11-23 責任を継ぐ者
≪いつになく饒舌だったね、
マキャベリ。≫画面の向こう側で鈴の音のように笑うのは
カガリと同じ琥珀色の瞳を持つ人。
その微笑みは向日葵のような輝きと
消えてしまいそうな儚さを併せ持っていた。
数代も古いモニターに映る彼は画面上の光に溶けて、
とかく存在を曖昧にさせる。「聞いていたのか、カミュ。
相変わらず悪趣味だな。」マキャベリと呼ばれた男は、画面向こうのカミュにやり返し
静かに溜息をついた。
その表情は仮面で覆われているため判読できない。
酷く荒廃した跡が残る部屋は、
生活感は無いものの、主の気質からだろうか、
細部まで清潔に保たれていた。≪どうしてカガリを助けたの?
あのまま、殺すことだって出来たのに。≫口元に微笑み描いたまま
カミュは飄々と言葉を続ける。≪ソフィアのシャトルが戦艦に衝突する前から
カガリはコックピットの中で意識を失っていた。
あの爆発に乗じてどうして殺さなかったの?≫ボルジャーノンが敵機を引き付けた隙に
マリューがシャトルを遠隔操作し敵艦を撃破。
あの空域一体は視覚を奪う光で満たされた。沈黙を貫くマキャベリの脳裏にあの時の光景が蘇る。
無防備にも光に飲み込まれたカプル。
MSで一気に距離を詰め、銃口を向けた自分。
しかし、引き金を引く筈のその手で
マキャベリはカプルの手を取った。
カガリと共にこの空域を離脱するために。≪絶好の機会だったでしょ、マキャベリ。
あなたは殺したかった筈だ。
アスランがカガリと共に生きることを
阻止するために。≫カミュの言葉は本質以外の全てを削ぎ落していた。
故にマキャベリの胸に真直ぐに突き刺さる。≪他にも、あたなには殺す理由がある。
カガリはあなたの大切な人の命を奪った
憎むべきナチュラルなんだ。
ためらう理由が何処にあるの?≫一瞬で消えた命。
安らぐ時が落ちる砂時計が
光に消えたあの時。
瞳に映る世界が
哀しみと憎しみに歪んだ瞬間を
今でも忘れることは出来ない。≪これからやってくる争いの時代を未然に防ぐために。
夢に描いた世界を実現させるために。
あなたはカガリを殺したかった筈だ。≫同じ争いが繰り返されることを、知っている。
メンデルで成された全てを、知っている。
迎えることが約束された未来の結末を、
この手で決することも可能だった。≪なのにどうして、
カガリを救ったの?≫沈黙を切り裂いた言葉は静けさの中に厳格さを帯びていた。
まるで、生前のパトリック・ザラのように。「彼女が、生きることを選んだ。
理由はそれだけだ。」そう言って口を引き結んだマキャベリに
カミュは溢れるような喜びを湛えて微笑んだ。≪ありがとう、マキャベリ。
カガリを救ってくれて。≫カミュは天使が瞳を閉じるような溜息を落とし、
しかし次の瞬間、子どもが悪戯を思いついたような表情に変わった。≪そうそう、カガリがもうすぐ貴方の方へ到着するよ。
話をしてみたらいいんじゃない?さっきの続きを、さ。≫「馬鹿を言うな。」
≪そんなこと言って・・・。
メンデルまでカガリを連れてきたのは、
マキャベリ、貴方だろう?≫「これ以上話しをしても無駄なようだな。
切るぞ。」切り捨てるようなマキャベリの声と共に通信が切れる瞬間、
画面向こうのカミュは慌てて言葉を滑り込ませた。
“カガリのことを頼みます”と。通信を切断し、暗転した画面に映る仮面の男。
彼は俯く様に米神に手を這わせた。
「生命反応、熱源、共に無し・・・か。」
コックピットの中でヘルメットを外しながらカガリは呟いた。
メンデルは廃棄コロニーとは言え内部への侵入を妨げるものは無く
カガリとムゥは第一に補給に取り掛かった。
万が一、何者かに遭遇しても対応できるように、と。
その間、カガリはカプルでメンデルの基本的な状況を把握していった。
コロニー内の空気の状態に異常は無く、ヘルメットを装着せずとも問題は無い。
