10-24 託された夢
これまで築いた平和への道も
積み重ねた信頼も
小さな燈し火のような希望も。全てを打ち砕くような破壊力を持って、
蒼い翼がバルティカの地へ舞い降りた。
大地を揺るがすような轟音と共に
ストライクは礼拝堂の前に降り立った。
そのまま礼拝堂へ張り巡らされたバリケードに手を伸ばし、
その瞬間バルティカの民の逆鱗に触れた。「我らの神聖なる礼拝堂に
穢れた手で触れるなっ!!」その叫びと共に無数の銃弾がストライクへ撃ち込まれた。
が、彼らの銃などストライクの装備にダメージを与えられる訳が無く、
ストライクは彼らの存在を無視するようにバリケードに手を掛けた。
ストライクの目的はバリケードの中の礼拝堂であることは火を見るよりも明らかである。
もはやバルティカの民にとってストライクは
嘗ての平和を築いた英雄ではなく、
バルティカ紛争に終止符を打つ救世主でもなく、
祖国の平和と伝統と精神さえも破壊する殺戮兵器にしか見えなくなっていた。
そうさせたのは、他でもないストライクの振る舞いだった。
ラクスに会いたいという
ただそれだけのキラの想いだった。「キラっ!」
アスランは背後からの銃線を読みながらストライクへ向かって直進した。
地球連合及びバルティカが地球上のあらゆるテロの撲滅を宣言した矢先に
バルティカの地にストライクが現れたら、
バルティカの民やこれを見たナチュラルがどう思うか、想像に難くない。
きっとこう感じるだろう、プラントのテロ行為だと。――どうして、今このタイミングでバルティカにっ。
止めなければならない、
今すぐに。
そうでなければ、争いが始まる。
今、この場所から。
世界を飲み込んで。
「死ね、バケモノっ!」憎しみの声と共に砲撃が開始された。
爆音と共に熱と氷を混ぜた風がアスランの髪を揺らした。
距離と方角から判断して、アスランがDDRで解体にあたった軍閥であろうと予測をつける。
軍備は小型の火器までもバルティカ軍へ引き渡した筈なのに、――何故、民の手に残されているっ?
その思考と同時に、アスランの胸を締め付けるのは
人として当たり前の感情。
また自分の友に憎しみの刃が向けられている。
全霊で駆けるアスランの胸を冷たい鼓動が打った。
空気を渇望する喉が詰まり、薄い唇を噛んだ。
どうして、
ラクスが憎まれ、
キラが憎まれなければならない。
憎しみの刃は1秒ごとに広がっていく、
今自分の目に留まるだけでも、
もっと、世界ではもう手の届かない加速度で。止めなければならない、
争いの火と憎しみの刃が
これ以上広がる前に。
世界を取り戻せなくなる前に。
アスランは地面を蹴ると、バリケードに掛けられたストライクの掌に駆けあがった。「キラっ!
何をしている、止めるんだっ!」アスランの姿さえキラの瞳には映らないのであろうか、
鋼の指にアスランを乗せたまま
ストライクはおもちゃを壊すようにバリケードを引きはがした。金属がひしゃげる音は叫びのように
鈍く空へ響く。反動でアスランの体は紙くずのように飛ばされた。
瞬時に体勢を整え着地をすると、アスランは懐へ手を入れて奥歯を噛みしめる。
体にしみ込んだ癖で銃を探してしまったが
DDRは非武装であるため銃を携帯している筈が無い。――威嚇射撃だけでもできれば。
MSの急所は知り尽くしている。
例え小型の銃であっても、パイロットに気付かせるだけの攻撃は可能だ。
アスランは懐に入れた手で携帯用端末を取り出すと、
この場にいる部下とミリアリアに指示を飛ばした。
「全員に告ぐ。」
駆けだしているのだろう、
アスランの穏やかすぎる声とは裏腹に風を切る音が聴こえる。「周辺住民に礼拝堂から離れるよう避難指示を出せ。」
ミリアリアは泣き声を上げる子どもたちと手を繋ぎ
礼拝堂を背にして駆けていた。「彼らの安全を最優先とせよ。」
部下等は女性や老人を護るように盾になり
彼らの背中を押しては安全な場所へと導いていた。「バルティカと連携し、人命救助において協力出来る場合は最善を尽くせ。」
そして一度、アスランの声が途切れる。
次いで聴こえたアスランの声は、
全てを遮断するような灼熱を帯びていた。「ストライクは、
俺が止める。」
アスランの声にミリアリアは礼拝堂を振り返った。
火花を纏うように銃を受け続けるストライクに真直ぐ立ち向かう
濃紺のシルエットが見えた。――無謀だわ、一人で立ち向かうなんてっ。
ミリアリアは、建物の影で祈るように待っていた大人たちへ子どもを引き渡すと
携帯用端末でEPUにいるバルトフェルドへ通信を繋げた。「緊急事態です。火器の使用の許可を――。」
バルトフェルドがこちらの話を最後まで聞かないのはいつものこと。
しかし、返された声は砂漠を思わせる程厳格だった。“構わない。
DDR部隊と協力し事態の収束に全力を尽くせ。
それから、覚悟はしておけよ。“「覚悟・・・?」
バルトフェルドの言葉の意味を解せずに、ミリアリアは眉を寄せた。
すると端末の向こう側から苦味を帯びた溜息が落とされた。“バルティカの様子は全世界へ放映されている。
丁度、ストライクが降り立った時からな。“ミリアリアは驚愕に瞳を開き、息をのんで周囲を見渡した。
と、バルティカ国営放送のマークの入ったカメラを捉えた。――どうして・・・?
