「素晴らしいお天気ですので、本日のお茶会はお庭でいたしましょう。」
ラクスの提案で、会議終了後の茶会は中庭の芝生の上で行われる事になった。
現在のプラントの外交がプリンセス外交と揶揄される一因は、
大小問わず会議の後に茶会を催す点にあった。
保守的外交を好む者にとっては軟派に映り、
他方では外交の非公式性や私的性を批判されることもあった。
しかし、茶会の目的は外交ではなかった。
ラクスは1人の人間としての出会いと交わりを大切にしたかった。
国を背負った者とは言え、そこにいるのは人間だからだ。
だが、結果として茶会が外交を円滑に進める追い風となりだしたのも事実である。
ラクスは、カリスマ性や人々に安念を抱かせるという点において、
統治者に求められる能力を備えていた。
言葉や信念に宿る輝きに、人々は神聖さを見た。
ラクスを中心に人々は平和を希求する思いで繋がっていった。
その思いはラクスの言葉でさらに広がっていった。
いつしかラクスは、
司祭者のように崇められ畏敬の念を抱かれるようになった。
その片鱗は以前からあったにせよ、
プラント議長としての地位がそれを強めたのは間違い無かった。
誰もが無意識の内に、ラクス・クラインという名の聖域が作られていった。
それが人々のラクスへの思いの強さを示していることも、
ラクスはわかっていた。
しかし、誰も立ち入らぬ聖域の存在により、
寂しさが募った。
それは人間としての当たり前の欲求であった。
ラクスはゆったりと微笑みながら、隣に目を向けた。
「くはーっ!気持ちいい〜!!」
大空へ腕を伸ばしたカガリがそこにいた。
ラクスをラクスとして見る。
コーディネーターとナチュラルの区別無く、
議長と代表としてでもなく、
1人の人間として、
友として、
そう接するカガリをラクスは心から大切に思っていた。
ラクスは芝生の上に腰を下ろそうとし、
カガリは慌てた。
「あっ、待って。今、ハンカチをっ。」
ポケットからすっとハンカチを取り出し、
「ラクスの服汚れちゃったら大変だ。」
芝生に広げようとするカガリを見て、ラクスはくすくすと笑った。
「相変わらず、男前ですわね。」
「そうか?」
と、カガリも声をあげて笑った。
その様子をムウとマリューは微笑ましく見守っていた。
「本当はさぁ・・・。」
ムウはマリューをエスコートしながら話す。
「あれが当たり前なんだよな。」
マリューは苦味の混じった笑顔を見せる。
「えぇ。たわいない話で、沢山笑いあって。」
だが、ラクスとカガリはその時間を捧げると決めた。
それが彼女たちの望みであり、
使命であり、
償いだった。
「頑張ろうって気持ちにさせられるよ。本当。」
ムウの快活さが、マリューは好きだった。
「あっ、動いたわっ。この子も頑張るって。」
マリューは驚きの混じった笑顔をムウに向けた。
響いた笑い声は、きっと3人分の声だった。
ジュール隊には茶会を苦手とする者がいた。
イザークとシンだ。
彼等は、このふわふわとした甘ったるい空気に馴染めなかった。
もっとも、 馴染む気もさらさら無かったのだが。
素直に喜びと楽しさの感情を表に出し、駆けて行くルナとメイリンを横目に、
シンは少し離れたベンチに横になった。
「今日も、青いな。」
シンは抜けるような空の青さに、懐かしさを覚えた。
常夏の熱い日差しが、木々の間から降り注いだ。
苦手という理由ではなく、茶会を離れようとする者がいた。
カガリはラクスに一言断ると、”ソイツ”に向かって一直線に走っていった。
「おいっ。」
カガリはアスランの腕を引いた。
「何処へ行くっ。」
「済ませておきたい仕事がある。」
アスランは少し困ったような顔を見せた。
カガリに捕まったら、茶会を中座できないことがわかっていた。
「何とか後にしろ。
今は、こっちだっ。」
カガリはひまわりのような笑顔を見せて、
ぐいぐいとアスランを引っ張っていった。
カガリの手が触れる、その部分が熱を持ち始め、
アスランは困惑と歓喜で緩みそうになる表情を引き締める。
「キーラーーっ!!」
カガリの飛ぶような声にキラは顔を上げた。
キラの方へ歩みを進めながら、
「何でも無い話とか、してないんだろ?」
アスランを横目で見る。
「キラが寂しがってる。
それに、お前だって。友達だもんな。」
カガリの強引とも言える行動力は、真直ぐな優しさからだった。
そのあたたかさがアスランの心を照らす。
だから、あの時の約束を今でも守りたいと思う。
言葉には出来なくても。
今は叶わなくても。
カガリは、アスランをキラの目の前に連れてくると、
反対の手でキラの腕を引っ張った。
「仲良くしろよっ。」
かわるがわるキラとアスランの顔を見ると、
カガリは後方のワゴンからショートケーキを持ってきて
真直ぐに差し出した。
あっけにとられた2人をよそに、
「じゃぁなっ。」
カガリはひらりと踵を返し、ラクスのもとへ駆けて行った。
残されたキラとアスランは顔をあわせて笑った。