10-5 何処




「ちょっとくらい、教えてくれてもいいじゃない!」

珍しくミリアリアは声を荒げた。
動き出そうとする時代の気配に、無意識に気持ちが焦りだしていたのかもしれない。
しかし、画面向こう側のディアッカは飄々と同じ言葉を繰り返す。

“だーから、ラクスの放送の発信元は広報部に聞けって。”

事態の重さと緊急性が分からない程、ディアッカが馬鹿では無いことを知っている。
だからこそ、ミリアリアの怒りのボルテージはどんどん上昇していく。

「あっそ。じゃぁ、今度のデートは無期限延期になるわよぉ。
それでもいいのっ。」

つんとしたミリアリアの態度にかわいらしさを感じて、
いつもであれば表情が緩むところであるが、
ディアッカは視線を流して呟いた。

“・・・そうなるかもしれねぇな・・・。”

いつになく深刻な声を出すから、ミリアリアは嫌な予感に眉を寄せた。
引き締めた顔をすればいい男だと思う、
だけど今だけは、そんな顔見たくなかった。

「ねぇ・・・、どういうこと・・・?」

ディアッカはラフに髪をかき上げると、
表情を切り替えてニヒルな笑みを浮かべた。

“そんなことより、今話題の”あの映像“、見たか?”

ディアッカの言葉の端に込められたメッセージを看取したミリアリアは
機転をきかせて相槌を打つ。

「あぁ〜、見たわよ。動画配信サイトでも話題だっけ?」

“そう、それそれ〜。
でもさ、あの映像って作者不明らしいじゃん?“

返されたディアッカの言葉に、ミリアリアは彼がラクスの映像のことを示しているのだと確信し
話を合わせだした。

「そうなのよね。私もそれ、知りたいの。」

“でさ、個人的に探りを入れてみたんだけど・・・。”

そう言って自然な仕草で横を向き瞼を閉じたのは、
感情を隠すため。

“全然つかまんねぇの、まいったよ。”

ディアッカの言う“探り”が生半可なものではないことぐらい
長い付き合いの中で分かる。

――プラントは軍内部でも一目を置かれているイザークの艦にも情報を伝えてなくて・・・。
ディアッカやイザークのハッキングの腕でも、
ラクスの居場所や映像の発信源は特定出来ない、ってことね・・・。

ミリアリアは感情を隠して、肩をすくめて冗談を返した。

「そっか、残念。
というか、あんたの腕が鈍ったんじゃないの〜?」

“相変わらず、手厳しいな。”

なんて言っては苦笑するディアッカに、ミリアリアはひとつの疑問を抱いた。
これまでずっと、ラクスやキラの動向を聞き出そうとしても
“広報部へ問い合わせろ”の一点張りだったディアッカが
今日になってどうして教えてくれたのだろうか。

ふいに思い出すのは、さっきさりげなく漏らしたディアッカの言葉。

――あいつ、“・・・そうなるかもしれねぇな・・・”って、
   そんなこと言ってた。

――まさかっ。

そのミリアリアの思考は、続いたディアッカの言葉で確信に変わった。

“そうそう、これから俺ら忙しくなるんだわ。
だから、プライベート回線が通じなくなるかもしれねぇから。“

ミリアリアは急に体温を抜き取られたように感じた。
何故、忙しくなるのか。
何故、プライベート回線が通じなくなるのか。

“ミリィ、気をつけて帰れよ。”

――どうして、私が今から帰るようなこと言うの?

“それから、危ないこと、すんなよ。“

――いつもは嫌みを言うくせに、
   どうして今日は優しいの?

