11-13 カガリの懸け





さらに加速度を増すシャトル。
振動が体感できる程の速度に、さすがの乗客たちも異変を嗅ぎ付けだした。
ざわめきは一瞬で空気を染める。

“ねぇ、なんだか酷く揺れませんこと?”
“そうだな、ちょっとスピードを出し過ぎかもしれんな。”
“ママぁ・・・。”
“大丈夫よ。さ、手を繋いでいましょうね。”

不安が伝染していくのが目に見える。
その時だった、爆発音と共に機体が大きく揺た。
シートに掴まっていなければ体を支えきれない程振動が続く。

悲鳴。
子どもの泣き声。
食いしばるような呻き。
細い祈りの声。

恐怖と不安が一気に爆発する瞬間、
カガリはシートから立ちあがると皆に見えるよう通路に出た。
立っていられない程大きく揺れる床にバランスを崩しそうになりながらも、
凛とした立ち姿を見せるカガリにマリューは目を瞠る。
カガリは迷いなき眼差しを客席へ向ける。
それは可視化されず音も無い筈なのに
乗客は自然とカガリの存在に気付く。
まるで陽の光のように、
見えなくても感じることができるあたたかさが
カガリの眼差しには宿っているのだろうか。

「みんな、少しだけ
私の声を聴いてほしい。」

カガリの声が、オーブの常夏の風のように吹き抜ける。
それぞれが口をつぐみ、機内に静けさが落ちて行った。
希望に手を伸ばすようにカガリへ視線が集まっていく。

ムゥはマリューの肩を抱き、互いに瞳を重ねた。
きっと今、同じことを考えてる。
それが分かるから、場違いでも笑みがこぼれた。

――今、誰もが欲しい言葉を言えるのも
   届けることができるのも、
   カガリさんだけだわ・・・。

乗客にとって、目の前に立っている人は
共に未来を創る“アスハ代表”であり、
希望を燈し続ける“カガリ様”なのだ。

カガリは静かに息を整え、
一人ひとりに面差しを向けるように告げた。

「私は信じている。
みなと一緒に、オーブへ帰ることができると。」

「今がどんなに不安で、怖くても。
みなと同じ、希望の火がこの胸にあるから。」

「だから、私は約束する。」

「みんなで一緒に、
オーブへ帰ろう。」

そう言葉を結んだカガリは陽の光のような笑顔を見せた。
光に導かれるように
不安に惑っていた人々の意識が
ひとつに寄り合わさっていく。。
燈し火が集められ、重なり合い
強く大きくなるように
希望がひとつになっていく。

そして再び大きな爆発音と共に衝撃が走る。
カガリは反動で左側のシートへ体勢を崩し、SPによって体を支えられた。
もう一度姿勢を正すと、乗客へ向かって右手を振り出し
威厳に満ちた声を発した。

「乗客は全て、これから脱出ポットへ避難する。」

差し迫った何かが起きているのだと、決定づけるカガリの言葉。
それを受けても、乗客から悲鳴もざわめきも起きなかった。

――静かだ。
   凪いだオーブの海のように。

きっとここにいる誰もが不安と恐怖に襲われているんだ。
それに飲まれまいと歯を食いしばり闘い続けるオーブの民に
カガリは素直な心を告げた。

「みんな、ありがとう。」

――私はみんなを誇りに思う。
   だから私は、約束を果たさなければならない。
   みんなと、共にオーブへ帰ると。

「脱出ポットはシャトル後方にある。
全員を収容できるため慌てずに行動してほしい。
避難誘導はCAが行うため指示に従うように。
もしこの中に手伝える者がいれば協力を願いたい。」

カガリの傍に控えるSPの表情から、もう数秒の時間しか残されていないことを読み取る。
事態はそれ程緊迫しているのだ。
これが、次に会う時までの最後の言葉になるだろう。
その想いがカガリの微笑みをどこまでも輝かせた。

「さぁ、オーブへ帰ろう。」

それは燈し火のように
彼らの胸に残った。

 

確かにカガリは人々に希望の火を燈したのだろう。
静かに動き出した乗客の足取りには迷いは無い。
ある者は老婆に肩を貸し、ある者は子どもの手を引き、
またある者は互いに寄り添い合って真直ぐに脱出ポットへ向かう。
不安や恐怖が胸を震わせ空気を張りつめさせても、
彼らの瞳に混乱や惑いは浮かばない。
マリューは思う、これはカガリが起こした奇跡なのだと。

本来であれば真先に安全な場所へと避難させられるべきカガリは
SPに囲まれながら乗客が避難していく姿を見守っていた。
“代表、我々もそろそろ”とSPに急かされても、カガリは避難していく民を見詰めたまま動かない。
それは、カガリの確固たる意志の現れだった。
必ず、護り抜くと。
私が盾になっても。

 

 

「ママぁっ!」

小さくとも真直ぐな声が波に逆らうように上がる。
カガリが顔を上げれば、もみくちゃになりながらウィルがこちらに向かっているのが見える。
カガリは迎えるように膝をついて両手を広げ、
ウィルは息を切らしながら全速力で駆け、カガリに抱きついた。
カガリのワンピースをきつく握りしめる。
まるで離さないと、言っているように。

