11-14 脱出





強く迷わず突き付ける剣のように
カガリは眼差しを向ける。

覚悟が、
呼吸さえも遮断する。

目の前に並ぶテロリスト。
銃を手に持った7人の内、一人が後ずさる。
靴擦れの音がやけに大きく響き、
彼らの焦燥を煽る。
いくらヘルメットに表情が隠されていても
見える。

そしてカガリは一つの仮説に至る、
目的はこの私なのではないか、と。

もし、このシャトルをハイジャックすることが目的なのであれば
カガリの脅しに躊躇わず銃を撃ち、
負傷させたカガリを人質として機長をはじめ乗員乗客を従わせるのが一番効率的だ。
現状から考えれば、ハイジャックの線は薄くなる。
残された選択肢はアスハ代表の誘拐だが
そこには同じ疑問が残る。
何故、彼らはカガリを負傷させて黙らせないのか、と。
まるで傷つけることを怖がっているようにさえ見える。

――私を生け捕りにしたいのか・・・?
   ラクスを誘拐したように。

そう考えれば今の状況には納得がいくが、
一方でさらに一段上の次元で疑問が浮かぶ。
何故、生け捕りにする必要があるのか、
本当の目的は――

その先の思考は、テロリストが銃を構え直す音で遮られる。
冷やかな音、
しかし、そこから恐怖を感じることは無かった。
不思議だと、カガリは思った。
恐怖を感じているのは、むしろ銃を向ける彼らの方だ、
そう感じた。

7つの銃口がカガリを捉えている。
しかしカガリは射抜くような視線を向けたまま、
自らの米神に銃を充て続けている。
瞳は声無く語る、
“お前が撃てば、私も撃つ”、と。

左から2番目の者の肩が揺れた。
荒い息が揺らしている。
酸素を渇望するように口を開け、
そのまま声ともつかぬ叫びを上げた。

――撃つのかっ。

カガリが引き金に掛けた指を動かす、
刹那、左から2番目のテロリストが崩れ落ち
彼の握りしめていた銃が床に落ちた。
刃物で時を切り落とすような、硬質な音が響く。

――何が・・・起きたっ。

カガリは驚きに見開きそうになった目を凝らし
戦場で培った瞬発力で状況判断をしていく。
と、目に留まるのは扉に寄りかかったまま静観していた男。

――奴か・・・?

7人がカガリやSPに向かい銃を構えていた間も
長身の彼だけは腕を組んだまま静観しているだけだった。
彼であれば倒れたテロリストにも手を加えることができる。
だが一体、何故・・・。

カガリの脳裏に走った疑問は
無性に焦りを煽った。
奴が動けば状況は悪化する、そんな気がしてならない。

「血迷ったか・・・。」

厳格な声が静観していた男から放たれる。
声に呼応するように、カガリの胸を大きく鼓動が打った。

――何処かで聴いたことがある・・・、
  お前は一体誰だ・・・?

そんなカガリの思考を置き去りにして、
長身の男は他のテロリストへ、冷涼な声で命じる。

「不用意に撃つな。
奴は、お前らが撃てば鉛を頭に撃ちこむ気だ、
本気でな。」

微笑。
あの男はヘルメットの奥で微かに笑みを浮かべている、
そんな気がしてカガリは長身の男へ鋭い眼差しを向ける。

「相手は、ウズミの娘だ。
良く、似たものだな・・・。」

――・・・誰・・・、誰なんだっ。

この状況で、他に考えるべきことがあること位、カガリには分かっていた。
だが、今彼が誰なのか気付かなければ
取り戻せなくなる様な予感がして、カガリは記憶のページをめくる。
しかし。

「この場は、お前たちで何とかしろ。」

そう言い残して男は背中を向け扉の向こうへと姿を消した。
7つの銃口に迷いが走る。
息を止める程の緊張の中で、
微かな戸惑いは海底の砂塵のように舞い上がる。

一瞬だった。

倒れた筈のSPがカガリに覆いかぶさると同時に
他のSPが一斉射撃を開始。
一方のテロリストは一拍遅れて応酬、
だが彼らも相当の手練なのだろう、SP相手には容赦無い銃線を描く、
冷たい程鮮やかに。
身のこなしから見てもコーディネーターなのではないかと思わせる。

「代表は、早く脱出ポットへっ!」

カガリは大きく頷くと一直線に脱出ポットの方へと駆けだした。
白いワンピースの影は、SPの盾に隠された。

 

 

一方、脱出ポットでは護衛として同乗していたソフィア軍数名が応戦していた。
寄生した敵艦のテロリスト、約10名が五月雨のような攻撃を仕掛けてくる。
狙いはやはりアスハ代表なのだろう、そう思わずにはいられない。
ソフィア軍が盾になりCAを中心に乗客の避難が進められている。
最後まで機内に残っていたのはアスハ代表とそのSPだけだった。
彼らが脱出ポットへ避難すれば、全員の避難が完了する。
そこへ、白いワンピースの裾を翻した女性が駆け抜ける。

「アスハ代表、お急ぎくださいっ!」

CAの声が銃声にまぎれて大きく響く。
肩で跳ねるブロンドの髪をなびかせて大きく頷くと、
彼女は一直線に脱出ポットの扉の中へ消え、
続いてアスハ代表のSP等が駆けこんでいく。
それを横目で確認したソフィア軍は彼女を背にしながら銃を数発撃ちこむと、
全速力で脱出ポットへ向かい、内側からロックを掛けた。

 

 

同時刻。

脱出ポットブリッジの中央で、マリューの硬質な声が響く。
既にマリューはラミアス艦長の顔をしていた。
操縦席に座るのはシャトルの機長、そしてパイロット。
そこへ、ブロンドの髪の女性が駆けこんできた。

「お待たせしました、準備完了です!」

白いワンピースに、肩で跳ねかえるブロンドの髪、
しかし瞳の色は琥珀では無く、深緑。
ウイッグを外そうとするモエギに、マリューの声が飛ぶ。

「モエギさん、まだあなたはそのままで。
万一の場合、アスハ代表として振舞ってもらうわよ。」

「はいっ。」

弾かれるように返事をしたモエギは、
毅然と背筋を正した。
いつも傍で見てきたアスハ代表を胸に描いて。

「脱出ポット射出用意。」

マリューの厳格な声が響く。

「5・4・3・2.
脱出ポット、射出!」

 

轟音と共に
脱出ポットが宇宙へ放たれた。



 


←Back  Next→  

Top   Chapter 11   Blog(物語の舞台裏)