11-11 再会
抑えきれない感情に振り上げた拳は
やり場無く元の位置に戻された。――俺は・・・、俺はまた止められなかった。
父上も、
キラも。同じ哀しみが分かるのに、
哀しみの先を見てきたのに、
止めることが出来なかった。「く・・・っ。」
せり上がるような感情を
麻痺するような痛みと共に飲み込んで
アスランは平静な声で通信をつないだ。
「こちらはオーブ軍統合参謀本部所属
捜索隊隊長アスラン・ザラ。
地球連合月基地及び周辺空域の地球連合軍に告ぐ。」ネビュラの影響を考慮し、アスランは最大限に周波数を調整した。
「プラント特務隊キラ・ヤマト隊長が
現在連合制空域を航行中。
目的はクライン議長の人命救助である。」国先法規では緊急を要する人命救助を目的とした場合、
最善の協力をするよう努力義務が課せられている。
そのため、人命救助が阻害されないよう出来るだけの措置を講じる必要があるが、
努力義務である以上刑罰が科せられることは無いため、
法的拘束力は強く無いのが現実だった。
しかし、人命救助の目的を盾とし、キラが連合に撃たれる可能性を下げることは可能だ。――今俺にできることは、これぐらいしか無い。
「よって、国際法規に則り、人命救助に対し最善の協力を願いたい。」
その声に応えるように、連合の戦艦から通信が来た。
位置を確認すれば、あと10分以内にキラが通過する地点を航行中だった。
嫌な予感が過ったが、アスランは通信を開始した。≪通信が荒れているようだが、
用件とはプラントのMSを通せと、そういうことか。≫単刀直入の物言いには節々に棘があった。
努めて冷静に、アスランは続けた。「報告が遅れましたが、現在こちらの空域でネビュラが散布されていたことが判明。
そのため、通信に不具合があることをご了承いただきたい。」そう前置いて、アスランは続けた。
「キラ・ヤマト隊長が搭乗するMSストライク・タキストスが連合制空域を航行中ですが、
目的はクライン議長救出、つまり人命救助であるため、
連合に最善の努力を願いたい。」今の状況で国際法規の効力がどれ程通用するかは分からなかった、
だが今はそれに頼るしかない。
しかし、返されたのは不敵な笑み。≪人命救助だと、誰が証明するのだ。
未だ、プラントから正式な要請は無いが?≫アスランは表情を変えずに次の言葉を口にしようとした、
その先を越される。≪人命救助であるかどうかは、こちらで判断する。≫
「しかしっ。」
≪EPUにでもなったつもりか?
アスラン・ザラ隊長。≫あからさまな挑発に、アスランの拳は硬くなる。
≪言動には注意するんだな、
連合はいつでもアスハ代表の捜索協力を打ち切れるのだからな。
それからー―≫と、続いた言葉にアスランは絶句した。
≪おそらくこの通信は月基地までは届くまい。
この近さでさえ、音声処理をしなければ聴き取れないのだからな。≫こちらの意思を否定するように切断された通信に
アスランは胸の内で悪態をついた。
力づくで切りかえるように頭を振り、
リュミエールを通じて月基地へ通信を入れようと周波数の調整に掛った時、
砂嵐のような通信が入ってきた。――何だ?
音源を手繰り寄せるように周波数を増減させていく。
そして、耳に入った声に
アスランの瞳が開いた。≪・・・アス・・・君・・・聞こ・・・応答・・・。≫
「マリューさんっ!」
思わすそう叫んだアスランに、
歓喜に満ちた声が返された。
広がる水のように、音声はクリアになっていった。≪良かった・・・っ!
