11-1 だから、迷わない





キサカの命を受け
無意識にアスランは胸元を握りしめた。
服の上からも感じる石の存在は、
自らの誓いの証。

君は俺が護る。

あの時の誓いは今もこの胸にあるのに。
想いの分だけ強く、ここにあるのに。

――どうして俺は、いつも遅すぎるんだ。

 

きつく瞳を閉じた。
瞼に映るのは陽の光のような君の姿で、

胸に浮かんだ言葉は
ただ一つだった。

――カガリ、
君を愛している。

だから、
迷う事は無い。

 

瞳を開いたアスランは真直ぐに宇宙を見上げた。

 

 

「ねぇ、何があったの?」

通信を切ってから言葉を発しないアスランにミリアリアは問うた。
常に平静の表情で任務を遂行するアスランがこれ程感情を呈するということは、
“それ程の何か”が起きたとこを示していた。
しかし、返ってきたアスランの声は平静を取り戻していた。

「アスハ代表が搭乗したシャトルが何者かに襲撃された。
シャトルは大破、生存者は不明。」

言葉と乖離する程の平静さは寥寥とした響きを持ち、
灼熱を帯びた眼差しに迷いなき覚悟を感じさせる。

アスランは宇宙から視線を戻し、ミリアリアと部下を捉えた。
ミリアリアは瞳を見開き、呼吸を整えるように胸元に手を置いている。
部下は信じられないとばかりに緩く首を振る一方で、
握りしめた拳からは憤りを感じさせた。
そしてアスランは改めて意識する、
“アスハ代表を失う”ということは、どういうことなのかと。

「キサカ総帥から特務隊隊長に任命された。
即刻アスハ代表の捜索に当たる。」

アスランの声で2人の視線が定まる。

「DDR部隊はキッシンジャー大佐の指示に従い、整い次オーブへ帰国せよ。」

部下が頷いた事を確認すると、アスランはミリアリアに向き直った。

「それから、頼みがある。
EPUの艦に同船させてはもらえないか。」

「月まで上がってオーブ軍に合流するのね。
いいわよ。
この状況じゃ、一刻も早くバルティカを離れる方が望ましいし。」

バリケードの向こう側はレースのカーテンを掛けたように煙で霞んで見える。
恐らく市街地の炎が広がっているのであろう。
バルティカの民の怒りが爆発し、スペイス駐屯地への攻撃を開始するのは時間の問題だ。
いや、既に始まっていると考える方が妥当だろう。
バルティカ政府に利用されたDDR。
軍閥を解体し市街地に放出された旧民兵等は社会統合に向かう前に
再びその手に武器を取ることだろう。
コーディネーターを討つために。
何故なら、彼らにとっての日常とは軍閥に与し戦いの中にあるのだから。
彼らもまた、誇り高き戦士なのだから。
DDRの任務遂行は不可能となり、コーディネーターに対する憎しみが増した今
バルティカに留まることは彼らの感情を煽ることになりかねない。
どんな状況下でも何処か冷静さを残すことができるミリアリアに礼を述べて
アスランは確かな足取りで歩みを進めた。

強く、
迷わず、
宇宙へ。

君のもとへ。

 

 


EPUの移送機は定刻よりも早くバルティカを発つことになった。
通路を挟んで反対側のシートに着いたミリアリアは横目でアスランを覗い見ると、
早くもPCを開き指示を出しているようだった。

礼拝堂での言葉のとおり、アスランは即刻アスハ代表の捜索に取りかかった。
キッシンジャー大佐への引き継ぎは、
まるで事前に引き継ぎ書を用意していたかのように滞りなく終わった。
ミリアリアはその様子から、アスランが万が一の場合を何処かで想定していたのだと看取した。

――カガリに何かあった時は、直ぐに出るつもりだったのね・・・。

時に組織は個人の感情を埋没させる。
しがらみだけではない、それが組織を保ち同時に物事を実現するための力を生む。
しかし、組織の中では収まり切れない感情がある。
この場所では実現できない夢がある。

――その時どう動くか、アスランはずっと考えていたのかもしれないわ。

パトリック・ザラを父とし、
ザフトのエースパイロットだったにも関わらず2度の脱走を犯し、
今はオーブ軍に与している。
彼の経歴だけではない、些細な瞬間にさえ薫る政治的・軍事的センス。
この若さで“組織とは何か”を知りすぎている。
組織の力も、脆弱性も、感情の葛藤も、
そしてあたたかさも。

