11-16 Mission complete





闇への扉は
いつでも開いていた。
私のすぐそばで。

それに気付かなかっただけで。

 


柔らかな波が
砂を奪い
足が掬われるように

白の闇に
遺伝子が引かれていく。

そこが帰るべき場所だと
そう示すように。

降りしきる雪。
瞳を埋め尽くす白。
凍てつく空気。

――欲しいのか、私の遺伝子が。

どんなに絶ち切っても
蘇る
自由への軌跡。

血ぬられた足跡が
ひとつ、
ふたつ、
増えていく。

違う、
蘇らせたのは
私なのか――

 

 


「カプル―っ!!」

ムゥの声も手も届かずに
敵機の銃線が真直ぐにカプルを指した。
避け切れない程の距離に近づいた光の矢。

コックピット内に響く警告のアラーム。
しかし、光も音もカガリには届かない。
白い闇が感覚の全てを奪っていた。

ビームライフルが命中する、
その瞬間息を吹き返すようにカプルの目が光り、
胸部に格納していた小型ミサイルを射出した。

爆発音と共にカプルが煙に包まれる。

「カプルっ!」

ムゥの声が飛ぶ。
火が噴き上がる様な光ではないことから、
この煙はカプルが撃たれたのではない。

「煙幕かっ。」

小型ミサイルがビームライフルを相殺し
さらに煙幕を張り拡散させようというものだ。

「なかなか冴えてるじゃねぇか。
よし、カプルはそのまま後退だっ!」

しかし、ムゥの声に返る言葉は無く、
カプルは煙幕に包まれたまま動かない。

「おい、カプル、
返事をしろっ!!」

“ったく、どうなってるんだよっ。”と、ムゥが焦りを含んだ呟きを落とした時
カプルから意外な声が返された。

「ポポッ!ポポっ!」

ムゥは全てを理解し、絶句した。
先の迎撃と煙幕はポポの仕業だったのだと。
大方、危険を察知したポポがコックピットの中で暴れて
偶然操作パネルに触れたのだろう。

――まずいな・・・。

そうだとすれば、恐らくカガリは意識を失っている可能性が高い。
このままでは、

――狙い撃ちされる。

ムゥがボルジャーノンを反転させ、カプルの方へ向かおうとした時
背中から容赦ない攻撃が降り注ぐ。
ムゥは舌打ちし、背後へ迎撃した。
実質的にムゥは敵艦とMS1機を食い止めていたのだ、
ここで持ち場を離れれば脱出ポットが狙われる。

脱出ポットと戦艦を引き離すこと、それが当初描いた作戦であり
ムゥはそのために軽微な装備であるにも関わらず、確実に戦艦とMSを引き付けていた。
一方のマリューは、脱出ポットは通常速力の倍の速度でこの空域を離脱している。
今彼らには、この作戦に頼る他に生き残る道は残っていなかった。

だが、とムゥの瞳が険しさを増す。
脱出ポットが安全な空域に出るまで
このまま敵艦を引き付けることは出来ても、
カプルを救出しなければ、
少なくともカガリの意識を取り戻させなければ
オーブはアスハ代表を失う。

「クソっ!
目を覚ませ、カプルっ!!」

だが、カプルは煙幕の中から姿を現すことは無く
包み込む霞に再びゲイツのビームライフルが撃ちこまれた。
光の矢が突きぬけるごとに、ベールに穴が空く様にカプルの姿が明かされていく。
煙幕が持つのも、あと数秒。

ムゥは敵艦とゲイツを引き付けすぎた、
だからこれだけカプルとの距離が開いた、
護り切れない程に。

「カプル!!」

ムゥは迎撃を止め、フルスロットルでカプルの方へと直進した。
心のままと冷静がせめぎ合う決断だった。
カプルを連れ出すまで脱出ポットが持てばいい。
しかしそれは甘い考えだった。
ムゥを迎え討ったのは、

「お前っ。」

ソフィア軍のMS。
その右翼には、彼を取り込んだ敵機が控えている。
背後からはムゥが押さえていた敵機1機、
そして2機のシャトルの間から姿を現した、敵艦。

――囲まれたっ。

3機に囲まれながらもムゥの構えに隙は無く、
しかし数で上回る敵機はじりじりと間合いを詰めてくる。
カプルの煙幕が切れるのは時間の問題だ。
こんな所で足止めを食っている場合ではない、
カプルは煙幕に保護ざれながらも、容赦ない攻撃を受けている。

しかしムゥの予想を越えた結末が待っていた。

煙幕の中からビームライフルの銃線が一気に走り、
ゲイツが爆破されたのだ。
あっけない終焉は、恐らく煙幕を射出した時と同様
ポポによる偶然の産物だろう。
いくらアスランのマイクロユニットが高性能とは言え、
ここまでの機能を付加させているとは考えられない。
つまり、状況はたいして好転していない。

この状況を脱却するためには、3機の包囲を破りカプルと合流することが不可欠。
敵機も敵艦も今はこちらを向いている、
彼らはここでMSを潰してから脱出ポットをゆっくりと攻め上げる、そんな算段なのだろう。