また、生命反応も無いためコロニー内部にはカガリとムゥと2人きりと言う事になる。――奴等はいないのか・・・。
ソフィアのシャトルを襲撃した者たちの目的がFreedom trailの実現であるとすれば
彼らの拠点がメンデルである可能性は大いにあるとカガリは踏んでいた。
だが、生命反応、熱源が共に無いとすればその可能性は低くなる。――だけど、到底安全とは言えないな。
キラを隊長として組織されたメンデル調査隊に降りかかった悲劇。
彼らだって十分に安全確認を行った上で任務に取り掛かっていた筈だ。
可愛げがない程完璧に任務を遂行するアスランが
何かを見落とすなんて考えられない。
それでもあの事故は避けられなかった。
Freedom trailの全てが突然流れ出したのだと、キラは言っていた。
そこに恣意的な何かを感じると言ったのはアスランだった。
アスランやコル爺、キラやメイリン、
先鋭ぞろいの調査隊のエンジニアでえ復旧できなかったシステムがいきなり動き出すなんておかしい。
むしろ、暴力的なまでに情報を掴まされたと言った方が自然に感じる。カガリは息をつきながら前を見据える。
メンデルへ行きたいと言ったのは自分だ。
むしろ、行かなければならないと思ったのだ。
自分が生まれた場所へ。
でも、不安も恐怖も無いと言えば嘘になる。
そんな時ふと思い出したのは、
白い闇の中で聴いたパトリックの声だった。『歩みを止めず
己の信ずる道を進め。』厳格な響きは真直ぐに胸を突き、だけど優しい余韻を残す。
余韻を追いかけるように瞳を閉じる。――アスランのお父様が私をここに導いてくれたんだ。
きっとここには、私が知らなくちゃいけないことがある。
こうして生まれてきた私だからこそ、
果たさなければならない使命がある。侵入を拒むように立ちはだかる補給庫の壁、
この向こうで何が待っていようと、進む心に迷いは無くなった。≪カガリ、そろそろ準備はいいか?≫
いつものように飄々と、しかしどこか緊張を孕んだムゥの声に
カガリは真直ぐに応えた。「あぁ。行こう。」
ロックを解除し、無機質な音と共に扉が開いた。
埃が舞うことも耳障りなノイズも上がらなかった。
長い間閉じられていた形跡が無いことに、ムゥもカガリも疑問を覚えなかった。
アスランたちメンデル調査隊もここを使用したか、少なくともチェックは入れている筈だ。
ムゥもカガリも、一切の油断を排除していた。
だが、2人よりも前に足を踏み入れたアスランやキラへの信頼が
皮肉にも楽観をもたらす結果となった。そのことに初めて気づくことになるのは、
カガリの目の前に真実が現れた時だった。
「ムゥは以前、この研究棟の中へ入ったんだろ?」
靴音が歩む度に高い天井に反響し、
折り重なるように降ってくる。「あぁ、キラと一緒に・・・な。」
ムゥは記憶に目を凝らし、
いつものような飄々とした口調に苦味が滲んだ。「クルーゼを追いかけて、
この中で撃ちあった・・・って言うより。」ひとつ溜息が荒く落とされる。
「撃たれたようなもんだった、
“真実”に、な。」クルーゼが静かに胸に納め続けた
真実の銃弾が放たれ、
ムゥとキラの胸を貫いた。
それは確実な痛みを伴って、今も胸に残っている。
時に真実は暴力的に、
死に至らしめる程の破壊力を持って
人を貫く。
同じ真実を宿命づけられているから、カガリは当時受けたキラの痛みが分かる。
だからそっとムゥへ視線を馳せる、
彼も今同じ痛みを感じているのだろうかと。肉親の罪、
残された子どもとしての自分。
例えこの過ちが
生まれる前に犯されたものだったとしても、
責任から逃れたくない、
いや、責任を継ごうと思う。前を見据え続けるムゥを見て
カガリは微笑むように頷いて視線を戻した。――ムゥも私も、同じだな。
そのために私達はここへ来たんだと。
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