11-15 真の狙い
『代表は、早く脱出ポットへっ!』それが乗員乗客の避難完了の合図だった。
そして、作戦の第二段階への始まり。カガリは大きく頷くと、
SPの間をすり抜けて客室後方へと駆け出した。
客室を突っ切り、階段を下ればすぐに脱出ポットへの通路へと繋がる。カガリは息を詰めて全速力で客室を駆け抜けた。
階段を一気に飛び越え、ワンピースの裾がふわりと舞う。
カガリはそのまま脱出ポットに通路へは入らずに
脇の物置きへと身を隠した。
そこで待っていたのは、秘書官のモエギだった。「カガリ様、お待ちしておりました。
乗員乗客の避難は、両シャトル共に完了しています。」カガリは黙ったまま頷くと、大胆に服を脱ぎ始めた。
これもカガリの描いた作戦の一つだった。
犯行グループにアスハ代表がシャトルに避難したと思わせる、
そのための身代わりを務めるのは、秘書官のモエギだった。
彼女の志願だった、
“誰よりもお傍でカガリ様を見てきたんです!
アスハ代表を完璧に演じて見せますって!“だが、
モエギに服を渡しながらカガリは思う。
本当は怖くてたまらないのではないかと。
アスハ代表の身代わりになれば、命を狙われる危険性だってある。
なのに。「ちょっと・・・ウエストがキツイかも・・・っ。」
震えを抑え込んだようなモエギの笑顔。
そこに、姉のアサギの笑顔が重なり、
懐かしさはカガリの胸を締め付けた。
共に戦場で戦ったあの時、アサギはこんな風に笑った気がする。パイロットスーツの胸元のファスナーを上げながら
カガリは思う。
あの時、アサギを護ってやることは出来なかった。
喪った哀しみも、力が足りない悔しさも、
共に笑った時間も、大切な気持ちも、
忘れたことは無かった。モエギは最後にウイッグを被り、これで互いの準備が完了した。
モエギはカガリの身代わりに、
そしてカガリはパイロットスーツに身を包んでいた。カガリはモエギのウイッグを直しながら瞳を細める。
「今度は私が、護るから。」
驚いてモエギの瞼が跳ねる。
――カガリ様は何を言って・・・。
しかし、声になる前にモエギはカガリに背中を押された。
そうだ、作戦を成功させるためには一刻の猶予も残されていない。
おしゃべりをしている場合では無かった。
だけど、後ろ髪を引かれるように振り返ったモエギの目に映ったのは
陽の光のようなカガリの笑顔だった。
凛々しく美しい、光。モエギに続く様にSPたちがカガリの横をすり抜けていく。
どうかご無事で。
擦違い様に落とされた言葉に、カガリは浅く頷いた。
脱出ポットへ向かって駆けだしたモエギを見送って、
カガリは格納庫へと向かった。
シャトルに搭載していたMSは2機、ボルジャーノンとカプルだった。
万一の護衛機として搭載されていたボルジャーノンは既にムゥが乗り込み
ソフィア軍の護衛機と共に戦闘を開始している。
残ったカプルは貨物運搬用のため戦闘には不向きだったが、
カガリは覚悟を決めてコックピットに乗り込んだ。
機体を起動し装備を確認していく。ミーティングスペースでみなに話した作戦の中で、
カガリは大臣等の反対を緩和させるために
自らの役割を脱出ポットの護衛として説明していた。
カプルと言えどMSは敵から攻撃を被る可能性が大きいと、大臣たちは猛烈に反対したが、
カガリの策を支持したのはマリューだった。
敵は、機内で目的を遂行出来なかった場合は、次に脱出ポットを襲撃すると予想がつく。
アスハ代表は脱出ポットに避難したと、疑い無く判断するだろう、
そう考えれば、安全なのは脱出ポット内部よりむしろ宇宙なのではないか、
マリューはそう主張したのだ。
さらにムゥが加勢した。
MSの戦闘が開始された場合、先ず目に着くのは戦闘に特化したMS、
例えばソフィア軍のMSやシャトルに搭載された護衛用のボルジャーノンだ、と。
2人の説得もあり大臣等はしぶしぶカガリの策を飲んだ。
あくまで戦闘するのはムゥであり、カガリは脱出ポットの護衛に専念するとを条件として。
しかし、――今は、護るための数が必要だ。
どんなに小さな力でも。最初からカガリは、ムゥたちに加勢する覚悟だった。
それに勘づいていたのは、ムゥとマリューの2人だけだった。
≪脱出ポット、射出用意!≫
脱出ポットからの通信。
マリューの厳格な声。
その響きに、心は静かに落ちついていく。瞳を閉じた。
息を吸い込む。誓いも、
願いも、
夢も、
想いも、
この胸にある。だから私は、生きて護り抜く。
≪5・4・3・2、
脱出ポット、射出!≫開いた瞳、
輝く一筋の覚悟。「カガリ・ユラ・アスハ。
カプル、発進する!」
久しぶりだった、何もかも。
肌に吸いつくようなパイロットスーツも、
手になじむグリップの硬さも、
宇宙に身を浸す感覚も、
そして戦場も。違うのはプロトタイプのコックピット。
そして。「ポポッ!ポポッ!」
心強い相棒だった。
誰もいなくなったシャトルの影から俯瞰する。
敵艦はシャトル付近に停泊したままソフィア軍のMSとムゥが搭乗したボルジャーノンが交戦している。
数は――と、カガリの瞳が歪む。
ソフィア軍のMS4機の内、既に1機は落とされ
間もなくもう1機が落ちるだろう。