――それなら、むしろ好都合だぜ。

ムゥは静かに口角を上げた。

 

「どういう風の吹きまわしだ。」

何処か飄々としたムゥの声に触発されたのか、
ソフィア軍のパイロットは昂りに掠れた息使いが聴こえた。
相手を挑発して調子を狂わせる、それはムゥの狙いだった。
敵機は個々の戦闘レベルは高いが組織だった動きは見られない、
恐らく傭兵の寄せ集めか、それに似たようなものだろう。
ソフィアのMSを含め、彼らは集団戦法では無く個人技で攻めてくる筈だ。
ならば乱れた足並みをフォローするような役割を担う者はいない、
つまり足さえ乱せばいくらでも隙が生まれる。
迅速な状況判断と正確な空間把握能力を要求する兵器ファンネルの扱いは
連合一だと自負していた。
3機の動きの把握ぐらい余裕でできる。

しかし、ソフィア軍のパイロットから返された言葉が意外出会った分だけ
容赦なくムゥの胸に突き刺さった。

≪ナチュラルである貴方には分かるまい。
愛を諦め、苦渋に耐え、英知を積み、
それでも未来を絶たれ続ける
コーディネーターの苦しみは。≫

次なる世代の芽生えのために
婚姻統制を受け入れ、愛より遺伝子を優先させても、
労苦を厭わず研鑽を積んでも、
未だコーディネーターの未来をガラスの天井が遮っている。
それがどれ程の苦しみであるのか、ムゥには想いを馳せることしかできない。
自分は愛する人と結ばれもうすぐ父親になる。
ナチュラルにとっては当たり前の未来、
それを奪われたコーディネーターに、
自分はどこまで寄り添えるだろう。

しかし、ムゥの視界はぶれることは無い。
未来を望むことを遮るものがあってはならない。
それは遍く人の真実であり、正義だ。
だが。

「そのためなら、人の命を奪っても良いってか?
俺はそうは思わない。」

≪たった一人の命で、未だ生を見ぬ無数の命が救われるのだ。
ならば、それは最早犠牲ではない。≫

≪遺伝子の呪縛を破る宿命にありながら
それを知らず、それを使わず、
コーディネーターを見殺しにすることこそ、罪なのだ。≫

――やっぱり、な・・・。

相手は“たった一人の命”と言った。
ナチュラルへの憎しみが犯行の動機であれば、既にシャトルは破壊されているだろうし、
そもそも“一人”などという発言は出ない筈だ。
目的は一人の命。

――カガリの命、
  いや、遺伝子だ。

敵機ゲイツとソフィア軍のMSの通信が紛れ込み、
聞こえてきた“自由への軌跡”というフレーズ。
自ずと連想されたのはFreedom trail。
そして、それが今確信に変わる。

――奴等はFreedom trailを知っているだけじゃない、
実現しようとしているんだ。

「・・・なら、話は早いな。」

ムゥの落とした呟き。
不可解な言葉に、一瞬どよめきが過った。
紙一重の隙、それを見逃すムゥではなかった。

ボルジャーノンは急加速で右翼のゲイツに突進、
右肩をビームサーベルで突き火器を奪い取り3機の退路を狭めるように連射しながら
カプルの位置を目視、浅く頷いた。
この距離であればのカプル装甲の厚さで耐えきれる。
ムゥの銃線を避ける度に、3機は確実に戦艦との距離を縮めていった、
否、ムゥの銃線が彼らにそうさせたのだ。
ミーティングスペースで描いた青写真、
それと現実がゆっくりと重なっていく。

――今だ、マリューっ!

射抜くような瞳で念じた想い、
それはマリューの瞳にも等しく描かれていた。
そう信じる他無い程、全てが同じタイミングだった。

 

同時刻、脱出ポットのブリッジに響いたマリューの声。

「第一シャトル、発進!
速力最大!」

 

離れていても、
胸に同じ光を燈し、
瞳に同じ未来を描いている。

 

「引き付けてっ!」

無人の第一シャトルが一気にエンジンの火を噴き
敵艦へと突き進む。
避けきれぬ距離に、
敵艦のエネルギー砲が放たれる。
宇宙に巨大な光の柱が走る。
光に飲み込まれる第一シャトル。

光に負けまいと目を凝らすモエギ。
シャトルのパイロットの米神を汗が這う。

 

息をするように
信じることができる。

君を。
あなたを。


「当てろ、マリュー!!」

その瞬間、背後から一気に加速した第二シャトルが敵艦を突き刺した。

エネルギー砲の熱量が、シャトルと戦艦の燃料に引火。

一帯は膨れ上がった光に包まれた。

光に飲まれ
糸くずのように消えていくゲイツ。

「うおおぉぉぉぉっ!!」

最大速力で退避したボルジャーノンも
やがて光の中に消えた。

 

光を追う爆風。 
全てを薙倒し、穢れを掃き消していく。
宇宙が清浄を取り戻すように。

 

空域に残されたのは
おびただしい数の残骸だけだった。




 


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