10-21 手がかりのかけら



 

春の空のような瞳を緩ませて
白く細い指を胸の前で組んで
花が綻ぶように歌うしぐさは
確かに彼女がラクス・クラインなのだと示していた。
証拠を求めること自体が愚かに感じる程。

 

 

静まり返った控室の中で、ラクスの澄んだ歌声だけが響いた。
アスランは映像の発信元を突き止めるためハッキングを開始した。
これまで行われたラクスの緊急国際放送の映像に比べて
明度が暗く、背景はまるで廃墟のようにどこか荒んだ印象を受けた。
これまでは背景は真空のような白であったのに、
どうして今回は場所が異なるのであろうか。

――ラクスが移動した・・・?
   それとも、何らかのメッセージが込められているのか?

アスランは超絶なスピードのタイプ音を立てながら何度もハッキングを試みるが
やはり先回りされたように切断されてしまう。
定石が無に帰すような手口から、前回と同一犯なのではないかと考えた時
ふと映像に妙なひっかかりを覚えた。
なぜだろう、ラクスが今立っている場所を知っている気がしたのだ。
浮かんだ疑問は続いたミリアリアの言葉でさらに膨らむ。

「何処かで見たことあるのよね、この場所。」

ミリアリアは顎に指を置いて思案するように呟いた。
するとハッキングに取りかかっていた部下も同様の言葉を漏らした。
画面にerrorの文字が表示されて、アスランはキーボードの上の手を休めた。

「それなら、場所はかなり限定されるだろう。
ここに居る皆が共通に知っている場所はそう多くない。」

室内の視線が一気にアスランに集中した。
部下は硬質な声でアスランに問うた。

「それは、クライン議長がいらっしゃる場所が
オーブという可能性もある・・・ということでしょうか。」

彼らの不安を嗅ぎ取ったアスランは、あえて瞳を緩めて肩を竦めた。
場違いな程優しい表情に、ミリアリアは息をのむ。

「ここに居る者の中で、
オーブだと気付かないような奴がいると思うか?」

安堵のため息まじりに“そうだよなぁ”と声を掛け合う部下たちを横目に
アスランは画面の背景を注視した。
と、ラクスの後方で鈍く光るものがあった。
手元のPCで画像を拡大したが、丁度ラクスの桜色の髪に隠れて部分的にしか見えない。
何の変哲もない瓦礫の一部かもしれないが何かの手がかりになれば、
そう思って目を凝らした時だった。

旋律の風にのるように
ラクスの桜色の髪が揺れて

「・・・嘘だろ?」

一瞬だけ見えたそれを、アスランは見逃さなかった。

もう一度映像を戻して画像を拡大した。
そこには、バルティカの国教のアミュレットが落ちていた。
アミュレットは背景の廃墟と同じく、所々傷つき一部は欠けた状態だった。
アミュレットが使用されるのは礼拝の時のみ、
だとしたらこの場所は礼拝堂の可能性もある。
そこまで思考してアスランは瞳を閉じて俯いた。
至った答えに呼吸も鼓動も乱れそうになる。

「みんなが記憶している筈だな・・・。」

「どういうこと?」

ミリアリアは、毅然としてはいるが瞳に不安を隠しきれずに問い返した。
アスランはその場にいる仲間たちに視線を合わせると、
硬質な声で応えた。

「ラクスが居る場所は、おそらくバルティカの礼拝堂だ。
スペイス駐屯地の戦闘機が突っ込んだ、あの場所だ。」

 

 

 

地球連合とバルティカの声明は瞬く間に世界を駆け、
メディアを通してリアルタイムで配信された。

キサカは机上の拳を堅く握りしめた。
EPUを通じて下されたプラント、バルティカ双方からのDDRの無期限停止要請に憤りを覚えた。
彼らは平和を望まないのか、そう思わずには居られなかった。
キサカはバルティカ紛争におけるDDRの成功が世界への光になるのだと期待を抱いていた。
今この時だからこそ武力によらない平和的解決が必要なのだと
現実的に世界に示すことができると信じていた。
これに世界が引き続けば、世界は変わると。
恐怖と不安に煽られ拳を上げるのではなく、
手を取り合う世界が――。

