11-10 蒼く冷たい輝きに
宇宙に散らばる星の中で
眩い光を放つ蒼い星。蒼く冷たい輝きは
心を震わす程美しかった。あまりに清らかな
ラクスの旋律のように。
予感が的中したと言うよりも、予定通りと言った方が適当な気さえしてしまう。
キラがここに来ることが。一秒ごとに強くなる蒼い光。
目視だけでもストライクの速度が国際法定速度を優に超えていることが見て取れた。
残光の尾を引いて、ストライクは一矢のように地球を指している。――こちらに気付いていないのか?
アスランは紅を方向転換させ、ストライクの進行方向へ回り込んだ。
この速度であれば一気にストライクに突き放されてしまうだろう。
アスランの視線が一瞬、備え付けられたリミッターを捉えた。
リミッターを解除すれば、ストライクと互角の速度が見込まれる、
しかし。――リミッターの解除にはアスハ代表の許可が必要だ・・・。
アスハ代表が不在の今、リミッターを解除する手段は無い。
それ以上にアスランは信じたかった、
キラを。話をすれば分かりあえると。
共に今を乗り越え、
未来を書き変えることができると。
「キラっ!」
アスランの声にキラの応えは無く、
ストライクは速度を緩めずに、むしろさらに加速する。
これだけ至近距離であればネビュラの影響を受けるとは考え難いが
アスランはもう一度呼びかけた。「キラ、聴こえているのかっ。
ここは連合の制空域だ。
許可無き者は侵入者として撃たれる。
分かっているのか。」アスランの声に何の応えも返さずに、ストライクは速度をもう一段上げた。
この距離であればいくらネビュラの影響があろうとも通信は確実に届いている筈だ。
アスランには、キラが意志を持って無反応を貫いているように見えた。――まさか、このまま突破する気か。
ストライクの蒼は
誰も寄せ付けず
誰も手を伸ばせない
そんな冷たい輝きを放っている。アスランは表情を歪めると、迎え討つようにストライクの方へと直進した。
「止まるんだ、キラっ!」
三度目のアスランの呼びかけ、
それに返されたのは「・・・キラ・・・?」
鈍やかな光を放つ銃口だった。
ストライクは紅と間合いを取って停止した、
真直ぐに銃口を向けたまま。二機の間に沈黙が落ちる。
戸惑いに揺れる空気を排除する程、
緊張を圧縮したような静寂。
銃を構えるストライクに迷いから生まれる隙など
ひとかけらも無かった。親友だから分かる、
キラは本気なのだと。
沈黙を破ったのはアスランの方だった。
「どういうことだ。」
「・・・それはこっちのセリフだよ、アスラン。」
キラのこんな声を初めて聴いたと、アスランは何処か遠くで思った。
バルティカで再会した時よりもさらに低く掠れた声。
重く響く言葉の余韻は何時までも胸に残る。「どうして邪魔をするの。」
この響きを俺は知っている。
何度も聴いてきた、
父上から。「ラクスが君の向こうに、
地球にいるんだ。」これを聴く度に
どうしようもなく哀しくなった。その理由が今はっきりと見えた。
「僕は、ラクスに会いに行くんだ。」
哀しみが声を響かせているんだ。
だから聴く者の胸に
涙のような哀しみが落ちるんだ。「止められる理由なんて無い。」
同じ哀しみを、俺は知っている。
奪われた憎しみも、
失った痛みも、
会えない切なさも
触れることが出来ないさみしさも。「そこをどいてよ、
アスラン。」同じ哀しみが、
この胸にあるから。しかし、どれだけ同じ感情に共鳴しても
アスランの応えは変わらない。
生半可な覚悟でここに来た訳じゃない。「断る。」
通信越しにキラの息を飲む音が聴こえた。
そしてアスランは知る、
キラもまた同じ想いであったのだと。
話をすれば分かり合えると。俄かにキラの呼吸が乱れ出し、
アスランの胸を刺す。「ど・・・して・・・?」
今にも泣き出しそうな声。
こんな声をいつか聴いたことがある気がした。
まだ俺たちが子どもだったあの頃、あの時、
その声にメンデルで聴いたケイの声が重なる。
涙を溜めた瞳を震わせて、
心を握りしめるような細く切ない声を聴いた。
痛みに潤んだ、小さな声を。「お願いだから・・・どいてよ・・・。」
2つの過去の声と今が重なり合って、アスランの心が揺れる。
「キラ・・・。」
手を伸ばすようなアスランの声。
しかし、目の前のキラには届かない。「じゃないと、僕は・・・。」
あの時の涙を溜めた瞳のように
キラの声が震えだす。「・・・僕・・・は・・・。」
そして銃口に光が灯る。
驚きが息を止める。
生まれた静寂が、荒らんだキラの感情を聴かせる。「・・・っ、待つんだキラ。」
「待てないよっ!
アスランだって同じだろっ!」全てを省いて本質だけを突き付ける、いつものキラの癖。
それがダイレクトにアスランの胸に響く。「ラクスがいなくて、
ラクスが今地球にいるんだっ!!
君が僕なら、
君だって同じことをするだろう!!」“行けば戦争になる。
お前もラクスも、無事の保障は無い。“
そう言おうとして、言葉が喉に詰まったまま瞳が苦しげに歪む。
キラは正しい。
俺だって同じだ。
もしカガリの居場所が特定されれば
どんな手段を取ってでもカガリのもとへ飛んでいく。
法律が行く手を阻むなら躊躇い無く法を犯すだろう。
君を護れない法律の方を、俺は否定する。キラはいつも正しい。
それは、人として当たり前の感情がキラの正義だからだ。アスランは鼓動を静めるように呼吸を一つ入れた。
キラの正義の前で、俺は何ができるだろう。
キラの正義を否定することがどうしてできるだろうか。
いや、護りたいと思う。だが、このままキラが連合に撃たれ
キラが撃ち、
戦争の引き金を引かせることが、
本当に正義なのだろうか――。
深海のような静けさを纏ったままの紅。
この時、沈黙がどれだけキラを追いつめていたか
アスランは知らなかった。
それが2人の不幸だった。「君が・・・。
邪魔をするなら・・・君でも・・・。」アスランは思考から顔を引き上げる、
しかし時を取り返すとこは出来ない。「僕は、君を撃つ。」
キラの放つ蒼い銃線が
迷いなくアスランの左翼に伸びる。
対角に避けた紅、
その時には既に
地球を指したストライクが紅に並んでいた。重なる紅と蒼の光。
刹那、落とされたキラの言葉。
あの響き。「僕には、ラクスしか無いんだ。」
アスランの胸に
哀しみが落とされる。
紅が振り返った時には
既にストライクは光の粒になっていた。蒼く冷たい輝きを
アスランの胸に残したまま
キラは宇宙に消えた。
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