10-13 Yesterday
その頃ソフィアに滞在するオーブの面々は、
ソフィアから用意されたホテルの一室で帰国へ向けて最終打ち合わせを行った。
大きな円卓を外務大臣やムゥなど随行者が囲み、
最初に上がった話題は、カガリの帰国の足についてだった。「カガリ様、どうか帰国はオーブの艦で・・・。」
そう口説き続ける外務大臣の発言にカガリは、
「私はソフィアのシャトルで帰国するぞ。
私専用のシャトルは不要だ、オーブの民と共に同じシャトルに乗るからな。
私の分は他の人々のために使ってほしい。」と、頑なに返した。
多くの国々では、プラントのラクス専用艦カリヨンのように
国家元首専用のシャトルで国外を移動する。
オーブもその例外ではなく、代表首長が迅速かつ安全に外交に専念できるよう
専用艦を所持してはいるが、
他国から送迎を申し出られた場合は、他国のシャトルを使用していた。
送迎も他国からのもてなしの一つと捉え、
向けられた厚意には素直に応えていきたいという、何ともカガリらしい態度の表れであった。
だが、オーブのように他国からの送迎の申し出を受ける国々は
繰り返される戦争の中で激減していった。
何故なら、国家元首の身を一時でも他国に委ねることとは即ち、
国家元首の御身を自国で護れないことを意味するからだ。
これらの国々は他国の治安や国防力を疑っているのは無いだろうが、
自国の国家元首は自国で護る、そういうことなのだろう。ソフィアの建国レセプション及び首脳会議への出席に伴い、
ソフィアからカガリの送迎の申し出があり、慣例に従いオーブは快く受諾した。
しかし、状況がこうも変わってしまえば話は別だ、
そう外務大臣は言って、カガリに詰め寄った。「代表の御身の安全を考えれば、今からでもオーブの艦を呼び、
オーブ軍の警護の元、帰国すべきです。」しかしカガリの答えは変わらない。
「ソフィアのシャトルで、オーブの民と共に戻る。」
「代表っ。
他の首長も軍本部も同様の意見なのです。
代表の身の安全の確保を最優先に考えれば、オーブの艦で帰国すべきです。」外務大臣に対し、カガリはすっと視線を向けた。
その眼差しは、続いたカガリの言葉の通り、あまりに澄んでいた。「私はソフィアを信じる。」
お手上げとばかりに天を仰いだ外務大臣に、
ムゥは快活な笑い声を上げた。「カガリがこうなっちゃ仕方ねぇな〜。」
ムゥは、“そうだろ?”と言わんばかりの視線を外務大臣に向け
外務大臣は盛大な溜息を落とした。
そうなのだ、この場にいる誰もが知っている、
カガリが“信じる”と決めたものを動かすことは容易ではないということを。
ならば、今すべきことはカガリを説得することでは無い、
どうやってカガリの安全を確保するかということだ。
ムゥは話の方向性を切り替えるように提案した。「ソフィア側に、オーブの制空域までの警護態勢の強化を要請しよう。」
“それから”と言って、外務大臣は苦い表情のまま続けた。
「代表専用のシャトルを用意させましょう。」シャトルはソフィアのものを使うところまでは譲歩できても、
カガリの身を護るために打てる手は打ちたい、そういうことなのだろう。
しかし。「私専用のものは必要ない。
その分、旅客用のシャトルを増やせないか。
オーブへの帰国を望む一人でも多くの民のために。」カガリの狙いは自分専用のシャトルを辞して旅客用のシャトルを増やし、
自分自身も旅客用のシャトルに同乗することで、
代表首長の護衛を理由にシャトル全体を警護させようというのだ。
少しでも多くの民を安全にオーブに帰すために、自分を盾に使おうという
カガリらしい狙いに、ムゥは溜息をひとつついて加勢した。「シャトルに内にMSを一機、搭載させよう。
それでシャトルの安全はさらに高まるだろう?」ムゥの発言に秘書官は目を向けた。
「まさか・・・フラガ大佐が使われるのですか・・・?」
ムゥは冗談めかした声で、しかし眼光鋭く応えた。
「ま、万が一の場合は・・・ね。」
その万が一の場合など来ることは無いと、誰もが思っていた。
ソフィア国内で反ナチュラルの動きが高まり、
市街地の一部では暴動が起きている状況で、
ハルキアス大統領との会談が望めないのであれば、
このまま危険を冒してソフィアに残るメリットは無いと判断できる。
それ以上に、テロの影響で傾きだした世界の中で、
オーブは一刻も早い代表の帰国を望んでいた。
大地の女神の帰還を。
それだけ、カガリはオーブにとって精神的な支柱になっていた。
オーブの慰霊碑の前で、幾人の人々と共に花を植え、魂を悼み、抱きしめ、
心に希望の火を燈しづつけたカガリは、
オーブの民にとって希望そのものだった。
逆に言えば、今カガリを失うことは同時に、オーブが希望を失うことを意味する。
だからこそ、カガリの絶対的な安全の確保が必要なのだ。――でもそれに一番鈍感なのが、うちのお姫様だからなぁ。
自分のことは後回しにして、誰かのために一生懸命で・・・。そこまで思考して、脳裏に別の人物が浮かびムゥは頬を緩ませた。
――ほんと、“アイツ“にそっくりだよな・・・。