タイミングが良すぎるわ。
こうなることをメディアが知っていた?
まさか・・・。そんなミリアリアの思考を読んでか、バルトフェルドは続けた。
“バルティカの国営放送が礼拝堂の近くの幼稚園をLIVEで中継していたそうだ。
‘偶然’、な。“意図せず歴史的瞬間の立会人になってしまうことがあるという事くらい、
ミリアリアだって分かっていた。
そうやってメディアの映像は歴史が動く瞬間を捉えてきたのだ。
でも、どうしても違和感を抱かずにはいられない。
だって全てのタイミングが良すぎるのだ。
地球連合とバルティカのテロ撲滅の宣言、
その直後のラクスの歌、
礼拝堂を示す手がかり、
そして舞い降りたストライク、
全てを映し出したメディア・・・。
そこまで思考して寒気に襲われた。――いや、もっと、ずっと前から
複線が張られていたとしたら・・・その時、ふいにミリアリアの前に白髪の紳士が現れた。
何処かで見た顔だと記憶の糸を手繰れば、
DDRの報告書に記されていた軍閥の盟主のひとりだと思い当たり
ミリアリアは毅然と姿勢をただした。
すると白髪の紳士は静かに懐に手を入れ白銃を取り出し、ミリアリアへさし出した。
白銃は国際法規により使用途を自衛と定められているため、
手にすれば“戦意は無い”ことを示すことができる。
言うなれば白銃は護るためだけに放たれる銃――。「どうして、これを?」
ミリアリアが問えば、紳士は目元を緩めて礼拝堂へと視線を馳せた。
「今、彼に必要だと思ってね・・・。」
ブルーグレーの瞳に宿る眼光は数々の戦場を乗り越えてきたことを示す鋭さがあり、
しかし表情は、ただ安らかであった。「彼に・・・夢を託したくなったのだよ。」
「“夢”、ですか?」
紳士は浅くうなずくと、ミリアリアに微笑みかけた。
「平和な世界を築く、夢を。」
まるで過去を描くようにゆったりと瞼を閉じて、言葉を続けた。
「彼を見ていたら、決心がついたのだ。
軍閥という争いの歴史に終止符を打ち、年寄りは去るべきだと、ね。」冗談めかして肩を竦め、困ったような笑みを浮かべた彼の表情は
あたたかみに満ちていた。
白髪の紳士はジュラルミンケースをミリアリアに託すと、
控えさせていた車に乗り込み姿を消した。“どうか彼に、アスランに伝えて欲しい。
いつかもう一度、酒を飲みかわそうと。“そう、言葉を残して。
ミリアリアはアスランの元へと駆けだした。
雪の絨毯に覆われた石畳の広場を駆ける。
吸い込んだ息が肺を冷やしていく。
ジュラルミンケースにはさらに数丁の白銃が納められていた。
抱きかかえる手に力がこもる。
改めて思うのだ、私達に夢を託してくれる人がいるのだと。私の夢はきっと、私だけの夢じゃないんだ。
だったら、何をしなくちゃいけないのか分かるでしょ?「アスランっ!!」
ミリアリアはアスランの名を叫んで
紳士から託された白銃を投げた。
白銃は久方ぶりの青空に滑らかな弧を描いて
アスランの手へ届いた。
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