10-16 一緒に帰ろう



 

カガリとオーブの民を乗せたシャトルは定刻通りソフィアを発った。
機内の混乱を防ぐ目的で乗客にはカガリが同船していることを伏せていたのだが、
当のカガリは一般の客室へと姿を現したため、

「あーっ!!カガリ様だーっ!!」

そう言ったのは何処のシートの子どもだっただろうか、
その声を発端にして機内は歓声に包まれた。
次々にシートを飛び降りては、カガリに抱きついていく子どもたちを目に、
マリューとムゥは微笑みあった。
カガリは誤って客室に足を踏み入れたのではない、
意図して姿を現したのだ。
自分の存在を示すことで、少しでも乗客の心を安らかにできればと。
カガリが同じシャトルに乗っているということは
ソフィアは最高レベルの警護を行っているだろうし、
オーブ制空域ではオーブ軍の出迎えもあるだろうことは想像に難くない。
カガリが同乗していることが、このシャトルの安全性を約束するのだ。

カガリは子どもたちを抱きしめながら、
シートに座ったままの乗客たちに、ひまわりのような笑顔を向けた。
ただそれだけで、人々は燈し火に集うように目を向けた。
耳をすますような静けさに子どもたちの笑う声だけが響く、
そんなあたたかな空気の中、カガリはすっと立ち上がった。

「みんなで一緒に、
オーブに帰ろう。」

ただそれだけの言葉で、
乗客に安らかな歓声の声が溜息とともに上がった。
陽の光が射したように、機内を包む不安が晴れていくのが
目に見えて分かる。
カガリの後方から見守っていたムゥとマリューは安堵のため息をついて前を向いた。

「効果覿面、だな。」

そう言って、ムゥはシートに背を預けるように座りなおした。
搭乗した時から感じていた、不安に霞んだ空気は鋭利な緊張を孕んで
何か些細なことがきっかけで爆発してしまいそうな程、あやうさを感じていた。
それがどうであろう、カガリのたった一言の言葉で空気は一変した。

「そうね。
きっと今一番、みんながほしい言葉を言えるのは、
カガリさんだけだわ。」

カガリはシャトルの中でさえ、
代表首長としての務めと人間としての責任を果たしている。
自分に出来ることに全身全霊を懸けている。

ムゥは窓に映る星を眺めながら切りだした。

「カガリは、ウズミ様からちゃんと受け継いでるんだな。」

マリューはムゥが何のことを言っているのか分からず、
続く言葉を待った。

「“小さくとも強い火は消えない”ってさ。」

ウズミが身を持って示した言葉にマリューは当時を思い出した。
ウズミの想いは確かに、あの場にいた者たちの心に刻まれ、
胸の内の希望の火にくべられた。
しかし同時にマリューは、2度目の大戦時に
カガリが希望の火を失いそうになったことも思い出した。
人を突き動かすのは希望だということは、きっと真実なのだろう。
しかし時に希望は、
人の心を潰す程重く、絶えることの無い苦しみと痛みをもたらし、
いっそ捨てた方が楽になれる時もある。
きっとそれも真実なのだろう。
その2つを知り、それでも希望の火を護り続けてきたカガリだからこそ
今の姿にはウズミの言った小さな火の持つ“強さ”が見える。

「それからもう一つ、受け継いでることがある。
その火を誰かに燈していくこと。」

ウズミが遺したのは言葉だけではない。
ウズミが希望の火をカガリに燈したように、
カガリも希望の火を人々に燈し続けている。
オーブの慰霊碑で遺族や平和を願う人々と共に花を植え、
哀しみと憎しみを受け止め、亡くした命を悼み、
平和へと希望の火を燈していく。
希望の火を共に分け合い、
共に照らし合える世界をつくろうとしている。
今、このシャトルの中でさえ。

「今一番、世界で必要な力かもしれないな。」

ムゥは方眉を下げて苦笑しながら言葉を加えた。

「まぁ、本人は“誰かに燈してる”なんて実感無くって、
無意識にそうしてるんだろうけどさ。」

マリューはくすくすと笑みを零しながら頷いた。

「そうね、カガリさんの“共に歩みたい”って気持ちが
彼女をそうさせているのかもしれないわ。」

そう言ったマリューの手を、ムゥは悪戯っぽい顔をして取った。

「じゃぁ俺も、燈してみようかな。」

離さない、その意思を示すように堅く繋いだ手に
マリューの鼓動が跳ねた。

「絶対に護るから。
一緒にオーブに帰ろう。」

どうしてこの人は、冗談のように飄々と想いをつたえてくれるんだろう。
マリューの表情に浮かぶのは、困ったような愛しさで。

「えぇ。」

マリューは想いに応えるように、繋いだ手を握り返した。

 


子どもたちの笑う声。

故郷を懐かしむ瞳。

その真ん中で微笑むカガリ。

みんなで一緒にオーブへ帰ることができるのだと
信じていた。

 

 

 

バルティカの宮廷内の一室にいたアスランは、携帯用端末をポケットに仕舞った。
ムゥからのメールでカガリがオーブへの帰国の途についた報告のメールを受けて以来
何もメッセージも送られてこないことから、
シャトルは順調に月基地まで向かっているのであろう。
定刻通りであれば、プラント・ソフィア両国の制空域を越えて中立空域を航行中だろう。
ソフィア国内で被る危険性が軽減した分、カガリの身の安全性は高まった。
だが、オーブ制空域へ入るまでは油断は許されない。

――とくにかく、カガリをオーブに戻さなければ・・・。

そしてもう一つの懸念にアスランは瞳を歪ませる。
あれからいくら手を尽くしてもキラと連絡がつかないのだ。
プラントの公式見解ではラクス捜索の第一線で指揮を執っているとのことだが、
何故キラはこちらからの連絡を全て遮断するのか、解せない。
もちろん、もし自分がキラと同じ立場になったら、
機密漏洩の防止を目的にプライベートな交信を制限するだろうし、
実際にそのような指示は事前にザフトの方から出されていただろうことは予想がつく。
だがキラならその制限をくぐり抜けて、
どんな手段を取ってでも情報を引き出そうとする筈だ。

――例えば、俺を通じてでも。
  カガリに頼んで、オーブを動かしてでも。

それなのに、どうしてキラからのアクセスが無い。
何故、こちらからの通信を拒絶する。
考えられる理由はひとつ。

――自分を失う程の精神状態なのか・・・。

自らの出生の宿命とメンデルで成された全てを知ったキラは、
一度は自らの命を断とうとした。
しかし、ラクスと共に乗り越え生きることを選んだキラは
さらに強さを得たようにアスランには見えた。
あの時アスハ邸の庭で、優しい月明かりの下で見たキラは
安らかな瞳の奥に決してぶれない確かな意思を感じた。
だが、いくらキラが真実を見つけ、自分を取り戻したとしても、
あの時心に負った砕けるような傷が治癒していくには
時間が必要だったのではないだろうか。

――だからラクスは片時も、
キラの傍を離れようとはしなかったのではないだろうか。

キラと共にプラントに戻っても、
2人の時間を優先させていたのはそのためだったのではないだろうか。
キラがバルティカ紛争のプラント特使としての任を務めることも、
時が早すぎたのかもしれない。

そのひずみが今のキラの精神を蝕んでいたのだとしたら。

アスランは目元を覆うようにして俯いた。
全ては自分の憶測にしか過ぎないが、
だからこそ見えない不安が降り積もっていく。

 

今一番、ラクスを救いたい人が
今一番、ラクスの救いが必要だなんて。



 


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