バルティカにいるその人物に想いを馳せて、ムゥは苦笑した。
ムゥの視線の先では、話がまとまったのであろう
外務大臣とカガリが談笑しているのが見えた。
カガリの表情から、オーブの民と共に無事に帰国出来ることを信じきっていることが読み取れた。
自分の身に危険が降りかかる可能性が大いにあることは十分理解しているのだろう、
それでもカガリは信じることを選んだ、
そんな顔をしていた。
不安に浸食されることなく、真っすぐに前を向いていた。――あんな顔されるとさ、信じていることを叶えたくなるんだよなぁ。
それが人々をつなげていくカガリの力なのかもしれないと、ムゥは思う。
夢を共に描き、共に実現したくなる、
カガリといるとそんな気持ちにさせられる。
だからこそカガリをオーブまで無事に送り届けなければならない、
その結論にアスランの声が重なった気がして、ムゥは瞳を閉じた。――分かってるさ、アスラン。
カガリを護るぜ、全力で。
同時刻。
イザークが率いるジュール隊の艦内では、不毛な押し問答が繰り返されていた。「どうしてラクス様の捜索に加わらなんですかっ!」
ルナは沸点をとうに通り越した剣幕でイザークに詰め寄った。
しかし、どんな灼熱もイザークの冷涼な視線の前では温度を失う。
無言のままイザークはルナを捉えていた。
国家元首を護ることは軍人として当然の責務であるし、
ルナがラクスに対して敬愛の念を抱いていることも理解している。
さらに、未だに目を覚まさないメイリンを慮り
歌を届け続けたラクスへの恩も感じているのだろうことも。
しかし、それと任務とは話が別だ。
それがイザークの答えであり、個人的な感情によって変えるつもりは毛頭無かった。
沈黙のまま怜悧な視線を送り続けるイザークに、
勝気なルナも負けじと食ってかかる、その繰り返しをディアッカとシンは傍観していた。「私達の任務と並行してラクス様の捜索を行うことは可能です。
他の部隊もラクス様の捜索に動き出しているんです。
ですから・・・。」「捜索してどうする。」
イザークの声は低く響き、ルナの言葉を断った。
ルナは眉をしかめると、当然とばかりに身を乗り出した。「ラクス様の行方が分からないんですよっ!
捜索に出るのは当たり前ですっ。」するとイザークは組んだ腕を解いて、頬杖をついて皮肉な笑みを浮かべた。
「そう、当たり前だ。だから我が隊が動くまでも無いだろう。
勝手に他の隊が捜索するだろうからな。」「なっ。」
あまりの怒りにルナは言葉を詰まらせた。
しかし、続いたイザークの発言にルナの思考は一気に方向転換する。「だから我が隊がしなければならないことは、
我が隊にしか出来ないことだ。
重要なのは、クライン議長の捜索ではない、
その後だ。」「・・・その後・・・。」
イザークは席を立ち、ルナを残して扉の方へと歩み出した。
それに続いたディアッカはルナの真横で立ち止り、華奢な肩を軽く叩いた。「ラクスがどんな姿で見つかると思う?」
「えっ・・・。」
イザークの言葉が胸に支えたままのルナは、
続いたディアッカの問いに戸惑うことしかできなかった。
するとディアッカはニヒルな笑みを浮かべたまま腕を組んで続けた。「無事に帰ってくるか、それとも・・・亡骸だけが返ってくることも考えられる。」
息を飲んだのはルナで、冷静に頷いたのはシンだった。
ディアッカは一瞬だけシンを捉えると、ルナに視線を流した。「生きていたとしても、プラントの政界が動く可能性はある。
例えば、アイヒマン副議長がトップに立つ可能性、とか?
それに、これから戦争だって始まりそうだし?」ディアッカの言葉を引き受けたのは、意外にもシンだった。
「だからその時自由に動けるように、今は息を顰めろ、
そういうことだろ。」シンの言葉に一瞬瞳を開き、ディアッカは口角を上げた。
――へぇ、シンは分かってんじゃねぇか。
「そういうコト。」
ルナは視線を足元に落として胸の前で手を握りしめた。
イザークとディアッカが言っていることは理解できても
抑えきれない感情があることも確かなのだ。
ルナはすっと息を吸い込んで、素直に胸の内を明かした。「“その後”が重要だとしても、どうしても“今”を大事にしたい気持ちが強いんです。」
情に篤いルナらしい言葉にディアッカは目を細めた。
「それが当たり前の感情なんだよ。
だから、それを使ってみたら?
うちの艦には性格歪んでるのばっかりだから。」そう言って背を向けたディアッカに
「どういうことですか・・・?」
ルナは問いかけたが、ディアッカは片手を上げて応えるだけだった。
ディアッカが出て行った扉を見詰めたまま動かないルナに
シンは肩を抱くように優しく手を置いた。
そっと覗うようにルナを見詰めれば、そこには意思を湛えた瞳があった。「そうね・・・、私にしか出来ないことがあるかもしれない。」
「さ、行こう。」
シンはルナの背中に手をまわして、翼のように優しく押し出した。
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