10-20 桜のひとひら



 

漆黒の宇宙に
桜の花のひとひらが舞ったように見えて、
僕は手を伸ばした。

しかし、ストライクの鋼の掌は
誰にも届かず
何も掴めず
ただ元の場所へ戻るだけだった。

何も無い、
僕の元へ。

開いた鋼の掌の上に見るものは
桜の花のひとひらの幻。

 

 

そう言えばと、
幼い頃アスランと一緒に桜の木の下で遊んだ時を思い出した。
雪のように舞う桜の花びらを捕まえようとして
一生懸命手を伸ばした。
だけど、いつも捕まえるのはアスランが先で、
僕は悔しくて頬を膨らませると、
アスランは穏やかに笑ってこう言った。

“キラは目が良すぎるんだ。
きっと俺より沢山の花びらが一度に見えてしまうから、
だから捕まえられないんじゃないかな。“

 

 

宇宙へ手を伸ばす。
求めるように伸ばした手、
捕まえたくて握りしめた掌。

だけど、
胸の前で開いた鋼の掌の中に
桜の花のひとひらは無かった。

 

コロニーは廃棄されたものも含めて全て捜索した。
プラントの制空域と中立空間に漂う戦艦も、シャトルも、移送機も、
全てにおいてチェックを入れた。
鋼鉄に包まれた国家機密であろうと、
砂漠の砂のようなプライベート情報であろうと関係ない、
数え切れないほどハッキングを繰り返し、あらゆる情報を引き出した。
しかし、ラクスを見つけることは出来ず手がかりさえ掴めなかった。
ラクスがこの宇宙から消えてしまったかのように。

 

どれだけ宇宙を駆けても
どれだけ手を伸ばしても、
嗄れる程君の名を呼んでも、
ありったけの力を注いでも。

どんなに君を想っても、
君に会うことは叶わない。

どうして。

繰り返す問いは誰にも届かずに宇宙に溶けて
応えが無いまま胸に降り積もっていった。
いつか見た白い闇の世界に雪のように、
静かに全てを飲み込んでいく。

唇で言葉を描いても、
応えは返ってこない。

君の名を呼んでも
君の微笑みを見ることが出来ない。

君を想っても、
君を抱きしめることは出来ない。

どうして。

繰り返される問いに
キラはたったひとつの答えを見つけた。
その時、キラの瞳から光が消えて紫黒に変わる。
まるで窒息する様な漆黒の宇宙に染められたように。

――そんな世界を、
   僕は許さない。

 

紫黒の瞳に桜色が射す。
コックピットの画面に現れたのは求めていた人で、

“皆さん、ごきげんよう。
わたくしは、ラクス・クラインです。“

キラの瞳を泉のように涙が満たしていく。
キラは荒い手つきでヘルメットを脱ぎ棄て、シートベルトを外した。
ラクスと自分を遮る全てがもどかしかった。

“今日も、平和の歌を届けます。“

彼女の微笑みに触れるように手を伸ばした。
画面の冷たさよりも
彼女の存在の喜びに震えて、
キラは微笑むように口づけした。

「ラクス。
君を・・・愛しているんだ・・・。」

キラの瞳を満たした涙の雫は
ラクスの旋律に踊るように瞳から離れていく。
まるで桜の花のひとひらのように
コックピットを舞う雫。
それは行き場の無いキラの想いのように
何時までも漂っていた。


 


←Back  Next→  

Top   Chapter 10   Blog(物語の舞台裏)