10-19 許し



 

カガリが不在の中、オーブ行政府はプラントからのラクス捜索に関する協力要請に応えるべく
協議が重ねられていた。
だが、情報開示を求める項目が慣例を越えるレベルまで突っ込んだものであり、
とうてい応えることは出来ないと、頭を抱えていた。
キサカもその一人であり、深くため息をついては米神に指を這わせた。

――プラントがクライン議長捜索に全力を挙げているのは分かるが・・・
   しかし協力要請に応えれば、オーブは丸裸にされてしまうぞ。

軍事機密に抵触する内容も含まれているため、到底許可することは出来ない。
しかし、これをどの様にプラントにつき返すのか・・・。
情勢が不安定である上、プラント国民はラクス捜索とテロへの報復の一色に染まっている。
国民感情がオーブ・プラント間の政治摩擦を誘発するとも考えられ、
キサカはぐっと奥歯を噛みしめた。

――とにかく、明日にでも帰国したカガリと共に最終決定を下すか。

そのためにも、現段階の状況を事前にカガリに知らせる必要があるだろう、
そう判断したキサカは補佐官にカガリと通信を繋ぐよう声を掛けた。

その時だった。

会議室奥の大画面に映し出された内容に、どよめきが走った。

「一体どういうことだっ。」

常に冷静なキサカが声を荒げる程。

 

 


「隊長っ。」

バルティカ宮廷内の控室へ戻ったアスランを部下は囲むように迎えた。
彼らの表情には一様に悔しさと憤りを混ぜたような感情が浮かんでいた。

「地球連合が地球上からのテロ撲滅を宣言しました。」

部下等の視線を辿れば、PCの画面上で地球連合の理事が
厳かに言葉を紡いでいるのが見えた。
ユジュの言った通り、これから平和を築くための争いが始まるのだろう。
地球上からあらゆるテロを撲滅するため、
危険分子の徹底的な排除が始まる。
その口火となるのが、バルティカに隣接するスペイス駐屯地である可能性は多いにある。

「直ぐに本部に戻るぞ。」

アスランは厳格に口元を引き結んだまま部下に告げた時、
PCの画面に現れたのは先程バルコニーで言葉を交わした
バルティカの皇帝、ユジュであった。
ユジュは年齢とはかけ離れた威厳に満ちた表情で、
たおやかに言葉を紡いだ。

“バルティカの民、そして世界に告げよう。
バルティカは、地球連合の宣言と等しく、
平和の実現に努めることをここに誓おう。“

アスランは真実を射抜くように画面の中のユジュを見詰めた。
気高く堂々と語るユジュの言葉は、確かに彼女の言葉なのだと思った。
手元には原稿もメモ用紙も無く、大臣や官僚が作成した文書を暗記して
読み上げているようにも見えなかった。
キラとラクスの婚約レセプションで見かけた時は年相応の幼さを感じたのに、
今言葉を紡ぐ彼女の表情は自分よりも年を重ねているようにすら見えてしまうのは何故だろう。
これまで抱いていたユジュの印象が陽炎のように揺らめいて、
その靄の中から一つの問いが浮かんでくる。
彼女は一体、誰なのだろうかと。

“地球の平和を脅かす存在に
いかなる許しがあろうか。“

バルティカという地にいるからこそ、
彼女は誇り高い皇帝として在ることができるのであろうか。
たったそれだけの理由で・・・?

“彼らの邪悪な行いに、
彼らの罪に、
天賦の慈悲も、
過去も、現在も、未来も無い。
神の許しも、
人の許しも、
時の許しさえ彼らには無いのだ。“

今の彼女が真実なのだろうか。
では、あの時見た幼い少女は一体誰なのだろうか。

“地球の平和を脅かす存在を撲滅し、
我々の自由と正義と平和の名のもとに
彼らに立ち向かうことこそ、
我々の使命である。“

それとも、皇帝ユジュもあの時の少女も
全て真実なのだろうか。

 


ユジュの演説が終わるとミリアリアは組んだ手に力を込めて呟いた。

「いくらバルティカの内政が乱れていたと言っても、
ユジュ様の国の象徴としての力は健在ね。」

皇帝の言葉に導かれるように、人々の想いが一つになる。
彼らの表層を覆っていた閉塞感に満ちた日常は危機を目の前に消え去って、
突き動かされるように使命の全うへと向かうだろう。

アスランの脳裏に先程、ユジュと交わした会話が蘇った。

 

『争いを避ければ、人の命は保たれよう。
しかし、命はあっても魂を殺される時もある。
争いによって救われる魂がある。』

『どちらも、我々が希求する平和なのだ。』

 

――これが、
   これから迎える時が平和だと言うのか?

その瞬間、画面が切り替わり
現れたその人にミリアリアは瞳を見開いた。

「・・・ど・・・して・・・?」

画面上には緊急国際放送の文字、
天使のように清らかな微笑みを浮かべるラクス――。

“皆さん、ごきげんよう。
わたくしは、ラクス・クラインです。
今日も、平和の歌を届けます。“

その清らかさが破壊的にさえ感じられる。
世界も、宇宙と地上の争いも、
渦巻くような憎しみも、
降りしきる様な哀しみも、
全てを無視したような微笑みに
問い返さずにはいられない。

どうしてあなたは
あなただけは

「幸せの中で平和を歌えるのっ・・・?」



 


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