「ママは・・・っ
僕が・・・護るんだっ。」

肩を上下させながらつぶやいたウィルの声は少し掠れていた。
ロビーでアスランと交わした約束のことを言っているのだろう、
カガリは愛おしさに小さな肩へ顔を埋めた。

「言っただろう、
みんなで一緒にオーブへ帰ると。」

“だから”そう言って、カガリはウィルと瞳を重ねた。
無垢な瞳。
未来を真直ぐに見詰めた瞳は
澄んだ輝きがある。
今、私は未来に触れている
そんな気がして
カガリは微笑んだ。
未来はこんなに愛おしい。

「大丈夫だ。」

カガリはウィルの小さな背中を見送った。
CAに手を引かれながら、カガリの方を振り返るたびに
足がつっかえそうになって危なっかしい。
そんな姿も脱出ポットへの列にまぎれて直ぐに見えなくなって、
カガリはさみしさから手を引くように前へと向きおなる。

――大丈夫だ、ウィル。
   私が、必ず護るから。

 

 

インカムを通して機長から通信が入った。

“敵艦を確認。
戦艦1隻から5機のMSを射出。
速度を上げ、こちらへ向かっています。
予定到達時刻まで、あと2分。“

――思ったより早かったな。

仕掛けてくるまであと数分は稼げると思ったが、
こちらの思惑よりも早く手を打ってきた。

これで何度目かの身を打たれるような衝撃、
大きく揺れる機内、
カガリは手すりにつかまりながら懸命に体を支える。
乗客は悲鳴を上げては本能のままに身を伏せた、
しかし立ち止っている時間は残されていない。
カガリは機内後方で脱出ポットへと向かう乗客へと声を張り上げる。

「大丈夫だ。
早く、脱出ポットへ!」

避難者の誘導は8割方完了したが、
機内の揺れが激しくなる分だけ残りの避難者の対応に時間を食っていた。

――あともう少し・・・。

カガリは銃を取り出し確認するように見詰めた。
そして太股に忍ばせたホルスターに納め、ワンピースの裾を整えた。
迎え討つ準備は出来ている。

 

耳を澄ませるように瞳を閉じて、
無意識に左手を右手で包み込んだ。

胸に浮かんだのは
アスランの言葉。

『生きて護り抜きます。』

同じ覚悟がこの胸にある、
だから私を
どこまでも強くする。

 

“迎撃、追いつきませんっ。
敵艦に取り着かれます!“

機長からの通信がインカム越しに響いたと同時に
首が折れるような衝撃が襲った。
圧迫されるような振動、
よろめいた体で後方を振り返れば
避難に遅れた乗客が残されていた。

「みんな、早くっ!」

カガリがそう叫んだ時、
正面の扉が開いた。

――来たっ。

明らかに乗員乗客ではない者たちが
足音も無く押し入る。
表情はヘルメットで覆われ読み取れない。
数は8。
カガリは確信した、
彼らはコーディネーターだと。
嗅覚にも似た理屈抜きの感覚がそう告げている。

カガリの身を隠すようにSPが盾となる。
その瞬間、数発の銃声が耳を劈く。
同時に、SPによってカガリの身は伏せられる。
ポポの羽が銃弾を跳ね返し、
流れ弾が照明を落とす。
銃声の応酬が繰り返される。
こちらへ向けられた銃は7、
残りの一人は腕を組んだままとびらに寄りかかり、こちらの出方を待っているようで
カガリは静かにつぶやく、
“あいつ、やっかいだな。”と。
指揮を執っているのは中央で銃を構える男だが、
何故だろう、彼が全ての鍵を握っているような気がしてならない。
心臓を抑えつけられるような圧迫感を感じさせる。
この圧迫感をカガリは記憶していた。

――奴を私は知っている・・・?

あの長身の男を。

“ここまでです、代表も避難を。”
そう告げられながらカガリはテロリストの銃口のポインタが描くラインを目で追った。
ポインタは全てSPへと向けられている、
狙いがアスハ代表暗殺であるなら
ポインタは真直ぐにカガリへ向けられる筈だ。
しかし、赤い光の線がカガリをなぞることは無かった。

――狙いは、ハイジャック・・・。
   それとも、私を誘拐する気か・・・。

カガリの思考は続いた銃声で遮られる。
体が銃弾を受け止める音、

「お前っ!」

目の前で1人のSPがゆっくりと倒れていく。
彼の唇に乗る言葉、
“お逃げください。”
それを聴き届けることをカガリは選ばなかった。
倒れ込むSPの脇をすり抜けテロリストに向かって駆け出し、
背後のSPと乗客の盾になるように立ちはだかった。

カガリは剣のような眼差しを真直ぐに向け、
テロリストの足が一瞬止まる。

“真先に避難するだろう代表が、自ら闘うというのか”
そんな不意打ちをくらったように
彼らの思考の戸惑いが微かな挙動から読み取った。
その隙をカガリは見逃さなかった。

カチャリ。

鈍やかな音が空気を凍らせる。
驚きに息を止めたのは
テロリストの方だった。

何故なら目の前で
アスハ代表が米神に銃を充てているのだから。

想定外。
彼らにとってはその言葉以外に
当てはまるものなんて無いのだろう。

それが、カガリの狙いであり
命を担保にした懸けだった。

「撃ってみろ。
ならば、私も撃つぞ。」




 


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