10-23 招かれざる者



 

バリケードから礼拝堂へ入るための作業用通用口の前には
バルティカ軍の軍人2名が銃を手に立ちふさがっている。
作業用の通用口を施錠するための鎖と南京錠が掛けられ
その上にも通用口の前にも真新しい雪が降り積もったままであり、
この出入り口は少なくとも今日は使用されていないことが見て取れた。
他に出入りできる場所を求めてアスランはもう一度視線を馳せる。
バリケードはいくら高いとは言え、道具を使えば乗り越えることは出来るだろうし
上空から侵入することも可能であろう。
しかし、このバリケードをラクスが越えるためにはラクスを背負うしかないだろうし、
上空からの侵入も住民に気付かれる可能性が大きい。
どちらにせよ、侵入すれば内部のセキュリティが働き、警備員が駆け付けるだろうが。

とにかく礼拝堂の中へ入らなければ、何も始まらない。
詰めかけた民衆の間を抜けてアスランは通用口へ向かい、
DDR部隊の部下とミリアリアもその後に続いた。
他所者に対する不快感が込められた視線を浴びながらバルティカ軍の軍人の前に立つと
アスランは手短に敬礼し口を開こうとした、
が、それを遮ったのはミリアリアだった。

「EPUのミリアリア・ハウよ。
礼拝堂を見せていただけないかしら。」

アスランは左横に立つミリアリアに視線を流した。
“何をしようとしているんだ?”そんな疑問を含んだアスランからの視線に気づいていても
ミリアリアは軍人たちに向き合ったまま、さらに言葉を重ねた。

「礼拝堂の内部を確認させてほしいのよ。
スペイス駐屯地の戦闘機が墜落した現場を、この目で確かめたいの。」

するとこれまで沈黙していた軍人が平坦な口調で応えた。

「DDRの要請は無期限停止となったはずだが。」

ミリアリアは気丈な表情のまま頷いた。

「えぇ、“本日”を持ってね。
でも今日が終わるまではDDRの任務遂行が許可されている筈だわ。」

アスランは隣でミリアリアの言葉を聞きながら、
彼女の理屈はギリギリのラインだと感じていた。
いくら今日まで権限があるとは言え、バルティカが受け入れるとは考え難い。
バルティカの民さえ礼拝堂に入ることが出来ないにも関わらず
DDR要請の無期限停止が言い渡されたEPUとDDR部隊の侵入を許可するだろうか。
一般論から言えば答えは否だ。
いくらEPUが国際的な信頼感のイメージを持っていても。
ただし可能性もあるのではないだろうかと、アスランは思っていた。
それは大義や理屈を越えたもの、
ミリアリアが持つ性格だ。

――あのディアッカを丸めこむ程の彼女だからな。

その通りに、数回の会話の応酬だけで
早くもミリアリアの方が優勢になっていた。

「だが、何人たりとも侵入させるなと命を受けているため・・・。」
「あら、どうして入れないのかしら。
やましいことが無いなら、入れてくれてもいいじゃない。
昨日までは許可があれば入れたみたいだし、
慰霊に花を手向けたい人もいるんじゃないかしら?ねぇ?」

民衆さえも巻き込むミリアリアの言葉に、
背後からは“そうだ!そうだ!”と加勢の声が上がった。
なるほどな、とアスランは困ったような笑みを浮かべた。
一番理想の形を言えば、ミリアリアとDDR部隊だけが礼拝堂へ入り調査を行う方が、
証拠の保全の点から言えば望ましい。
だが、それではここに詰めかけた民衆の感情を逆上させてしまうだろう、
どうして奴らだけが、と。
ならば民衆と共に礼拝堂へ入った方がベターだ。
証拠の保全の点から言えば懸念はあるが、
この場に集まった者たちは自分たちと目的は違うが、ラクスを探し出そうとしている。
彼らの力を借りることができれば・・・

――もしかしたら、真実に近づくことができるかもしれない。

アスランがそこまで思考した時には既に、
バルティカの男たちが槌や斧を持ち出してきて、バリケードを打ち壊し始めていた。
すさまじい加速度で広がる勢いに、
アスランはバルティカの民が心に抱き続けた鬱積を見た気がした。
礼拝堂へ入れないことはほんの切っ掛けに過ぎない、
プラントとソフィアがテロ撲滅を宣言したことも、
ナチュラルを敵視するコーディネーターからのあからさまな眼差しも、
礼拝堂で同胞を失った哀しみも、報復出来ない憤りも悔いも無念さも、
そして閉塞感から抜け出せないバルティカの情勢も、
雪のように降りしきる何かが静かに胸に積り、
いつしか払い取れない程重くのしかかったそれに抑圧された感情が
一気に吹き出そうとしているのかもしれない。

この勢いに危機感を覚えたアスランはミリアリアに目配せをする。
このリスクを承知していないミリアリアではない、
彼女は口角を上げて扉の前に立つ軍人に詰め寄った。

「このままだと、暴動に発展するわよ。」

言外に“扉を開けなさい”と言い放つミリアリアに、
流石の門番も言葉に詰まった。
そして大空へ向かって空砲を放し、集まった民衆の動きを止めた。

「静まれ!
これから礼拝堂の開放について再度確認するため、暫し待たれよ!
なお、今後バリケードに危害を加えるものは
礼拝堂へ危害を向ける者としてみなされると思え!」

軍人の声と共に歓声が上がり、
ミリアリアはアスランやDDR部隊へ向かって小さくガッツポーズをして見せた。
「まったく、君という人は・・・。」
困ったような笑みを浮かべるアスランに、
「この貸しはつけにしといてあげるわね。」
ミリアリアはおどけてウィンクを返した。
軍人はやれやれと溜息をついて、携帯用端末で通信を開始した。
民衆の勢いを見れば、暴動を防ぐために礼拝堂を開放することになる筈だ。

――そうすれば、ラクスの手がかりが・・・。

 


状況が好転する兆しのように、重苦しい色彩の雪雲がゆっくりと流れだし
久方ぶりの青空が見えた。
アスランは礼拝堂の向こう側の大自然へと視線を馳せた。
神様が雪原をキャンバスに絵筆を滑らせるように、雲間から光が射していく。
そのまま空を見上げた。
オーブの常夏の蒼とは違う、厳格な程澄んだ空の美しさに胸が詰まる。
だからだろうか、

――・・・え?

声にならなかった。

瞳に映る抜けるような蒼穹、
そこに光る一筋の蒼い光芒。

「・・・キ・・・ラ・・・?」

信じられなかった。
信じたくなかった。
ここに来てはいけないのに、
どうして来た。

いや、分かっていただろう
ここに来るかもしれないと。

キラなら。

 


聴覚を奪われるような鋭い高音と共に
蒼い光が近づいてくる。
迷わず真直ぐに。
バルティカの民に気付かれる前にキラを遠ざけなければ、
そう思うと同時に携帯用端末で通信を繋いだが

「ねぇ、お星様が見えるよ。」

無垢な子どもの声、

小さな手が指差した蒼い光、

それを見た者の悲鳴、

アスランの耳元で繰り返す不毛なコール音、

軍人の硬質な声、

逃げ惑う靴音、

泣き叫ぶ子どもの声、

堰を切ったように始まる銃声の波、

そして大地を揺らす轟音と共に
蒼き翼が舞い降りた。





 


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