11-2 紅い夢
揺れる
紅い髪。風が吹いて、
小さな声を上げて
細い手で髪を抑える
君の仕草。勝気な君。
でも僕は知ってる。
伸ばした背筋、
腰に手を当て尖らせた唇、
花のような笑顔、
遠い瞳。本当はそこに、
ここに、
抱えきれない程の哀しみを
抱いていたこと。だから、僕が護らなくちゃいけなかったのに。
あの頃まだ僕は弱くて、
泣いてばかりで、
君を傷つけて、
君を一人にして、
君を護れなくて。
なのに君は
そんな僕を
護ってくれた。だから。
――フレイ・・・。
――君に伝えたいことがあるんだ。
――ずっと、言えなかった言葉。
――フレイ・・・。
“ありがとう”。
空を舞う雪。
目を凝らせば、桜の花びらの形をしていた。
薄桃色の抜け落ちた、
空っぽの色彩。寒い。
まるで雪のように舞う桜。
色を無くした花びらは
死の灰のような色彩で
世界を埋め尽くしていく。この世界を
僕は知っている。
白に染め抜かれた闇。
そんな予感から逃げるように
目を凝らした。その時、
花びらの影に見えた
紅い髪。君の細い背中。
風が吹き抜け、
花びらが舞いあがる。
君は小さな声を上げて
細い手で髪を押さえた。あの仕草。
過去を追いかけるように
僕は手を伸ばした。――フレイ。
やっと君に会えた・・・。立ち止った君。
声が届いた嬉しさよりも、
何かから逃げるように、
僕は駆け出して手を伸ばす。早く、
君の手を取らなくちゃ。どうしてなのかは分からない、
だけど、早く君の手を取らなくちゃ。早く。
早く。
振り返るように揺れた髪。
君の名を形作った
僕の唇。でも、君の名前になる前に、
君は炎に包まれた。
「キラ様。お分かりになりますか。」
静かに問うエレノワに、キラの彷徨うような視線が定まる。
眩しすぎる天井、
人口的な薬品の匂い、
真っ白な世界。白に染め抜かれた絶望がフラッシュバックして、
キラは逃れるようにベッドから身を起こした。
肩で荒い呼吸を繰り返す度に汗がしみ込んだシャツが体に張り付き不快感を覚え、
焦燥が判断を鈍らせた。今自分が何処に居るのか、
どうしてベッドに横になっていたのか、
いつからこうしているのか、
今はいつなのか、
どうして。濁流のように押し寄せる問いを振り切るように頭を振り、
その拍子に汗が水泡のように空中に散る。
そして初めて知った、自分が宇宙にいることを。どうして。
その答えをエレノワは簡潔に述べた。
「覚えていらっしゃいますか。
キラ様はバルティカの礼拝堂でお倒れになったのです。」――バルティカ・・・。
――ラクス。
――そう、僕は君に会いにバルティカへ。
「医師の判断により、これからプラントへ帰還し治療を受けていただきます。」
有無を言わさぬ硬質さを持つエレノワの声も、今のキラには何の効果も与えない。
キラは刃物のような眼光を向け、応えた。「僕は僕の判断で動きます。
プラントへは戻らない。」キラは何処かで分かっていた、
こう言えばエレノワは返す言葉を失くすと。
しかし、キラの無意識の予想に反して
エレノワは苦渋をにじませた溜息をついて視線を外すだけ。
何かが違う、単純にそう思ったキラに
残酷な事実が振り下ろされた。「キラ様がお休みの間に、オーブより報告がございました。
オーブのアスハ代表のシャトルが襲撃を受け、大破した、と。
安否は不明です。」自分が息を飲んだ音が聴こえて
今が嘘でも夢でもないことを知る。
不意に襲われる恐怖に息が止まっても
けたたましい程の鼓動に糾弾される。
僕の弱さを。「今、オーブは全力を挙げて捜索を行っています。
ですから、キラ様、せめてプラントに到着するまでお休みください。
世界は、あなたの力を必要としているのです。」「・・・出て行ってください・・・。」
エレノワの言葉を打ち消すように落とされたキラの呟き。
困惑に言葉を失ったエレノワに、キラは追い打ちをかけるように叫んだ。「出ていけっ!早くっ!!」
突き付けられた冷たい瞳。
エレノワは一歩後ずさる、それだけで全身に不自然な汗が浮かび上がった気がした。
キラのために自分に出来ることなんて、
初めから何も無かったのだと、
悲しさと無力感、
それ以上にエレノワはキラの存在自体に恐れを覚え
逃げ出すように病室を後にした。
キラはシーツを握りしめた。
いくら歯をくいしばっても堪え切れない嗚咽。
真っ白なシーツに涙が落とされていく。
その色彩は、色を失くした桜の花びらに似ていた。――どうして・・・、
カガリまで・・・僕は失くすの・・・瞳を刺すような白。
――どうして僕は・・・いつも
大切な人を護ることが出来ないんだ・・・白い闇。
――大切な人なのに・・・
全てを飲み込んでいく。
恐怖にも似た哀しみに抗うように、キラは叫びを上げる。
そしてキラの思考は二重螺旋を描きだす。
それは、繰り返された歴史と同じ道。
哀しみに寄り添うように、憎しみの螺旋が萌芽する。
――どうして世界は、
僕の大切な人を奪うんだ。キラの紫黒の瞳から涙が消える。
荒んだ呼吸も感情も、
全てが凪いだように静まっていく。憎しみに鎮められていく。
――こんな世界を、
僕は許さない。キラはシーツを取り払うと、自らの剣を求めて歩み出した。
白い闇を抜けた先、
歩むべき道はただ一つだった。
←Back Next→
Top Chapter 11 Blog(物語の舞台裏)