キサカは苦味を飲み込こんで、通信を繋げた。

 

 

「はい。DDR部隊、アスラン・ザラです。」

通信の画面向こうに現れたのは冷たい程平静な表情を浮かべたアスランがいた。
キサカは厳格な声で、簡潔に用件を伝えた。

「DDR部隊は即刻、バルティカから撤退し
本国へ帰国しろ。」

キサカの予想どおり、アスランは肯定も異議も示さずに沈黙した。
状況と乖離した平静の表情は冷涼で、
しかし瞳には灼熱を思わせる程の眼光を湛えていた。
キサカはそこに、アスランの譲れない意思を感じ取った。
バルティカで果たしたいことがあるのだと。
アスランの意思は理解しているしキサカ自身も同じ想いではあるが、
ここは引かせなければならない。
アスランのためにも。
キサカは地を這うような声でアスランに告げた。

「護るために、今は引け。」

経験に裏打ちされた言葉は、時の重みを帯びる。
冷静な判断と感情の葛藤がアスランの胸を駆ける。
今は引いて別のアプローチを試みるのが定石だし、
ここに留まるよりも比較にならない程安全であることも効果的であることも分かっている。
しかし今ここで、争いが起きようとしているこの時に、
何もせずに立ち去るなんて。

アスランは拳を握りしめ、微かに顎を引いた。

「了解しました。
整い次第、即刻撤退いたします。」

その声はひどく掠れていた。
通信が途切れて、ミリアリアはアスランを覗い見た。
アスランがキサカに承諾の返事をした時、
思わず彼の姿を記録に残したくなったのはジャーナリスト魂のせいだろう。
冷静な顔つきをしていても、瞳に宿る意思は他の言葉を遮断する程だった。

アスランはラクスの映像の背景はバルティカの礼拝堂である可能性をキサカに報告しなかった。
DDR部隊は撤退するしかない今の状況で、ラクス捜索のために動くことは
ミッションを越えた行動になる。
その責任が軍のトップであるキサカに及ぶことを防せいだ、そう見えた。

アスランは活動拠点にいる部隊と通信をつなげ、
室内にいる者たちにも声が届くように告げた。

「先程、キサカ総帥からDDR撤退、早期オーブ帰国の通達があった。
そのため、皆は通達に従い撤退の準備を早急に進めて欲しい。」

アスランは一度言葉を切ると、呼吸するように瞼を閉じて
開いた瞳は色を変えていた。
そして、DDR部隊を示す腕章を外して口を開いた。

「ここからはあくまで俺個人の意思として聴いてほしい。
先程緊急国際放送で放映されたクライン議長の映像は、
バルティカの礼拝堂で撮影された可能性がある。
そのためこれから現地へ向かい調査を行おうと思う。
これはDDRのミッションとは無関係であり、俺個人の意思で行うものとする。
そのため俺の行動に従う必要はないし、異論があれば本国に報告しても構わない。」

ミリアリアはあきれるほど誠実なアスランに苦笑し溜息を漏らした。
責任を背負って単身で乗り込む気なんだろう。
腕章を外したのはDDRのミッションとの区別を示すため、
そして仲間に自分の意思を告げたのは、彼らへの信頼の表れだった。
あまりにアスランらしい行動に、場違いだと分かっていても笑みがこぼれそうになる。

――だってきっと、仲間たちがあなたを放っておく筈無いわ。

ミリアリアの予想通り、通信画面の向こう側の部下が応えた。

“では、本件に関しては隊長の指示には従いません。
あくまでも、我々の意思として行動します。“

すると、画面向こう側の部下たちはニッと笑みを浮かべ、
アスランは驚いた瞳のまま室内を見渡せば、彼らも同じ顔をしていた。

“隊長、いつか申し上げたでしょう?
我々は隊長についていく所存だと。
その気持ちに、今も変わりありませんって。“

陽気に言い放つ彼らにアスランは思う。
本当にいい仲間に恵まれたと。
彼らに心からの感謝を覚え、あたたまる胸の内に
自分はオーブの軍人で良かったと思った。
ありがとう、そう言うことよりも
彼らの想いに応えるために今自分にできること。
それは今自分たちに出来ることに全力をかけることだ。

「さぁ、行こう。」


 


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