10-6 時の流れ




ソフィアの若き指導者、カミュ・ハルキアスによって建国宣言が行われた議事堂前の広場には
あの日の光景に全てが重なるように民衆が集っていた。

あの時、この場所には、
新しい国が上げた産声と、
人々が抱いた願いと、
分かち合う喜びと、
世界からの祝福に満たされていた。

しかし、今、彼らの瞳に映るのは
憎しみと哀しみに突き動かされた覚悟だった。

 

 

「カガリ様っ、いけませんっ!!」

カガリは腕を秘書官のモエギに取られながらも、懸命に歩を扉の方へ向かわせた。
しかし、目的の扉の前にはソフィアに同行した外務大臣や官僚、SPらが立ちふさがっている。

「離せっ、モエギ!!
私も議事堂前の広場へ行くんだっ!!」

ソフィア議会議事堂前の広場でソフィア・プラントの共同声明が行われると
正式に発表されたのはつい先刻のことだった。
それと同時に公表されたのは、ダンスホールで起きた惨劇の事実、
そしてソフィア軍によって発見された犯行グループの実名だった。

ソフィア政府が公表したのは判明してる事実関係だけだった。

ソフィア建国式典後に行われたレセプションにおいて
ダンスホールで爆破テロが勃発し、無差別に命が奪われたこと。
そして、テロリストによって占拠されたダンスホールで
多くのコーディネーターが射殺されたこと。

事実だけを明らかにしても、行間からにじみ出る予感は真実めいて響く。
ダンスホールで行われたのは、コーディネーターの虐殺である、と。
そう思わない方が不自然だ。

その予感を確信に変えたのは、
ソフィア軍によって発見された犯行グループだった。
犯行グループはダンスホールからほど近い地下室で、自ら命を経っていた。
そして彼らの人種は全て、ナチュラルであった。

カガリはきつく瞼を閉じる。

――どうしてなんだ・・・っ。
   どうして、こんなことに・・・。

「モエギ、離せっ。
私も広場へ行くっ。」

――時代が動いてしまう、その前に、
  出来ることがきっとあるんだっ。

しかし、カガリの願いは彼女を慕う者たちの敬愛によって阻まれる。
いつも快活な笑みで共に尽力してきた外務大臣は
厳格な表情のままカガリの肩に手を置いた。

「行ってはなりません、カガリ様。
広場は危険な状態です。」

カガリは唇を噛んで俯いた。
憎しみの高揚で満たされた広場に行けば、怪我だけでは済まされないことは
カガリにだって分かっている。

――だが私はまた、動き出す時代を外から見ていることしか出来ないのかっ。

“残念ながら”そう前置いて、外務大臣は深い溜息を落とした。

「広場へ代表として行かれても、カガリ様個人として行かれても、
間違いなく、命を奪われるでしょう。
あなたが、ナチュラルだから。」

カガリは息を飲んで顔を上げた。
外務大臣の瞳に映る自分は、なんて小さいことだろう。
滲みだした視界に、溶けて消えてしまいそうな程。

糸が切れたようにカガリの腕から力が抜けて、
掴んでいたモエギの手からするすると落ちた。
驚いたモエギがカガリの顔を覗きこむと
カガリは蒼白な表情で瞳に哀しみを湛えていた。

どうしても広場へ行きたかった。

時代が動くその前に、できることがあると信じていた。

もしも時代が動いてしまうなら、
民と共にそれを感じ、
それに立ち向かいたかった。

だけど、それだけじゃ無かったんだ。

本当は信じたかった。

人種を越えて、
共に未来を描くことが出来るのだと。

それはまだ、間に合うのだと。

 

その時、室内に据え付けられた画面から
地鳴りのような声が響いた。
スピーカーを通したそれは、室内の空気さえも震わせた。
広場を一望できるバルコニーに立つのは
ソフィアのハルキアス大統領と、
プラント最高評議会副議長であるアイヒマンだった。
彼らを仰ぐように、民衆は叫びと共に拳を突き上げている。
感情が、熱が、画面を隔ててもなお伝わってくる。

そしてカガリは思い知る、
止められぬ時の流れを。

 

 

同時刻。
ルナは苛立ちに髪を揺らして立ちあがった。

「もうっ、これから共同声明が出されるってのに、
隊長は何処行ったのよっ。」

艦の一番大きなコンファレンスルームに集まるように
全クルーに指示を出したイザークとディアッカは何時まで経っても姿を現さなかった。
“自分で指示出しといてすっぽかすなんて・・・”と小言を漏らすルナを横目に
シンは別の感情を抱いていた。

――俺だって、こんなところには居たくない。
  時代が動くその瞬間を、せめて自分で迎えたい。
  同じ場所に立てないのなら。

そしてシンは無意識に自らの掌を見詰めて、深紅の瞳を歪めた。
繰り返されようとしている争いに、始まろうとしている激動の時代に、
まるで実感が無い。

掌を強く握りしめた。
掴めるものなど何も無いと分かっていたのに、
口元には皮肉な笑みが浮かんだ。

 

 

同時刻。
DDR部隊及びEPUの視察団は本拠地の大会議室に集まり、
前方中央の画面を注視していた。
ハルキアス大統領と共にプラント最高評議会副議長のアイヒマンが現れた時点で、
これから行われる共同声明の内容が示されたようなものだった。

これから、報復戦争が始まる。

アスランはそっと胸元に触れて瞼を伏せた。
軍服の上から微かに感じる石の存在に想いを馳せる。
やはり、カガリの傍を離れるべきではなかった。
共同声明が発表されれば、ソフィアとプラントは一気に争いへとなだれ込んでいくだろう。
そうなれば、いくらカガリがオーブの代表であろうと、
危険にさらされる可能性は大いにある。

――どうか無事でいてほしい・・・。

そう祈ることしかできない自分に、
憤りを感じずにはいられなかった。

 

 

同時刻。
MS格納庫の壁にもたれながらドリンクパックを口にしているキラに
ラクスの秘書官であるエレノワが声をかけた。

「キラ様、一度ブリッジへお戻りください。
これからハルキアス大統領とアイヒマン副議長による・・・。」

その言葉を遮ったのは、床に打ちつけられたドリンクパックの渇いた音だった。

俯いたキラの表情はエレノワからは見えないが、
不自然な程にとがった輪郭が、ことさらキラの精神状態を表しているようだった。
背筋に寒気を感じながらも、エレノワは気丈にキラに語りかける。

「キラ様、大事な共同声明です。
どうか、ブリッジへ・・・。」

「どうだっていいんだ、そんなこと。」

落とされたキラの言葉に、エレノワは息が止まる。
そんなエレノワを無視して、キラはエネルギー補充を行っている愛機を見上げた。
淀んだ瞳に焦燥を滲ませるキラの頬はこけ、疲労の限界はとうに超えていた。
これ以上MSで出させる訳にはいかないと、エレノワはキラの腕を強く引いた。

「また宇宙へ出るおつもりですかっ?
もう何日も睡眠を取っていらっしゃらないんですよ、
これでは体が壊れてしまいますっ。」

「どうだっていいと、言っているだろうっ!」

荒げた声を上げたキラは紫黒の視線をエレノワに当てた。
しかしエレノワは知っている、彼の瞳に映っているのは絶望なのだと。

「ラクスが・・・、
ラクスがいないんだっ!」

キラはヘルメットを手に床を蹴ると、
MSのエネルギー補充の完了を待たずにコックピットに乗り込んだ。
エレノワには、そんなキラを止めることなど出来なかった。



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