10-3 世界が傾く音
君を失った世界を、
僕は知らない。
宇宙を切り裂く白蒼の光。
「・・・ラクスっ。」
叫び続けた声は掠れ、
「ラクスっ!」
聴き届けられること無く
漆黒の宇宙に消える。「何処にいるんだ、ラクスっ!」
永久にひとつだと、誓ったのに。
二度と、君の手を離さないと
誓ったのに。「ラクス・・・。」
窒息しそうな宇宙の色彩は
絶望に似ていた。
アスランはDDR部隊の仲間と共に、当初の予定を大幅に組み替えていた。
バルティカ紛争の特使としてキラがプラント及びスペイス駐屯地、DDR部隊の間に立ってくれたことが
円滑な交渉に大きく働いていたことを最も痛感していたのは
他でも無いアスランであった。
プラントを故郷としザフトに所属していた経験から、プラントとの交渉はもちろん
スペイス駐屯地との交渉にも骨を折るだろうと予想していた。
しかし、議長直属の特使であり婚約者でもあるキラに権限を集約させることで、
決定までの過程が透明化し、さらに実現までの時間が大幅に短縮され、
結果としてバルティカとDDR部隊、そしてプラントの信頼関係構築につながったのだ。
しかし、アスランはキラがこの任務に戻ることは無いのではないかと、予感していた。
論理的な理由も証拠も何も無いが、何故だか確信にも似た感情を抱いていた。
そのため、キラが戻らないことを想定してこれまでの計画を見直し、
作戦を変更させる必要があった。「これまでの期間に構築したバルティカ、スペイス駐屯地間の信頼関係を継続させるために、
本日中に双方を訪問しようと思います。
EPUも御同行願います。」アスランはそう言ってミリアリアへ視線を移し、ミリアリアの承諾を待って部隊に目配せをし、
担当者が早速アポを取りに動き出した。
DDR部隊の総責任者が第一線で動かなければならない時なんだと、アスランは自覚していた。
そこに、平和構築の象徴であるEPUと行動を共にすることで
バルティカ、スペイス駐屯地に良い心象を与えるだろうことが予想された。
その心象こそが、今は重要なのである。
不安がすれ違いを生み、ひとつのボタンの掛け違いが決定的な状況を生む。
今バルティカは非常に危うい情勢だった。
そう例えば、ソフィアの建国レセプションで起きたテロの全貌が明かされ
もし犯行グループがナチュラルであると特定されたら、
交渉が断絶されるだけではなく、戦争が始まるだろう。――キラが居てくれたら・・・。
そう思わずにはいられない。
しかし、部下からアポが取れたとの報告を受けると同時にアスランは立ちあがった。
今出来ることに全力を注ぐ以上に、最善の策は無い。その時だった。
突然液晶モニターの画面が切り替わり
アスランたちは驚いて顔を上げた。
左上に表示される緊急国際放送を示す記号、
そして中央にはラクスの姿があった。
室内は驚愕に満たされ、時が止まる。「記録しろ。」
アスランの寥寥とした声に、誰も反応出来ない程に。
アスランは部下の前に腕を伸ばしPCを操作し記録を取り始め、
次に発信元を特定するためにハッキングを開始した。
超絶なスピードのタイプが部屋に渇いた響きをもたらす。
アスランは平静の表情のまま、しかし瞳には硬質な眼光を宿していた。映像がテロの混乱に満たされた中央ロビーの光景が重なって、
アスランは瞳を凝らす。――ラクス、今度は何を・・・。
すると画面の中のラクスは
まるでたった今、天界から舞い降りた天使のように微笑みを浮かべた。狂気にも似た清らかさは、
全ての言葉を遮断した。「みなさん、ごきげんよう。
わたくしは、ラクス・クラインです。」――まさか、また君はっ。
アスランは息を飲み、
同時にハッキングしていたPCの画面上に
errorの文字が無機質に表示された。「今日も平和の歌を、歌います。」
画面の中のラクスは祈るように両手を胸の前に重ね
花がほころぶように桜色の唇が開いた。あまりに澄んだ響きに込められているのは
純粋な平和への希求。その清らかさは人々の心を癒し
平和への願いをひとつに結んでいく。
しかし、ラクスを知る者にとっては
不安を煽るものでしかなかった。――くそっ、どういうことだ。
何度ハッキングを試みてもランダムに切断されてしまう。
まるで相手に先回りされているような感覚に、
アスランは自分でも信じられないような仮説を抱く。――こんなことが出来る人物を、俺は一人だけ知っている・・・。
――キラなら・・・、可能だ。
オルゴールの蓋を閉じるように、
薄桃色の旋律が結ばれて、
そして画面は暗転した。
ミリアリアは糸が切れたように手を止めたアスランの様子に眉を寄せた。
「ねぇ、どうしたの。」
そう声をかけ顔を覗きこめば、アスランは平静の表情のまま蒼白になっていた。
様子がおかしい、瞬時に嗅ぎ取ったミリアリアはアスランの肩を軽く押してこちらを向かせた。「何か・・・わかったの。」
今ミリアリアの存在に気付いた、そんな顔を曝してしまったアスランは
「え・・・あ、いや・・・。」
まさか自分の仮説を言葉に出来る筈も無く黙り込む。
ミリアリアはアスランを案じながらも、今何かを聴きだすタイミングではないと判断し
その場を離れようとした時、「ミリアリア。」
突然アスランに呼び止められた。
栗色の髪を揺らして振り返ったミリアリアに、アスランは何処か焦燥を滲ませて問うた。「ディアッカとは、連絡を取れる・・・よな?
だったらアイツに聞いてほしいことがあるんだ。」それに対しミリアリアは簡潔な返答を返した。
「いいわよ。
映像の発信元をアイツから聞き出せばいいのね。」何を、と伝えなくても理解する、
ミリアリアの洞察力に脱帽し、アスランは苦笑した。
そして、同じくらい洞察力に富んだ戦友を想い浮かべて柔らかく目を細める。――似たもの同士、なんだな。
アイツとミリアリアは。「あぁ、頼む。」
そう言って頭を下げようとしたアスランに、ミリアリアはわざと肩をすくめた。
「高くつくわよぉ〜、
つけにしといてあげるわっ。」やたらむやみな不安は空気を重くするだけでパフォーマンスを下げる、
それを熟知しているからであろう、
ミリアリアはさりげなく、しかし確実に空気を軽くした。
そしてアスランは思うのだ。――こんなところまで似てるんだな、ディアッカと。
アスランが零した小さな笑みの意味に
ミリアリアは気付かないふりをした。
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