・・。

そう思い、ミリアリアが唇をかみしめた時
そっとアスランが振り返った。

「ありがとう。」

「え。」

聴き逃してしまいそうな程静かな声。
逆光の眩しさに耐えて目を凝らした時、
アスランの穏やかな微笑みが光の中に消えていった。

 

 

降り立ったアスランを迎えたのはあまりに静かなオーブ軍だった。
ミリアリアは一瞬、意外だと思った。
アスハ代表を失いオーブ軍に少なからず焦燥の色が見えるだろうと考えていたからだ。
その考えは眼前のオーブ軍の一人ひとりによって覆された。
彼らは一様に口元を引き結び、
熱いまなざしをアスランへ送っていた。
その熱こそがアスランへ寄せられた信頼の深さなのだと感じ、
長官へ敬礼する彼の背中を見た。
オーブのアスラン・ザラがそこにいた。

ミリアリアは月基地の長官との挨拶を簡単に済ませ、
もてなしと見送りを辞し、早々に月基地を後にした。
早くEPUへ戻りたかった。
辛いからではない、
力になりたいからだ。
もしかしたら何の役にも立たないかもしれないけれど、
いくら相手が求めてこなくても、
力になりたいという想いを諦めてはいけない。
今自分に出来ることはそれだけだから。

 

 


「アスランっ!!」

声の勢いそのままに、アンリが飛び込んできた。
体当たりに近いそれはカガリも良くする行動で、
これは一種のオーブの文化なのかもしれない。
懐に飛び込む勇気、
それは相手へ身を投げ出すだけの信頼を示している。

「アンリ、よろしく頼むな。」

と、アスランがアンリの肩に手を置けば
その背後から見知った顔が次々と現れた。

「コル爺、マレーナさん、それにみんな。」

“よろしくお願います”と言って頭を下げたアスランは
いつもと変わらぬ穏やかな表情をしていた。

奇跡に触れようと手を伸ばすように
アスランの周囲に捜索隊が集まってくる。

捜索隊の視線は一点に集中していた。
まるで、奇跡を望むような視線を
アスランは静かに受け止める。

その表情、
言葉、
物腰、
纏う空気。

全てが常と変わらぬ“アスラン”で、
捜索隊の不安に波立つ心は静められ、
光の筋を描くように一つの目的に集約された。
必ず、アスハ代表をお護りするのだと。

特別な言葉は何も言わず、
アスランは通常任務と変わらぬ様子で
EPUのシャトルから出していた指示を確認し実行に移していく。
そんなアスランの姿に、コル爺は苦い想いを噛みしめた。
アスランは知っているのだ、
今必要なのは慰めの言葉でも、
士気を奮い立たせる言葉でも無いことを。
今求められるのは、迷いなく前に進むこと。
そしてそれを支えるのは、ただ信じ続けることだ。
希望を。
しかし不安は心に抗えぬ波を立て、希望を揺らめかす。
だから、

――だから、そんな顔をするんじゃの。

隊長である自分の影響力を十分に知っている。
だからアスランは常と変わらぬ穏やかな表情を保っている。
全てを胸の内に仕舞って。
失うかもしれないという不安も、恐怖も、その先の哀しみも、
止められなかった自分の甘さも、憤りも、
迸る感情に急いた心も、
とうに胸に刻んだ覚悟も、
きっとその奥にある、想いも。

――また、わしらはお前さんに背負わせるんじゃな・・・。

コル爺はやり切れぬ想いに拳を握りしめる。
何故、いつもアスランに背負わせるのか。
何故、大人である自分はそんな世界を作ったのか。
しかし、アスハ代表の捜索にアスラン以上の資質と能力を持つ軍人は
おそらくオーブにはいない。
それが真実なのだ。
コル爺は隣に立つマレーナにも気づかれないようにそっと溜息をついた。

――自分に出来ることなんて、たかが知れている。

だからコル爺はくるりと方向転換して、アスランの機体である紅の方へ向かった。
愛用の繋ぎの腕をまくり、小さなおひげを一撫でして、作業に取り掛かった。
今、自分に出来ることが力につががるのだと信じて。




 


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