11-22 パトリック・ザラの魂





あなたのお父さんに会えた奇跡に
どうしようもなく
あなたに会いたくなった。

この宇宙で一人きり。
その寂しさに覆われるよりも先に
抱えきれない想いが零れ落ちた。

「・・・アスラン・・・。」

涙で滲んだ声は
切なさで痛む胸で支えた。

誰もいない宇宙、
ここでならば
貴方への想いを言葉にしても
許される気さえした。

 

 

肩に留ったポポは
カガリに寄り添うように静かに佇み
時折くすぐるように頬を寄せた。
と、突然きょろきょろと周囲を見渡し
コントロールパネルに飛び降りて小さな足をばたつかせ始めた。

「どうしたんだ、ポポ。」

まだ胸の熱を孕んだ声でカガリが問えば
ポポはパネルの上を小さく跳ねまわっている。
何かを探すように。
つられるようにカガリも意識を外へと広げれば
砂嵐のような通信が紛れ込んできた。
発進元を確認すればボルジャーノン、
つまりムゥからだった。

≪・・・カ・・・オウ・・・セヨ・・・。≫

雑音に混じる声は間違いなくムゥの声であり
無事だという安堵に震える手でコントロールパネルを操作した。
通信が回復するように周波数を調整しながらも、頭の片隅に疑問が残る。
何故、これほどまでに通信が乱れているのか、と。
戦闘中もあれだけ近距離にあった脱出ポットと通信することさえ不可能だった。
あの空域も、そして今居る場所も電波を乱す何かがあるのだろうか。
宇宙空間には通信を乱す微粒子が散乱している空域も確かにある、
だが、

――正規の航路上に微粒子が紛れ込んだとは考え難い。

正規の航路は国際法規で定められた基準に従い、厳格に定められている。
ならば何故――。

「ムゥっ!応答せよ!
私の声が聞こえるか!」

カガリの呼び掛けに応えるように
遠くでボルジャーノンの目が点滅した。

――良かった、生きていた・・・っ。

安堵が膨れ上がるようにカガリの胸を満たし
ゆっくりと息をついた。
不意に震えだした両手を抱きしめるように胸に押し付ける。
ひとりきりの寂しさが、思い出したようにカガリを覆い
そんな自分の滑稽さに浮かんだ笑み。
掠れた声で笑う、
睫で小さな涙が揺れた。

 

 

≪コノヤロウっ!心配させやがって!!≫

それがムゥの第一声だった。

「ごめんっ。
でも、ムゥも無事で良かった。
みんなは?」

≪分からねぇんだよ。
通信が全く繋がらなくて・・・。≫

憤りが混じったムゥの声に、彼が捜しまわった時間の長さを思う。
どれだけ宇宙を駆けていたのだろう、と。

「私が無断で離脱したからだよな、すまない・・・。」

自分がムゥと離れなければ、
少なくとも共に戦場を離脱していれば
ムゥはこうして自分を探さずに、作戦通り脱出ポットと合流できたかもしれないのに。
カガリの表情が険しく曇った時、返されたのはムゥらしい快活な声だった。

≪いや、カガリのせいじゃない。
生きていてくれただけで、十分さ。≫

あぁ、そうだとカガリは思う。
こうやってムゥは何でも無いように
人の心を救っていく、そういう人なんだと。

≪それより、どうやってここまで逃げてきたんだ?
まさか、また遭難したとか?≫

からかい混じりのムゥの声。
第一次大戦時、カガリが身分を窶してアークエンジェルに同船していた時のこと、
アークエンジェルは戦闘中にカガリのスカイグラスパーをロストし、
航程を変更しクルー全員で捜索に当たる大騒動になった。
ムゥは当時のことを含んでからかっているのが見て取れて、
カガリは“違うぞっ!”と異を唱えようとしたが、言葉が出ない。
急に静かになったカガリを不思議に思ったムゥが問い返す。

