10-10 交錯





カガリを護るために何が出来るか、どうすべきか。

軍人である以上、国の最高元首の身の安全を護ることは重要な職務であるが、
抱いた感情はそれだけではないことをアスランは自覚していた。
職務中はストイックなまでに公を貫いていたが、今は文字通り公私混同している。
しかしそれを咎める時間は無いし、
もとより抑え込める想いではない。

ソフィアへはムゥが同行しているため、
万一の場合でも応急的にカガリを護る戦力はあるが
安全の確保には程遠い。
コーディネーターの感情は反ナチュラルへ傾いているため、
一刻も早いソフィア出国が望ましいだろう。
むしろ、宇宙へ出てしまえばソフィア・オーブ双方の護衛によって
安全性が高まる。

――カガリは拒むかもしれないが・・・

オーブの外務大臣を筆頭に、今回同行した者たちは
一刻も早い帰国を強引にでも進めるだろう。
万が一なんて、起こりはしない。

――だが・・・。

アスランはキサカへ手短なメッセージを携帯用端末で送信した。
DDR部隊の今後の動きを明示すると共に指示を仰ぐ文面の最後に
アスランは一言付け加えた。
“有事の場合は何時でも出ることが出来きます。”と。
アスランは、コーディネーターの報復作戦開始が秒読みの段階で、
バルティカを離れられる可能性はゼロに近いと分かっていたし、
何より残された時間でDDR部隊がすべき役割の大きさも自覚していた。
それでも、有事の場合は何時でも出られるのだと、
意思表示せずには居られなかった。
“君は俺が護る”、
その誓いは今もこの胸にあるから。

 

 

アスランからのメッセージを受け取ったキサカは
ふと笑みを零した。
手短で簡潔な文面からは、
アスランがバルティカでDDR部隊として全力を尽くす姿勢が読み取れた。
だが、最後に添えられた一言に
言葉以上の意思が感じられた。

――有事の場合は何時でも出られる・・・か。
何ともあいつらしいな。

キサカは端末から窓の外に広がる大空へ視線を移し、
瞳を細くした。

――あいつは今、どんな想いで任務にあたっているのであろうな・・・。

そして胸に浮かぶのは、カガリから内密に受けていたあの相談。

『もし、その時が来たら、
私は迷わずアスランをEPUへ送るからな。』

真実を射抜くような眼差しで、カガリはそう言った。
だが、とキサカは思うのだ。

――本当にそれを、あいつは望むのだろうか・・・。
  たとえ、カガリの傍を離れることになっても。

窓枠の外に広がる常夏の蒼い空は、
これまでと変わらずにあたたかな色彩で世界を包んでいた。

 

 


バルティカは常と変らぬ静けさに包まれていた。
宮廷へ向かう車窓から市街地の様子を見ながら、アスランは思う。
プラント・ソフィアの共同声明を受け、両国はテロ撲滅を宣言した。
しかしその言葉をバルティカの民は快く受け止めることは難しいだろう。
何故ならば、スペイス駐屯地の戦闘機が誤作動を起こして
バルティカの礼拝堂へ墜落した事故が
バルティカの民にとってはテロ行為だと認識されているのだから。
故にアスランは共同声明を受けて、バルティカで暴動が起きる可能性も考慮していたが、
車窓から眺める市街地の様子は、常と変わらず冷たい程静かだ。

――バルティカの民は、冷静に受け止めてくれたのだろうか・・・。

そう思った丁度その時、公共施設の入口に人だかりが出来ているのが見えた。
集まっているのは学生や若者、働き盛りの年齢の男性が中心で
中には女性も交じっている。

――一体何の集まりだろう。

そんなアスランの思考を助手席の部下の一言が遮った。

「隊長、プラントから新たな情報です。
クライン議長の拉致について・・・。」

そう言って部下から転送された情報を手元のPCで開き、
アスランは息を飲んだ。

 

 

「どういうことだ・・・っ。」

カガリはもう一度PCの画面上に記された一字一句を目で追った。
ラクスの緊急国際放送に対して、プラントはその発信源も意図も特定できずにいると発表した。
つまり、あの放送はテロ組織が放映しているか、
それともラクス自身の意思で放映されていることになる。
カガリは、後者であればと望む一方で、後者が孕む違和感を感じ取っていた。
ラクスの意思であの歌声が放映されているのであれば、
ラクスはソフィアで起きたテロと混乱に陥った世界を無視して
平和を希求していることになるからだ。
そんなことをラクスがする筈ない、だとしたら、答えは自ずと前者へ傾く。
テロ組織によって、ラクスの歌声が放映されているのだと。
それは同時に、アイヒマン副議長によって発表されたとおり、
ラクスがテロ組織に拘束されていることになる。
あまりに過激な行動に出たテロ組織である、いつラクスに手をかけるか分からない。
もし、テロ組織がラクスの緊急国際放送を放映しているとすれば、
そこには組織にとって有益な効果があるからだ。
しかし、彼らの目的も何も知り得る手掛かりが無い以上、
ラクスの命の保証は何処にもない。

