11-18 宇宙を浴びる
苛立ちが
この胸を焼き尽くす。
コンファレンスルームに集まった面々の前で
せり上がる感情を抑え込み
隊長としてのふるまいを保つことなんて
出来なかった。アスランは平静の表情を貼り付けたまま
人通りの少ない通路へと向かった。
悟られてはいけない、
苛立ちも、
憤りも、
愛しさも。抱えきれない気持ちを
零してはいけない。君を救い出すために、
隊長として職務を全うしなければならない。
君を愛しているから、
想いを縛めなければならない。
次の会議まであと10分。
自室に戻れば恐らく誰かしらに掴まってしまう。
今口を開けば、
胸に渦巻く感情を
ひとかけらも漏らさずに居られる自信が無かった。
こんなこと、准将の地位に就いてから初めてのことだった。だからアスランは自室を選ばずに
戦艦リュミエールの端、人通りの少ない通路を選んだ。
もし誰かに歪んだ顔を見られても、
目を凝らして星を見ていたと
言い訳ができるから。角を曲がれば、目的の場所へ辿りつく。
一面に広がる宇宙。
宇宙を浴びるように瞳を閉じた。
しかし、湧き上がる熱を冷ますことはなく
苛立ちは瞼をこじ開ける。
ガラス張りの壁に映る自分の姿が瞳に映る。
それにさえ憤りを感じる。自分自身を許すことなんて、
出来ない。――俺の甘さが、今を創ったんだ。
今を避けることは可能だった。
カガリを護るため、それだけに全てを懸ければ。狙いはナチュラルへの報復でも、
オーブの覇権を奪うことでも、
アスハ代表の暗殺でも無く、
カガリの遺伝子――ネビュラが発見された段階で勘づいた真の狙い。
それはマリューと機長の報告によって確認に変わった。
シャトルの背後につき、ネビュラの濃度が高い空域へと追いつめた時点で
ナチュラルへの報復とオーブの覇権を奪う線が消える。
さらにシャトル内で繰り広げられた銃撃戦でカガリへ発砲されなかった事実は、
アスハ代表暗殺の線を消すだけではなく
真の目的を浮かび上がらせた。
カガリの遺伝子が目的であれば、欲しいのは生きた遺伝子の器、
つまり損傷の無い肉体だ。
だから犯行グループはカガリがSPと乗客をかばうように立ちはだかった時
銃撃を止めたのだ。
カガリの肉体を傷つけ
生きた遺伝子を失うことを恐れて。――あの時、気付いていれば・・・っ。
アスランは平静の表情のまま
宇宙の向こう側に過去を映し出した。
ソフィアの建国レセプションで起きたテロ。
カガリを抱いて緊急避難場所であるロビーへ向かう途中、
紅い絨毯の廊下を駆け抜けた。
廊下の先で蠢いた影。
テロリストの銃のポインタが真直ぐに捉えたのは
カガリではなく、
アスランだった。目的がナチュラルへの報復やアスハ代表の暗殺であれば
ポインタはカガリを捉える筈である。
しかし、ポインタの描く線には迷いが無かった。
テロリストの狙いは、はじめからアスランにあったのだ。
カガリを護る盾となり、
未来を切り開く剣となる、
紅の騎士を撃てと。――俺を殺して、
テロの混乱に乗じてカガリを奪う作戦だったとしたら・・・。避難先であるロビーへ向かう途中、
犯行グループと思しき者たちに5回も遭遇した。
避難経路と距離から考えて、これ程多く遭遇する確率は低い。
何かがおかしいと頭の片隅を過ったが、
“何”をつきとめる間もなくテロに巻き込まれていった。
ダンスホールで起きた惨劇。
折り重なるコーディネーターの亡骸。
そこから、テロの目的はナチュラルによるコーディネーターへの報復だと結論付け
恣意的に紛れ込んだ手を、見逃していた。あの時、真の狙いに気付けなかったとしても、
予防措置のために打つ手はいくらでもあった筈だ。
“今”を迎える前に。何故Freedom trailの存在を
テロの目的から排除したのか。
もしも、その可能性をいかばかりか残していたのなら――――俺はもう一度、君に会えたのか。
思考のままにガラスに描かれるのはカガリの姿。
凛と背筋を伸ばした君、
陽の光のような笑顔、
細い肩で揺れる髪、
それはオーブの風のように消える。繋ぎ止めるように
手を伸ばすことは出来ない。
想いのままに
君を求めることは許されない。そんな自分を許すことは
出来ないから。静かに
胸元に手をあてた。
軍服の上から感じる石の存在を確かめて
感情がこの宇宙にこぼれ落ちる前に
瞼を落として遮断した。行き場の無い感情を
胸に仕舞う。
誰にも気づかれないように
声も出さず
息使いさえ乱さずに。
それは、想いの分だけ胸を刺す。俺は
君を護ることしか
出来ないのに。なのにどうして、
この手は届かないのだろう。
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