≪どうした?
何か、あったのか?≫

一瞬の間。
それは言葉を探す時間だった。

「・・・覚えていないんだ、
どうやってここまで来たのか・・・。」

≪え?≫

カガリはコックピットから宇宙を仰いだ。
無数の星を瞳に映しても、あの白銀の光を見つけ出すことは出来ない。
そう、もしも言葉にするのなら、

「アスランの、お父さんに会った・・・気がした。
戦闘中、意識を失った私を
ここまで連れてきてくれたんだ。」

現実に拒まれるような真実。
誰にも信じてもらえなくても
カガリにとってはこれが真実だった。

「私はアスランと一緒に、
お父さんの最後を見ている。
だらかもう会う事は出来ないって、分かってる。
でも、この宇宙でアスランのお父さんと会った気がするんだ。」

言葉を結んで、もう一度カガリは宇宙を仰ぎ
白銀の光を探した。
不意に出た溜息、そして気付いたことに息が止まる。
お礼を言っていなかったと。
ありがとうと、伝えなくちゃいけなかった。
もう一度、私に問うてくれたんだ、
生きる意味を、
その覚悟を。
なのに、私は助けてもらうばかりで、
なんて幼いんだろう・・・。

≪本当に、会えたのかもしれないぜ。≫

「えっ。」

通信越しに漏れ聞こえる溜息。
それは笑みを零す独特の響きを持ってカガリの耳に届いた。

≪戦場では時々聞く話だ。
死んだ戦友に救われたってね。≫

言葉の奥行きに、ムゥもそんな経験があるのだろうかと
カガリはぼんやりと思った。
これは、現実に起こり得る奇跡なのかもしれない。

「だとしたら、嬉しいな。
ずっと会いたかった人だから。」

≪案外、向こうも同じ気持ちだったのかもしれねぇな。≫

“そうかな。”と嬉しそうな声を漏らしたカガリに、ムゥは思う。
本当に今のアスランとカガリを見たら、パトリック・ザラは何を思うだろうかと。
Freedom trailの宿命を負うカガリと、
共に生きることを願うアスラン。
ナチュラルの絶滅さえも叫んだ彼が
この二人を祝福するのだろうか、
それとも――

――こんなこと、想像していても
きりが無いかもしれないな。

ムゥは思考を切り替えるようにカガリに提案した。

≪記憶は無いにせよ、ここまで逃げてきたんだ
補給は必要だろう?
一旦シェルターか何処かで補給して、作戦をたてなおそうぜ。≫

言葉の途中で既にムゥは周辺空域の座標を拡大していた。
シェルターまで距離はあるが、そこまで行く燃料は十分にある。
動き出そうとしたムゥを止めたのは、カガリからの提案だった。
それはムゥの想像を越えていた。

「なぁ、私行きたい所があるんだけど。」

この緊急事態に行きたい場所などあるのだろうか、
ふとムゥの思考をそんな疑問が過った時
瞳は座標のある地点で静止した。
カガリが行きたい場所、それは――

「メンデルへ、行かせてくれないか。
ここからだったら行けない距離じゃない。」

中途半端な思いつきで発した言葉で無いことはムゥにも分かっていた。
あまりに自然に発せられた言葉には
覚悟の重みが余韻となってムゥの心に残る。

≪むしろ、
今しか行けねえだろうな。≫

カガリの想いを引き継ぐようにムゥは言葉を続けた。
傾きだした世界の中で、オーブがメンデルに触れることなど
どんなアプローチでも不可能だ。
クライン議長勅命のメンデル共同調査は無期限停止となり
アスランを通しても関与することは出来ない。
仮に何らかの抜け道でメンデルに関与することが出来たとしても、
確実にオーブ・連合間の関係悪化に直結するであろう。
それ程今、世界は危うい。
そんな状況下で、オーブの代表首長であるカガリがメンデルへ足を踏み入れることなど
あと数年、もしくは数十年先になると言っても過言ではない。

だから今しかないのだ。
緊急事態である今。
補給と休養の必要に迫られた今。
生存の保障を最優先としなければならない今。
そう、人種も国も、何も選べない程
差し迫った今。
この“今”が全ての理由になる、
カガリがメンデルへ足を踏み入れることの。

ムゥは苦味を帯びた笑みを浮かべた。
何故、カガリがここまで来てしまったのか、
その理由はこうなのではないか。
パトリック・ザラの魂がカガリを導いた、と。

――カガリに“真実”を見せるために・・・、なんてな。

不思議と馬鹿馬鹿しいとは思わなかった。
むしろ、これ以上に信憑性を持つ理由なんて無いんじゃないかとさえ思える。

ムゥはおもむろに宇宙を見上げた。
瞳で捉えきれずとも全身で感じる宇宙。
この何処かに、パトリック・ザラの魂が生きているのではないか。
ふと浮かんだ問いは、声にならずに宇宙に吸い込まれた。


 


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