10-26 命が消える音
命が消える音を僕は知っている。
沢山の命を消してきたから。だから僕は、
命を消す音も知っている。その音は憎しみと哀しみを呼んで、
君が涙を流すから。だから僕は誓ったんだ。
この目に留まる命だけは
絶対に護ると。あの音で
君が涙を流さないように。誰かを護ることは
君を護ることと同じなんだ。
キラはヘルメットを脱ぎ棄て、見開いた瞳で画面を見詰めた。
2機の戦闘機が煙を上げながら堕ちていくのが見える。
命が消える未来が見える。
瞳は画面に張り付いたまま離れず、震える手で顔を覆い激しく首を振った。
耳鳴りのように命が消える音が聴こえてくる気がして、
打ち消すように叫びを上げた。
酸素を渇望するように繰り返す呼吸にも
胸を打ち続ける鼓動も全て
今という現実を容赦なく突き付けてくる。――僕は・・・また、命を奪って・・・。
自分が自分では無くなっていく。
同時に襲われた恐怖に、キラは自身の体をきつく抱きしめた。
この感触さえも分からなくなる。――違う・・・違うっ!
こんな自分を知らない。
こんな世界を望む訳じゃない。
君を失ってから、
僕は分からなくなったんだ。
自分も、この目に映る世界も。
望みも、
希望も、
今も、
明日も。
予感。
敏感に感じ取ったそれに全身を駆けるような震えは止まり
感情が抜け落ちた顔を上げた。
その瞬間、画面に映っていた戦闘機が命の火を噴きあげて散った。ひとつ。
命が消える音が聴こえた。
もうひとつ。
潰えることが約束された命が
ふるさとの大地へ還っていく。
強制的に差し戻される。
2機目の戦闘機はバルティカの市街地へ突っ込んでいった。ふたつ。
みっつ、
よっつ、
いつつつ。もっと。
連鎖するように
命の消える音が響く。その音に断罪され、
キラは叫びを上げた。
吹き抜ける風が全てを浄化したように広がる
果てない空。
大地と宇宙が触れあうように遮るものひとつ無い蒼の色彩。その青空を浸食するように白濁した煙が蒼に斑む。
街が煙に飲み込まれていく光景を前に、言葉は無く
呼吸を奪われたような静寂に満たされていた。
墜落した戦闘機の爆発から引火したのであろう、市街地に炎が広がっている。
五月雨のような攻撃を仕掛けていた旧民兵は声にならない言葉を唇にのせたまま
瞬きを忘れて見詰めていた。
生まれ育ったまちが燃え上がる光景を。
崩れ落ちるようにストライクは膝をついた。
雲ひとつない空から真直ぐに降り注ぐ陽の光によって
雪の上に浮かびあがったシルエットは
バルティカの礼拝堂に跪いているように見えた。
静寂を破るようにアスランはキラの名を呼んだ。「キラっ!」
届いてほしい。
いや、
この声を届けなければならない。届けなければ、
きっと届かなくなる。この手も、
キラのために出来る全ても。だから。
「応えろっ!キラっ!」
この世界でアスラン以外の時が止まっているかのような静寂の中で響く声。
キラの名が空の蒼に溶けた時、
ハッチが開く無機質な機械音が響いた。
アスランは目を凝らし、捉えたキラの姿に瞳を見開いた。
漠然と思う、
今自分は絶望の姿を見ているのだと。
パイロットスーツの上からでも肉体の衰弱が目に見えて分かる。
そぎ落としたような頬に俯いた影が落ちる。
不自然な程とがった顎、
血色を失った唇、
前髪の隙間から覗く紫黒の瞳。
全てから生命が抜け落ちていた。
ラクスが命の泉なんだ。
キラにとって。
全てなんだ。分かり切っていた真実と
とうに覚悟していた筈の現実が
アスランの目の前にあった。
冷たい鼓動が胸を打ちつける。
キラの体が陽炎のように揺れた。
上体を起こして機体から体を乗り出しラダーに足を掛け、
ゆっくりと下降するキラの元へアスランは駆け寄った。
ラダーを持つ手も支える体も目に見える程震えているのが分かる。今、キラのために出来る全てをしたところで
キラを救う事は出来ないと分かっていた。
ラクスのようにキラに寄り添うことは出来ないし、
カガリのように血のつながりを持つ訳ではない。
キラが一心に受け止め続けた絶望を前に、
自分の手はどうしてこうも小さいのだろう。
でも。
アスランは迷わず手を差し伸べた。
この場所でこの瞬間にキラを救う事が出来なくても
今自分に出来ることを諦めたくは無かった。ふと、頭の隅でカガリのことを考えている自分に驚いて、
思わず笑みがこぼれた。――きっと君なら、真っすぐに駆け出してキラを抱きしめるんだろうな。
“バカヤロウ”、そう言って。ありがとう、そう呟くようにアスランは瞳を閉じた。
また、自分の背中を押してくれたカガリに想いを馳せる。
カガリの存在が、
瞳を開いたアスランの表情をどこまでも優しくさせた。「キラ。」
アスランは肩を抱くような声で呼びかけた。
今のキラの全てを受け止めるように。
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