どの組織の中で、
どの立ち位置で、
どう動くか。
それによって発揮できる力も、実現までの道のりも異なってくる。
アスランのことだ、カガリの捜索を行うために
EPUへ志願することも選択肢の中にあったであろう。
しかし、アスランが選んだのはオーブだった。
ミリアリアは携帯用端末を取り出すと、上司であるバルトフェルドにメールで報告した。
今回のバルティカ入りの表立った目的はDDRの進捗状況と効果の視察であったが、
ミリアリアにはバルトフェルドから裏任務が課せられていた。
一つ目はアスランに同行することでEPUとアスランの繋がりをメディアにアピールし、
“いつか来るその時”に備え、世界に“EPUのアスラン・ザラ”の印象を磨り込むこと。
二つ目は、“いつか来るその時”を“今”に変えること。
即ち、アスランをEPUへ迎えることだった。
世界が傾きだした、今この時に。

≪裏任務は失敗に終わりました。
アスランはまだEPUには志願しないでしょう。
何故なら――≫

そこまで言葉を綴って、ミリアリアはふっと目元を緩ませた。

≪彼にとってオーブは、
かけがえのないものになっているから。≫

叶えたい夢も、
夢を実現したい場所も、
そのための力も、
みんなオーブにある。

――それが、アスランの答えなのね。

 

 

キサカは机上で組んだ手を静かに見詰めた。

アスハ代表を乗せたシャトルが襲撃を受けたニュースは瞬く間に世界を駆け抜けた。
混乱に陥ったオーブの民は一心にアスハ代表の無事を祈り
行政府と軍は祈りを現実のものにするために全力を尽くしていた。
しかし、全力は尽くしていても動揺は鎮め切れずにさざ波を生んでいた。
アスハ代表はオーブの希望の燈し火なのだと、
誰もが信じてやまないその事実がこんな形で表面化するなんて、誰が想像しただろう。
希望は時に恐怖と不安を呼び起こす、
その光が眩くあたたかな程。

キサカがアスハ代表捜索のため組織した特務隊の隊長としてアスランを指名したことに
異論を述べる者は誰もいなかった。
オーブ軍で最も宇宙を、特にプラント制空域近辺を熟知し、
プラント・ソフィアとの連携を図るためにこれ以上の適材はオーブにはいない。
しかし、資質と能力が備わっていることと隊長として相応しいことは必ずしも一致しない。

――最も必要なものは、信頼だ。

今頃EPUの移送機の中であろうアスランから届いた報告に目を通しながらキサカは思う。
アスランの実績とその裏にある弛まぬ努力がこれ程までの信頼を築いたのだと。

――よくまぁ、ここまで来たものだ。
   わずか2年で。

アスランはオーブ軍の中で最も不利な条件を負っていると言っても過言ではない。
戦犯の父を持ち、ザフトのエースパイロットでありながら2度の脱走を犯した経歴だけでも
相当なハードルであろうし、
いくらオーブとは言えコーディネーターであるという人種の壁も
少なからず影響をきたしただろう。
しかし、その全てを乗り越え“オーブのアスラン・ザラ”としての信頼を築いた。
資質や能力だけではない、
今オーブに必要な“人”としてアスランはある。
そしてキサカは知っていた、オーブだけではなくカガリにとっても必要な人であると。
カガリが言葉にしなくとも、
“おおやけ”に全てを注いでいても。

ふと蘇ったアスランの言葉に、キサカは浅く頷いた。
あれは、有事の際に代表自ら暁で出撃することの是非を争った会議でのこと。

『生きて、護り抜きます。』

あの言葉のとおり、キサカはアスランのことを信じていた。
必ずカガリを護り抜くと。

――頼んだぞ、アスラン。

 

そしてキサカは連合の対応へと移っていた。
地球連合がテロ撲滅を宣言したのを境に、連合に与する国々は
プラントからのラクス捜索及びソフィアでテロを起こした組織の捜索に対する協力要請に
あからさまな消極姿勢を見せだした。
さらにアスハ代表への捜索への協力要請を行ったところで、
何処まで期待できるか分からない。
しかし、一刻も早い救出のためには協力が不可欠であり
世界が傾きだした今、連合との関係性を正常に保つことは国防においても重要である。
キサカは会議の資料を持ってきた幕僚長に目配せし、
事前の打ち合わせをするために席を立った。




 


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