さらに代表首長としてのカガリを驚かせたのは、その先だ。
プラントによって正式に発表された、地球の国々に対するクライン議長捜索協力要請だった。
捜査協力と言えば聴こえは良いが、提示された内容は
読み方によっては国家機密に触れるものも含まれている。
プラントの求める情報を開示し、
調査を目的とする入国及び施設等への立ち入りを無制限に許可すれば、
国家は丸裸にされてしまうだろう。

――この内容で、はたして地球のどれだけの国から協力を得られるだろう・・・。

オーブでさえも、プラントの要請にどこまで応えることが出来るか判断に苦しむ内容であるのに、
地球連合に与する国々が操作協力に応じる可能性は、
楽観的に見積もっても高く無い。
さらに、もし万が一、再びコーディネーターとナチュラルの争いが起きれば、
捜査協力に応じた地球の国々は、
協力した分だけ国家に関わる情報がプラントへ流れているため、圧倒的に不利になる。


――だが、協力姿勢を見せない国々に対して、
  コーディネーターの民は、どう感じるだろう。
  プラント、ソフィア両国は、外交姿勢を硬化するのではないか・・・。

混乱に陥った世界で、外交関係が悪化することはなんとしても避けなければならない。
それはオーブに限った問題ではなく、世界の全ての国と地域に当てはまることだ。
カガリは溜息をかみ殺すように首を引いた、その時
部屋に備え付けられた大画面にラクスが映し出された。
ラクスの拉致がアイヒマン副議長によって明らかにされてから、
各メディアは一様にラクスを取り上げた特別番組を放送していた。
事実関係が判然としない以上、事件に関する報道には限界があると言うよりは、
ラクスの持つ類稀なカリスマ性がメディアと視聴者を引き付けていた。
さらに過熱を煽ったのはアイヒマン副議長の発した、あの言葉だった。
あの言葉がまた、画面の向こうのアナウンサーによって繰り返される。

『”平和の女神“と謳われるラクス・クライン議長は、
これまで世界の平和のために・・・。』

まるでテロの悲劇の象徴のようにラクスを描いていくメディアに
カガリは視線を伏せた。

――許せないよな・・・。
   ラクスが好きなら、それだけ。

悪の手によって奪われた平和の女神を救いだし、
悪へ報復することこそ正義だと。
これは聖戦なのだと。
そんなストーリーが人々の手によって
自動的に上書きされていった。

真実が何か分からないのに、
誰かが描いたストーリーが“真実”と化していく。

止まらない流れにカガリは胸騒ぎを覚え、
左手を右手で包み込こむように胸に押し当てた。

 

 

アスランはプラントが提示した捜査協力を求める文書を読み返し、
苦味を帯びた記憶と共に胸騒ぎを覚えた。

――また、あの時と同じことが繰り返えされるかもしれない・・・。

先の戦争で、デュランダル前議長は、
プラントが示す平和に賛同しないもの全てをロゴスと名指し、
平和を護る正義とそれを脅かすロゴスの二項対立の構造を世界に当てはめた。
プラントの描く“平和”を普遍的な概念として規定し、
そこからあぶれたものは全て敵とされ、
描かれた“平和”の真偽が問われるとこなく、争いだけが広がっていった。

今回の一件についても、同じ構図を描くことができる。
コーディネーターの無辜の命を奪い、ラクスを拉致したテロ組織を悪とし、
それを打ち砕き平和を取り戻すことこそ正義であると。
その正義に従わないものは即ち悪であると。

さらに、ラクスの持つ類稀なカリスマ性と
アイヒマンによって語られた“平和の女神”という言葉により、
人々の感情が煽られ、一気に同じ方向を向きだしたのだ。
平和の女神を救いだし、悪を殲滅させ、
もう一度平和な世界を取り戻すのだと。
力によって。

――しかし、“力”だけが平和を実現するものではない筈だ。

それをオーブは、今この時代に示すべきだとアスランは考えていた。
調和と共生のために戦ってきたオーブだからこそ、
平和を実現するために出来ることがあるのだと。



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