アスラン君ね。
通信がやっと通じたわっ!≫手が震えた。
「こちら、捜索隊、アスラン・ザラです。
ご無事で・・・。」一秒でも早く、
周波数から逆算して位置を特定したいのに。
まるで、喜びを素直に受け入れられない子こどものように
指先は思うように動かなかった。――生きていた、
生きていたんだ・・・っ。勝手に滲みだす瞳を凝らして
アスランは通信元を特定した。
ここからそう遠くは無いシェルターだった。
今からリュミエールを回して救助に――
そこまで思考したアスランの手が
続いたマリューの言葉によって止まる。丁度この時、映像が正常に戻った。
映し出されたマリューの表情は、哀しみに暮れていた。
再度襲撃される危険性を考慮し
アスランと共に捜索を行っていたMSでシェルターを警護し
リュミエールの到着を待ってから2機のシャトルの脱出ポットを回収した。
乗員乗客の精神状況から判断し、
事情聴取はポットの回収が終わり落ちつきを取り戻してから行うこととした。
この非常事態を取り仕切っていたのは、やはりマリューだった。
機長は後にこう語った、
“あの時彼女が居なければ、私達は助からなかっただろう。
流石、アークエンジェルの艦長を務めていたお方だ。“と。アンリの誘導により、脱出ポットから次々にシャトルの乗客がリュミエールの格納庫へと降り立った。
まるでたんぽぽの綿毛のように降り立つ彼らの表情は
恐怖から解き放たれた安堵と
失った哀しみが混ざっていた。
彼らを迎えるアスランは穏やかな表情を崩さなかった、
拳を硬く握りしめたまま。
これまでシェルターとの通信を阻害していたのはネビュラであり、
アスランが連合月基地へ通信を繋ぐ際に、
ネビュラの影響を低減させようと周波数を調整したことにより
シェルターの通信を受信することが出来たのだ。
初めてシェルターと映像が結ばれた時のマリューの表情に浮かんだ哀しみ。
その理由と共に、あの時のマリューの言葉が脳裏で反芻した。≪乗員乗客は無事よ、行方不明者2人を除いて・・・。≫
続く言葉を告げるために、
マリューは哀しみを飲み込み、ラミアス艦長の表情をしていた。
毅然とした、声だった。≪行方不明者は、フラガ大佐と・・・
アスハ代表よ。≫
乗員乗客の様子を確認するような素振りをしながらも
アスランの思考は全て、マリューの言葉で止まったままだった。何故、
どうして、
今この喜びの中に
君がいないんだ。それが理解できなかった。
「パパぁ!!」
そんなアスランの思考を引き戻す声が飛ぶ。
見上げた先から大きな瞳に涙を溜めたウィルが飛んできた。
真直ぐにアスランへ手を伸ばして。「ウィル!」
抱きとめたアスランにしがみついて
ウィルは顔をアスランの胸に押し付けた。
小さな肩は細く震えていた。――こんな小さなウィルに、
また哀しい想いをさせて・・・。アスランは優しくウィルの背中を叩く。
幼い頃、母上がそうしてくれたように。
アスランの胸の中のウィルは真っ赤に腫らした瞳を向けた。「ごめんね・・・パパ。」
何を謝ることがあるのか、
微かに首をかしげてしまった事を、直後にアスランは後悔する。
何故、ウィルの気持ちを察することができなかったのか。
何故、残酷なことを言わせてしまったのか。
言葉にさせる前に、
ウィルが自分自身を責める前に
許しを教えれば良かったのに。ウィルは嗚咽を堪えるように口を結んで、
その拍子に大粒の涙が丸みを帯びた頬を滑って
アスランの白い軍服に染みこんでいった。「約束・・・、破っちゃったの・・・。
僕・・・ママを護れな――。」アスランはウィルを強く抱きしめて
続く言葉を消した。
バルティカに戻るためソフィアを発つ時に
ホテルのロビーで交わしたウィルとの約束。『俺はカガリの傍にはいられないから。
だから、ウィルにはカガリを護ってほしい。
約束できるか。』『約束する。
僕、ママを護るよっ。』ウィルはあの約束を護ろうとして、でも護れなくて、
自分を責めては叶わない正義に小さな胸を痛めてきたんだ。
それをどうしてわかってやれなかったんだろう。
アスランは硬く瞳を閉じて、ウィルの耳元に言葉を落とした。「ごめん。」
胸元でもぞもぞと頭を揺らして、ウィルがくぐもった声を漏らす。
「どして・・パパがごめんなさい、するの?」
涙で揺れる無垢な問いは
アスランのありのままの感情を引き出す。「俺が、カガリを護れなかったんだ。」
「だってパパはっ。」
アスランをかばうような声を上げたウィルに
静かな覚悟を告げる。「必ず俺が、カガリを見つけ出すから。」
言葉がひとつひとつ紡がれる度に
ウィルは胸が熱くなるのを感じた。「オーブに、一緒に帰るから。」
アスランから伝わってくるこの熱が、
想いなんだと、分かった。「カガリを、護るから。」
だから、熱くて、苦しくて、痛くて、
でもあったかくて、優しくて。
抱えきれない想いは涙だけでは足りなくて、
ウィルは声を上げて泣いた。
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