1-29 苺のあとさき




ラクスからは淹れたての紅茶の、芳しい香が漂っていた。
「ありがとうございます。」
カガリの言おうとした言葉を、ラクスが先に口にする。
きょとんと首をかしげるカガリを見て、ラクスは笑みをこぼしながら続ける。
「キラのこと、気遣って下さったのでしょう?」
「それはアスランも同じだ。言葉や顔に出さないだけで。」
すとんと座ったカガリは、ラクスからティーカップを受け取った。

細く白い湯気の筋が、空へ溶けてゆく。

「実は、今朝もアスランとはお話らしいお話はできなかったのです。
ですから・・・。」
ラクスは紅茶に視線を落とした。
「2人って、いいな。」
ふいに向けられたカガリの言葉に、ラクスは顔を上げた。
「思いやりが溢れてる。
見ているこっちまで、幸せになれる。」

――それは、カガリも

そう言おうとしたラクスに、カガリは2つのショートケーキを差し出した。



フォークをケーキに向けて、はたとカガリの手が止まる。
「どうされました?」
ラクスはカガリと共に居ると、笑いながら話してしまう。
「ショートケーキって、ラクスみたいだと思って。」
ラクスはくすくすと笑った。
その笑みの意味を、なんとなくカガリは分かっていた。
きっと、ラクスが思い描いているのは、キラ。
「キラも同じことを。」
ラクスはその時を大切に思い起こすような目をした。
「わかるなぁ、キラの気持ち。
甘くて、ふわふわで、優しくて。
そこにあると、楽しくてわくわくするような、
嬉しさっていうのかな、
そんな気持ちにさせるところも。
うん、ラクスだ。」
ラクスは胸のあたたかさに、瞳に立ち昇るのを感じた。
「ありがとうございます。」
ラクスは微笑むと、ショートケーキの先にフォークを入れた。
一方、 カガリは真っ先に苺をほおばった。
「んー!美味しいっ!」
ラクスは本当に美味しそうな顔をするカガリに目を細めた。
「カガリは最初に苺を食べるのですね。」
「うん。ショートケーキの美味しさは
この苺に詰まっていると思うんだ。」
カガリのショートケーキの持論を語る真剣さに、ラクスの笑みが深まる。
「ラクスはケーキから先に食べるんだな。」
ラクスの膝の上のケーキは、ちょこんと先が欠けていた。
「いつもは、苺からですわ。」
カガリはフォークをくわえたまま、きょとんとした顔をした。




「何やさぐれてるのっ。」
ルナは寝転がるシンの目の前にショートケーキを差し出した。
照れ隠しに頭をかきながら、シンは起き上がった。
「苦手なんだよ、こういうの。」
ルナはくすりと笑った。
本当は外でのんびりするのもショートケーキも好きなことを分かっていた。
そのことを素直に出せないだけなのだと。

――もうちょっと大人になってほしいんだけどな。

ルナはケーキにフォークを入れる。

――ま、そこが可愛いんだけど。

ふわふわのスポンジと軽やかな生クリームが口の中に広がる。
「おいしいっ!」
ルナの反応に、シンもケーキに手を伸ばす。
シンは苺を口に放り込んだ。
「うまーい。」
しっぽを振る子犬のような顔をしたシンを見て、
ルナは笑いを堪え切れず、爆笑した。
「そんなに可笑しいかよっ。」
シンは口を尖らせ、がっつりとケーキをほおばった。
「ごめん、ごめん。」
ルナは涙目を押さえながら言った。
「だって、やっぱり先に食べるんだって思って。
苺。」
シンは自分のケーキを見た。
大きく欠けたケーキの上に、苺はない。
「だって、待ちきれないじゃん。」
「私は後。楽しみは最後に取っておくの。」
ルナは大切そうに苺を眺めた。
と、シンは悪戯っぽい顔をして、フォークをルナの方へ向けた。
「あっ、ダメっ!絶対ダメっ!!」
ルナはベンチから立ち上がると、皿をシンから遠ざけた。
「そうやってマユちゃんからかってたんでしょっ?」