ソフィア軍の力量不足というよりも、相手の方がそれを上回っていたという方が適当だろうと、
カガリは冷静に判断していく。
そう言えば、シャトル内で襲撃された時も集団としての連携は乱れていたが
SPとの銃撃戦を見れば各個人の技量は相当のものだった。――個人戦になった方が、力が活きる・・・そんな感じだな。
軍隊と言うよりも傭兵の寄せ集め、
断片的な要素からカガリはそう判断した。――力量はソフィア軍のMSパイロットよりもはるかに上
経験の差・・・なのか?実質的に戦力になるのは、ソフィア軍のMS2機とムゥのボルジャーノン。
だが、カガリは悔しさに奥歯を噛みしめる。
ムゥの機体がストライクで、
私の機体がルージュだったなら、――勝機は見えていたのにっ。
明らかにMSの性能におけるビハインドが大きすぎる。
ならば、こちらから仕掛けられる作戦は自ずと絞られる、
虚を突くことだ。
想定外の状況は状況判断と算段の組み直しを要求する。
新たな算段が構築される前に次の想定外で畳みかけていく、それがカガリたちの作戦だった。
焦りは足並みを乱し必ず隙が生まれる、
そこを迷わず突く。相手から仕掛けられた奇襲を
奇襲でかえす。
相手が用意周到だった分だけ、
こちらの奇襲のインパクトは増す。しかし、この作戦はもろ刃の剣でもあるのだ。
作戦が読まれれば、戦力で劣るこちらに勝ち目は無くなる。
宇宙を光の矢が突きさす。
光、続く爆発音。
ムゥのボルジャーノンが敵機1機を落とした。――この状況はムゥで持っているようなものだな。
敵艦と2機のゲイツの攻撃をかわしながら、シャトルの脱出ポットとの距離を広げようとしていた。
――やっぱり、ムゥのセンスはずば抜けている。
と、持ち応えきれなかったソフィア軍のMS1機が落ちた。
ムゥの意識が引っ張られた、
その瞬間背後から敵機ゲイツが――「ボルジャーノンっ!」
カガリの銃線が宇宙を突き刺す。
ムゥは身をひねり前方のゲイツの背後に回り込み
背中を蹴って後方のゲイツと衝突させた。
同時にカガリの一撃が命中。
1機が落ち、1機は漏電したまま動かない。
銃線を追うように突進したカプルは
ゲイツの火器を破壊、漏電していた1機も戦闘不能に追い込んだ。「サンキュー、ボール。」
「ボールじゃない、カプルだ!」
ボールのような球形をしたカプルは、もともと水中戦用に製造されたカプールの小型機である。
その形状から戦闘には不向きに見られがちだが、
宇宙と水の中の動きは俊敏だ。
現に、ゲイツを撃ったカプルの突進の威力は他のMSの引けを取らず
今も、相手と間合いを取りながらボルジャーノンの援護に入っている。
いくら貨物運搬用に改造されているとは言え、十分戦力になる。しかし、それ以上にムゥの目を引いたのはカガリの戦闘力だ。
初めて搭乗したオーブの規格外のMSにも即対応し、
ブランクを感じさせない動きを見せる。――ほんっとに、オーブ軍に欲しいくらいだぜ。
と、カガリから通信が入る。
その声色は適度な緊張感を孕んだ落ちついた声だった。
戦場を知るからこそ出せる響き。「こいつ、結構使い勝手が良いぞ。
ボルジャーノンはどうだ?」「まぁまぁ。
だけど、装備がこれじゃ仕方ねぇ。」通信の際は機体名で呼び合うルールとしていた。
カプルにカガリが搭乗していることを相手に気付かせないためだ。
あくまでアスハ代表は脱出ポットへ避難している、そう思わせなければならない。
だからモエギを身代わりにしてまで、敵にアスハ代表が脱出ポットへ駆け込む姿を見せたのだ。その時、右前方で爆発音。
戦艦とゲイツに挟まれたソフィア軍のMS一機が落ちた。――競り負けたかっ。
これでこちらの戦力はソフィア軍のMS1機と、ムゥのボルジャーノン、カガリのカプルの3機。
残ったソフィア軍のMSパイロットはオーブ軍のエースに匹敵する程の働きを見せている。
一方の敵艦は、MSゲイツ3機。
MSの数は同等だが、向こうは戦艦が援護射撃を行っている分圧倒的に有利だ。ふいにカガリの通信にソフィア軍と敵機の通信がなだれ込む。
≪お前もコーディネーターであれば分かるだろうっ!
どちらに正義があるかっ!!≫――何だ・・・?
目の前のMSと交戦しながら、カガリの意識が通信に削がれていく。
それを遮ったのはムゥの声。「聴くな、カプル!」
“どういうことだ”、ムゥに問い返そうとした言葉は、鼓動に打たれたまま胸に沈む。
≪これが自由への軌跡なのだ!
我々は今、その上にいる!≫――freedom trail・・・、
まさかっ。自分が息をのむ音がした。
言葉が胸を突き刺して、
麻痺するような痛みが
体の自由を奪う。全身の遺伝子が粟立つように体が震えだす。
白濁した視界、
無限の加速度で広がる白い闇。――狙いは“アスハ代表”ではない、
私の・・・、
私の遺伝子・・・。
主電源を落としたように停止したカプル。
戦場では動よりも静の方がはるかに目立つ。「カプル!」
ムゥの声は届かずに、
敵機が一気に接近する。死を呼ぶ光の矢が放たれた。
それさえもカガリの瞳に映らない。
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