10-11 ヒナギク






君の微笑みが

君の歌声が

僕の生きる理由。

 

 


バルティカ紛争の早期解決のためプラントの特使として派遣されていたキラが
スペイス駐屯地を発ったのはソフィア建国式典が開催される数日前のことだった。
ソフィアを観光しよう、そう言いだしたのはキラだったのかラクスだったのか。
いつの間にか、2人の間でふわふわとした約束が出来あがっていた。
当初予定していた日程を前出してソフィアに入国し、
建国の喜びに満ちたソフィアの観光しようと。
久しぶりに2人きりの時間を、心のままに。

 

『どこで待ち合わせをしようか。』

画面越しにした会話は、今でも鮮明に覚えている。

『どういたしましょうか。』

微笑みながら話すラクスの癖も、
初めてデートに誘った時のように
浮き立つ自分の心も。

『そう言えば・・・、お庭のヒナギクの花が
今日、咲きましたの。』

そう言って、花のように微笑んだラクスを見て
心は決まった。

『じゃぁ、待ち合わせの場所は決まりだね。』

『はい。』

『僕たちの庭の、』

『『ヒナギクの前で。』』

 

しかし、その約束は果たされぬまま
今も2人の庭のヒナギクはひっそりと咲いている。

 

約束を飛び越えたのはラクスの方だった。
キラがスペイス駐屯地を出立しようとした時、嬉しいサプライズが舞い込んできた。
ラクスがクライン家所有の移送機で地球に向かっている、と。
きっと良い知らせがあるのだと、キラは直観的に思った。
そして、心のままに駆け出していた。

君に会いたい。
それだけだった。

 

しかしいくら待っても
ラクスを乗せた移送機が到着することは無かった。
代わりにキラの元へ届いたのは、予期せぬ知らせだった。

『キラ様。
ラクス様を乗せた移送機との通信が途切れたとの報告が・・・。』

時計の針が進む程、

『クライン家の移送機を完全にロストしましたっ!』

情報は悪い方へと上書きされていく。

『事故なのか、何か事件に巻き込まれたのか、
全く不明の状況です。』

止められぬ加速度に手が届かなくなる、
そう感じた時、キラはアメジストの瞳を細めて立ち上がった。

『プラントから捜索隊が出ることに・・・、キラ様?』

報告に来た事務官は、肩に置かれたキラの手に驚き瞳を見開いた。
その先には、状況に似つかわしくない程穏やかな表情を浮かべたキラがいた。

『大丈夫です。
僕が、出ます。』

そしてキラは宇宙へ上がった。

 

あの時、穏やかで居られる程、余裕があった訳では無かった。
ただ純粋に信じていたのだ。
ラクスにもう一度会えると。

 

 

 

エレノワはラクス捜索艦のブリッジから宇宙を見上げ、知らず呟いた。

「もう、何度目かしら・・・、
キラ様が宇宙へ出られるのは。」

青い残光の尾を引いてキラの機体が飛び立っていくのが見えた。
そこから瞳を逸らすように視線を下げ、エレノワはブリッジを後にし
ニコライの待つコンファレンスルームへ向かった。
床を蹴って通路を直進しながら、ぼんやりと思いだすのは突然の知らせだった。

 

ソフィア建国式典へ出席するためプラントを発つ前日、
ラクスは終日公務を休みたいと、秘書官に申し出た。
体調不良のため静養中であったが、出来る限り公務を続けていたラクスの体を思えば
秘書官であるエレノワにとっては安堵を覚える申し出であったが、
ラクスの言葉にしない思いやりが見て取れて、エレノワは肩をすくめたのを覚えている。
ラクスは、自身が公務を休みがちなため
秘書官を含め身辺の者に迷惑をかけているため、
ソフィアへ出立する前に彼らに休暇を与えたかったのだ。
そんなラクスの思いやりを素直に受け取り、エレノワは久しぶりのオフを満喫した。
ショッピングへ出かけ流行りの服を買ったり、新色のコスメを試したり。
年相応の休日に追いつかない体力に苦笑して、ゆっくりとディナーを取っていた時だった。
携帯用端末がけたたましく鳴ったのだ。
端末に表示された名前に驚き、ナプキンで口元を拭うのも忘れてエレノワは通信を開始した。

『はい、エレノワです。』

画面向こう側のキラが穏やかな表情のまま告げた真実を
エレノワは聴きとれずに問い返した。

『・・・え、もう一度・・・。』

厳密に言えば、聴き取れなかったのではない、
キラの言葉が、
理解できる範囲を越えていたのだ。

“ラクスを乗せたシャトルがロストしました。
これから僕は宇宙へ上がり、ラクスを探します。“

キラの言葉を心は受け付けないのに、頭では自分のすべきことを冷静に探していた。
淀みなく話すキラの声がひどくゆっくりに聴こえるのは、何故だろう。

“捜索艦としてカリヨンを指定しました。
小回りが利きますし、最高速度はエターナルに並びますから。“

『しかしそれでは戦力が・・・っ。』

そう言って、エレノワは自分の発言に驚き言葉を詰まらせた。
ラクスが乗ったシャトルが音信不通になったのは、単にシャトルが事故に遭ったのではなく、
何者かに襲われたのだと考えている自分に驚いたのだ。
その場合、ラクスの命の保証は無くなる。

返ってきたキラの声は、場違いな程優しかった。

“ストライクを持っていきますから、大丈夫です。
僕が護ります。“

エレノワが何を、と問わずとも、
キラが護るものが分かる。
エレノワは通信を切ると直ぐに、カリヨンが停泊しているポートへ向かった。

 

キラからの通信から僅か1時間後、カリヨンは宇宙へと飛び立った。

そして地球から上がってきたキラを乗せた移送機と合流し、

キラがストライクという翼を手にしてから

繰り返されるのは同じ光景だった。

カリヨンから蒼い光が飛び立っていく。

何度も、

何度も。

その数だけ、
ストライクは蒼い輝きに哀しみを纏っていった。

 

 

「ラクスっ、
応えてくれ、ラクスっ!」

愛しい人の名前を何度呼んでも
闇に吸い込まれていくだけだった。

星の輝きさえも飲み込む漆黒の闇に
窒息しそうになる。

「・・・ラクス・・・。」

呼び続けた声はとうに嗄れていた。

君に会いたい、
ただそれだけだった。


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