心を、
甘く、
軽く、
弾ませる。
2人は笑いあいながら、ショートケーキをほおばった。




「あの、これ、どうぞ。」
メイリンはコーヒーとショートケーキをのせたトレーを持って、
中庭の隅のテーブルへ近づいた。
そこには不機嫌な顔をしたイザークと、
瞼の重そうなディアッカがいた。
まったくやる気が感じられない上司に、
メイリンはコーヒーとケーキを差し入れた。
「あの、少しは参加してください。」
メイリンは、おっとりした性格とやわらかな雰囲気からおとなしい印象を持たれがちだが、
その芯に強い意志を持っていた。
その点から、イザークとディアッカは彼女の仕事を信頼していた。
「ありがと。置いといて。」
あくびで滲んだ目をしたディアッカが答えた。
イザークとディアッカはフォークを手にすると、同時に苺を刺した。
「あっ。」
思わず声を漏らしたメイリンに2人の視線が集中する。
「・・・。先に、食べるんですね、
苺。」
メイリンは思ったことを口にした。
2人は答える。
「先に食べなければ、苺の甘味が害われる。」
「食べ易いじゃん?先に片付けた方が。」
メイリンは堪え切れずトレーで顔を隠し、
声をたてずに笑った。




ショートケーキの先へフォークを入れようとしたアスランの手が止まる。
ケーキの上でフォークを迷わすキラを見て笑った。
笑い声でキラは我に返り、正直に話した。
「どっちから先に食べようかと思って。」
「変わらないな。」
懐かしそうな目でアスランはキラを見た。
昨日の出来事は、無意識の内にアスランと過去を近づけていた。
「アスランはどっちから食べるの?」
キラの質問に、アスランは笑いながら答えた。
「それ、昔も聞いただろ?」
「そんなこと、あったかなぁ。」
キラは照れ笑いを浮かべた。
「苺は食べない。」
アスランの答えに、キラは思い出したようにはっとした。
「いつも、母上にあげてしまっていた。
母上は苺が好きだったから。」
「そう言ってたね。」

キラの脳裏に、幼い頃の友の顔が浮かぶ。

「じゃぁ、今は?」
アスランは視線を滑らせ、思いをめぐらせた。
というのも、ケーキそのものを食べる機会が無かったのだ。
ひとつひとつ、
過去を思い起こし、
アスランは答えた。
「苺は食べなかった。」

――いつも、あんまり美味しそうに苺を食べるから。

「あげてしまっていた。」
やさしい目。
その目の先に誰がいたのか、キラにはわかっていた。
いつもと変わらぬ顔をして
アスランは苺にフォークを向け、キラの皿へ移そうとした。
キラは慌てた。
「あっ、じゃ、今日は食べてみたら。
ショートケーキの苺は、すっごく美味しいんだ。」
「知ってる。」

苺の味は、カガリの顔を見ればわかった。
苺よりも、その顔を見る方が好きだった。
ケーキの横に転がる苺。
あの時のいつもが、
大切な思い出に変わったのだと気付く。
思い出は、
想いの分だけ胸を刺す。

「で、キラはいつもどうしているんだ?」
アスランの問いに、 キラはサラリと答えた。




「いつも、最初と最後に苺を食べるんです。」
ラクスはケーキを見つめながら答えた。
カガリは弾むような声を返す。
「あ、わかった!キラがくれるんだな。」
アスランがそうであったように・・・。
カガリは自分のケーキの横を見た。
瞳を閉じて苺の甘酸っぱさを味わって、
瞼をあけるといつも、
ケーキの横に苺が転がっていた。
今はそこに、もう一つの苺はない。
穏やかな笑みを湛えたあいつも。
カガリは優しく微笑むと、
不意に湧き上がった思い出を大切に胸にしまった。

ケーキにフォークを入れたカガリの手が、
ラクスの一言で止まった。
「分けるんです。」
きょとんとした顔を向けるカガリ。
「フォークで?」
「いいえ。」
ラクスはカガリに耳打ちする。
カガリは耳まで真っ赤になった。




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