1-8 流行の頭痛




「ハルキアス卿、こちらにお出ででしたか。
お越しくださり大変嬉しく思います。」
ラクスの声で、カガリは滑り落ちそうな意識を定めることができた。
ラクスはキラに微笑み、
「カガリ、ちょっと話があるんだけどいいかな。」
キラはカガリの手をとった。
「ハルキアス卿、ロイさん、失礼をお許しください。」
驚いたカガリの顔をよそに、 キラは小さく頭を下げ、そのままカガリを連れ出した。
「えっ、あっ。」
戸惑うカガリだったか、キラの歩みは止まりそうにない。
カガリはカミュとロイへ向けて小さな会釈をした。

「おい、キラ、どうしたんだよ。あれじゃ失礼だ・・・。」
キラの蒼白の横顔を見て、カガリは言葉が出なくなった。
カガリはうつむき、キラに手を引かれるまま歩いた。
キラが向かった先は会場とは正反対に位置する控え室であった。



キラはカガリをソファーへ促すと、
冷たい水をグラスに注ぎカガリの前へ置いた。
「大丈夫?」
キラの真剣な目に、カガリは心配させまいとわざとおどけて返す。
「大丈夫って聴かれて、駄目って言う奴がいるか?」
しかし、雪のように白く冷たい顔をしたカガリの口から出る言葉は、
おどけた分だけ脆く響く。
それがキラの心配を煽った。
「それよりキラ。おまえ顔色悪いぞ。どうしたんだ?」
えっという顔が一瞬よぎったが
「ちょっと頭痛がして、でも平気だよ。」
キラはカガリに笑顔を向けた。
キラの気持ちに答えるように、カガリは素直に白状した。
「私もだ。なんか、痺れるような感じがして。
体にも。」
カガリは両腕を抱え、
小さくなった。

キラは驚いた瞳を隠すように、眼を伏せ、
長い睫の影を落とした。

「キラ?」
「流行の頭痛だよ、きっと。」

ぽつり、とキラは言葉を落とした。
頭痛に流行りなんかあるのか? でも、そういうことにしておこうと、
カガリは水を口に含んだ。


清涼な1本の筋を体の中で感じ、
落ちるように、気持ちが静まっていく・・・。

「頭痛に冷たい水が効くなんて知らなかった。
キラはいつもこうしてるのか?」
「うん、こういう時はね。」
と、 キラはブランケットでカガリを包んだ。
頭からすっぽり包まれたカガリを見て、
「なんだか、マトリヨーシカみたいだね。」
とくすくす笑った。
カガリはきょとんとした顔をしたが、単純にキラの笑顔を嬉しく思った。
「少し休んだらいいよ。マリューさんたちに伝えておくから。」
カガリは優しく微笑むキラを安心させるためにも、
「ありがとう、そうする。」
と答えたが、 実際には体中にチリチリと残る痺れにより
体の自由が奪われているのを感じていた。
キラは頷くと、部屋を後にした。



後ろ手にドアを閉めると、キラはドアによりかかり足元を見つめた。
その視界は不規則に揺れている。
――どうしてカガリまで・・・。    
   カミュ・ハルキアス・・・?
痺れを振り切るように、キラは頭を左右に振った。
会場へ向かうキラの足は重く、 壁を伝う足取りに影が差した。



「大人になっちゃったなぁ、キラ。」
カガリはコトリとソファーに寝転んで、ブランケットに頬擦りをした。
まだ頭に残る痺れから、カミュの姿が立ち昇る。

「カミュ・ハルキアス。不思議なやつだ。」

カガリは瞳を閉じた。




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