“それじゃ。”

そう言って通信を切ろうとしたディアッカを

「待ってっ!」

無意識にミリアリアは引き留めていた。
ディアッカがあまりに優しい表情で笑うから、
まるでこれからずっと会えなくなる様な、そんな気がしてしまった。
そうして気付く、予感をずっと前から抱いていた自分に。
本当は、信じたくなかっただけだった、
再び争いが繰り返されることを。

“どうした、ミリィ。”

いつもと変わらない声に、心が安らいでいくはずなのに、
どうしてだろう泣きたいような衝動に駆られて
ミリアリアはギュッと手を握った。

「ディアッカも、気をつけて・・・。」

それだけ言うのが精いっぱいな自分が悔しい。

――これじゃ、16歳の頃と変わらないじゃない。

すると画面向こう側に優しい溜息が聴こえて、ミリアリアが顔を上げれば
指を2本立ててウィンクするディアッカがいた。

“サンキュ、ミリィ。”

通信が終わっても、ミリアリアは暫くその場を動けなかった。
悔しいけれどちょっとカッコイイと思ってしまったから、
ほっぺたが熱くて仕方がなかった。

 

 

ミリアリアが頬の熱を冷ましていると、同じ部屋にアスランが入室してきた。
顔を上げればバッチリと目が合い、ミリアリアは居心地悪そうに視線を泳がせた。
しかし、朴念仁と影で噂されているアスランに今のミリアリアの心情が分かる筈も無く、
ストレートに質問を投げかけてきた。

「こっちでもラクスとキラに関する情報を集めてはいるんだが、なかなか・・・。
そちらは?」

ミリアリアは出そうになった溜息を喉元で留めると、
アスランに向き直って応えた。

「ディアッカにも聴いてみたんだけど・・・、具体的なことは何も。
だけど。」

そこで言葉を区切ると、ミリアリアは暗転したディスプレイに視線を向けた。

「もうすぐ、何か起きるのかもしれないわ。」

ぽつりとつぶやくように続いたミリアリアの声は細かった。
そこからアスランは、ディアッカはプラントが動くことを確信しているのだと読み取り
視線を伏せた。
先程届いたディアッカからのメールにあった言葉を思い出す。
“ミリィのこと、頼むぜ。”
短い言葉だったが、何故かアスランの心に引っかかった。
もしかすると、ディアッカは既にこれから起こりうることを知っているのではないかと。
だからこそ、アスランにメッセージを送ったのではないか、と。

アスランは重力に沈みそうになる視線を引きはがして、
ミリアリアに問うた。

「どうして転属を希望したんだ。
確か、広報部に所属していた筈だろう。」

もしもミリアリアの転属が本人の希望によるものでなければ
広報部に返す方が安全だ。
しかしミリアリアの答えはアスランの想像を遥かに越えたものだった。

「女の勘よ。」

「え?」

理解不能、そんな表情のまま瞬きを繰り返すアスランに
ミリアリアはまたしてもくすくすと笑みを零して
漸くアスランはからかわれていたことに気付いて眉間に皺を寄せた。

「ごめんごめん、あっ、でも半分は本当よ。
もともとバルティカには興味があったの。
だけどこの機を逃したら、
しばらくバルティカへ行くことが出来なくなる予感がした。
そして、もうひとつ。」

アスランへ視線を移したミリアリアの眼差しは鮮やかに色彩を変えた。

「世界が傾く音が聴こえた気がしたの。
その時、何処へ居いたいか考えて、選んだの。」

そのまなざしに一本道が帯びる厳しさと、それを選んだ覚悟が映える一方で、
アスランは同じ問いをミリアリアから突き付けられたように感じた。

――その時、俺は何処へ居たいと願うのだろう・・・。

護りたい人がいる。
護りたい場所がある。
果たしたい誓いがある。
叶えたい夢がある。

だけどもし、世界が傾いたなら
この場所に居ても、その全てを実現できるのだろうか。

ミリアリアはふわりと微笑みを唇に乗せると
まるで独り言のように呟いた。

「あなたの場合、私よりもずっと難しいのよ。
大切なものを護るためには。」

“どういうことだ”、そう問い返そうとしたアスランを遮ったのは
部屋に駆けこんできた部下の声だった。

「至急、会議室にお集まりください!
プラント、ソフィアが共同声明を出すとの情報が入っております。
テロへの報復、最悪の場合開戦、かと・・・。」

驚いた瞳で口元を覆ったミリアリアに対し、
アスランは至極冷静な声で“了解した”と言って平静の表情のまま歩を進めた。
予見していた反応と異なったからであろう、
アスランの部下は前を歩きながらそっと隊長の様子を伺い見て、一気に肌が粟立った。
静謐な空気を纏いながら、
灼熱のような眼光を宿したアスランがそこに居た。



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