「アスラン・ザラ、
紅、出る。」
アスランは標的へ向けMSを飛ばした。
ネクタイを振りほどき、シャツのボタンを2つ外す。
モニターに映し出された標的の軌跡は、
不規則な方向転換を繰り返した後に一直線にこちらへ向かっていた。
――間に合うか・・・
アスランに不安がよぎった時、
コックピット内に据え付けられたハロがはしゃぎだした。
その口調は何故か年寄りくさい。
「飛バスンジャ、アスラン!」
「わかっている。」
「リミッターヲ、外スンジャ!リミッターヲ、外スンジャ!」
「おとなしくするんだ。」
アスランはハロの頭を撫でた。
海上を真直ぐにみつめるアスランは、戦場の目をしていた。
焦るべき状況であればある程、
呼吸と鼓動と思考は静まり返っていく・・・。
それは父親であるパトリック・ザラからの遺伝であった。
アスランの射撃の正確さはパトリックに仕込まれたものであった。
それはアスランの体にしみこみ、今も息づいている。
遺伝子によらない遺伝。
『アスラン、いいか。
狙う時も撃つ時も撃った後も、
呼吸を止めるな。
鼓動を乱すな。
常に同じ呼吸を続けろ。
鼓動を保て。』
アスランの呼吸は深く、
鼓動は穏やかに胸を打ち、
『撃つと決めたら撃つ、それだけだ。』
思考は滞りなく、
『撃つことは背負うことだ。
撃たれる者も、自分自身も。
それを支えるのは覚悟だ。』
瞳にはその覚悟が宿っている。
拡大モニターが標的を映し出したと同時に、
アスランの鼓動が大きく響く。
――フリーダム!まさか・・・。
猛スピードで直進する黒のMSはフリーダムと同じフォルムから鈍い光を放っている。
アスランは通信を入れた、平静の声で。
「こちら、アスラン・ザラ。
標的を確認した。
オーブ領海侵入前に退去させる。
場合によっては捕捉する。」
「了解しました。」
通信が途切れたその時、
水柱が大空を突き刺した。
大きい。
――撃ってきたというのかっ。
しかしその放射は不自然であった。
威嚇射撃であるならば、海中に向けて撃つ筈が無い。
――海中に伏兵が?
しかし、狙いとなるものはアスランが操るMS紅以外、この領域には存在しない。
「何故・・・?」
――まるで試し撃ち・・・。
いや、そんな筈・・・。
アスランは交渉を開始しようと通信を開いたが、
何度アクセスしても相手の機体から断ち切られてしまう。
直接交渉するにはまだ距離があり、アスランは接近を急いだ。
アスランは近づくにつれ、
黒のMSは構造だけではなく装備に至まで フリーダムと一致していると確信した。
唯一、右手に装備しているビームライフル以外は。
――そもそも、キラ以外にあの機体を操れる奴はいない。
だがもし仮に、
パワーがフリーダムと同等、
もしくはそれ以上であったら・・・。
アスランは紅に備え付けられたリミッターに目を向けた。
――その前に出来ることがある。
「止まれ。
ここはオーブ連合首長国の領海だ。
速やかに停止せよ。
これ以上進入する場合は排除する。」
黒いMSは速度を緩めない。
再びアスランは呼びかける。
「繰り返す。ここは」
と、ビームライフルに光が燈る。
「言葉は聞かないのかっ!」
紅はビームライフルを手元から切り落とした、
と、
黒のMSは左から紅の頭部に向かって蹴り上げ、
空を切ったその隙に紅は下に潜り込みライフルを構える、
が、
視界から黒いMSが消えた――
「速いっ」
紅はビームサーベルを背後につきたて反転したが、
黒のMSは機体を捻って回り込み、
太陽の光の中へ隠れた。
「一斉射撃かっ」
紅は狙いを撹乱するような軌道を描き、
黒のMSに接近した、が。
撃ってこない・・・。
――むしろ撃てないのか・・・? そ
う思わせるように、
黒のMSからの殺気は、スイッチを切ったように途切れた。
アスランは間髪入れずにビームライフルを突きつけた。
「ここはオーブ連合首長国の領海線だ。
これ以上進入する場合は、撃つ。」
「・・・ごめんなさいっ!」
その声に、
アスランの鼓動が大きく波打つ。
黒のMSから聞こえてきたのは幼い少年の声だった。
それは、記憶の中の声と重なった。