10-25 避けられない未来



 

白銃を構えた。

呼吸を乱すな。
鼓動を保て。
覚悟を胸に。

それは遺伝子によらない
パトリックからの遺伝。
体に刻みこまれた、父との絆。

 


アスランは迷わず銃を撃ち込んだ。
ストライクはキラの超絶な情報処理能力に対応した動きを可能とするため
人体で言えば関節に当たる接合部分に遊びを持たせた造りになっている。

――そこを集中的に狙う。

それで破壊出来る程弱い造りにはなっていないし、
白銃は自衛目的の火器のため元々威力は弱い。
しかし、コックピットに異常を知らせる表示が出れば・・・。

そのアスランの思惑通り、状況を確認するようにストライクは動きを止めた。
もう一度、アスランがキラの名を呼ぶ。

「キラっ!」

2人の間に落ちる静寂。

キラが自分に気づけば、
事態を好転させられると信じていた。
自分の能力への自負よりも
キラに対する信頼が、
アスランを支えていた。

――きっとキラなら分かる筈だ。
   今すべきことが。

――お前はただ、ラクスを護りたいだけなんだろう?

――この国の平和を壊すことを、望んだりしないだろう?

――だってお前は、
平和の祈りをささげ続けるラクスを、
一番近くで見てきたんだから。

 

静寂を破る爆音にキラの機体が揺れる。
アスランが衝撃の延長線上を見ればバズーカ砲を構えた旧民兵が見える。
さらにアスランの瞳を大きく開かせたのは、
青空に描かれた雲の糸――

――バルティカ軍の戦闘機。
   まずいっ。

ここでキラが発砲すれば、開戦の決定的な大義名分をバルティカへ与えることになってしまう。
高速で接近する2機の戦闘機の装備が微かに動く。
攻撃を仕掛けてくるのか、アスランが眼光鋭く見詰めた瞳にフラッシュが映し出された。
戦闘機から送られる警告を示すフラッシュ信号から、
彼らが戦意を持っておらずMSの即時退去を望んでいることを読み取って、
アスランは安堵を覚える暇もなく焦燥に駆られた。

アスランの脳裏に過る仮説が、冷たく響く。

――もしも、キラが全ての通信手段を拒絶していたとしたら。
  俺やカガリの通信を拒絶したように・・・。

――戦闘機からの音声の警告は届かないのではないか。

――バルティカの信号は旧世紀のもの、
オーブでもプラントでも地球連合でも滅多に使用されないオールドタイプ・・・

――それをもし、キラが知らなかったら?
   キラは軍人じゃないんだっ。

さらに接近する戦闘機の信号をアスランは叫ぶように読み上げた。
キラの耳に届くように。

「“今すぐ退去せよ!信号弾に従え!”」

接近する戦闘機の装備が動き、弾頭が見えた。
信号のとおりであれば退去を求める信号弾の筈だ。
しかし、キラは真直ぐにビームライフルを向けた。

――やはり、信号が伝わっていないっ。

アスランは渾身の力でキラの機体を叩いて叫んだ。

「だめだ、キラっ!
撃つなっ!!」

警告を示し続ける戦闘機へビームライフルを向けたことは、
即ちキラが警告に従わない意思を示すことになる。
例えキラが警告を判読できず、信号弾を攻撃の意思をして読み違えていたとしても。

「撃ってはいけないっ!!
撃ったら戦争になるっ!!」

 

そしてアスランは自分の脳裏に自動的に書き加えられた仮説の続きに息をのむ。

――これも・・・、罠だとしたら・・・?

――キラが旧式の信号を読み解けないことを知っている者が仕掛けた
   罠だとしたら・・・?

――戦争を、引き起こすために。

 

戦闘機から信号弾が放たれた、
同時にキラはビームライフルの引き金を引いた。
迷わず。
2機の戦闘機へ向けられた鮮やかな光の線。
それは信号弾を貫いて
2つの戦闘機の片翼へ命中した。

完全に目算を誤った。
信号弾は通常の爆弾よりも弱い造りになっている。
ビームライフルなど簡単に貫通してしまう程。

キラは命を奪わない。
言葉にしないキラの誓いを、アスランは知っていた。
それは、キラの類稀な状況判断が可能にするものだ。
しかしその判断が狂ったらどうなるのだろう。

アスランはバルティカ軍の軍備について
超絶なスピードで記憶を辿る。
大量破壊兵器グレンダによって汚染された不毛の大地では産業が振興せず、
経済的な国力の弱さに内政の乱れが相まって財政状況は常に逼迫していた。
だとしたら、プラントやオーブ、地地球連合と同等レベルの軍備の質を保てるとは思えない。
そう例えば、信号と同様旧世紀を引きずったレベルだとしたら。

――まさかっ!

久方ぶりの青空に描かれる淀むような煙の線。

1秒ごとに
仮説が現実に変わっていく。

時を刻む針が速度を緩め、
光景が連続写真のように瞳に焼き付いて行く。

心が音を遮断したのか、
冷たい浮遊感を覚える空気は音の無い世界のようだ。
いつの間にか、ストライクへ向けられていた雨のような銃弾は止んでいた。

目に見える予感は言葉を禁ずる。
数秒後に迎える惨劇、
失われる命。
避けられない未来を前に、
言葉は意味を成さない。

窒息する様な沈黙が落ちる。

戦闘機の内1機は数秒間煙を上げた後に爆発し、
もう1機は煙に包まれたまま市街地へ墜落した。

 

劈くような爆音。
落ちるような振動。
まき上がる塵芥。
噴き上げた炎。
連鎖するように広がる爆発音。

時代の幕を引くように
まちを突風が駆け抜けた。

 


キラは命を奪わない。
言葉にしないキラの誓いを、アスランは知っていた。
そして思い知る、
その誓いを叶え続けていたのは
ラクスの存在だったのだと。





 


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