呼び鈴の音が室内に響くと、ぱたぱたと駆け寄る足音がした。
「おはようございます、アスラン。」
にっこりと微笑むラクスがアスランを迎え入れた。
待ちきれないようにキラが駆けてきた。
「いらっしゃい、アスランっ!」
――変わらないな。
昨日から続く緊張と思考の糸が、ほぐれていくのを感じた。
正面の大きな窓からは抜けるような青空と、
それを映したような海が広がっていた。
キラはアスランをソファーへ促すと、
備え付けの小さなキッチンへ向かった。
ソファーに残ったのはピンクのハロとアスランだけだった。
「ハロ、元気だったか?」
アスランはやさしく呼びかけ、ハロを撫でた。
すると寝室の方が急に騒がしくなった。
「ハロ、元気ッ!ハロ、元気ッ!」
寝室からやってきたハロも加わり、足元はお祭り騒ぎになってしまった。
アスランが困った顔をしていると、
マフィンとクッキーが盛りつけられた皿を持ったラクスが くすくすと笑みをこぼした。
「アスランが訪ねて来て下さったことが、本当に嬉しいのですね。」
「はぁ。」
この会話にどう反応して良いのか、
アスランは未だにわからない。
すると潮風に満たされた部屋にコーヒーの香ばしい香が漂ってきた。
キラはアスランの前へコーヒカップを置いた。
キラの表情を見て、
ハロと同様に嬉しがっていることを見て取ったラクスは、
またくすくすと笑みをこぼした。
2人は陽だまりのようなあたたかな幸せに包まれていた。
それは昨日のレセプションに列席した誰の目にも明らかだった。
幸福を湛えたこの空気に水を差すことになると、
アスランは話を切り出すことを躊躇った。
アスランは勧められるがままに、コーヒーにミルクを加え、
ゆっくりとスプーンを回した。
しかし、何も話さずに報告の場に出席させる訳にはいかなかった。
スプーンをソーサーに置くと、
アスランはキラのを見つめた。
「そういえば。」
ラクスの歌うような声が先だった。
「今朝方、
カガリもわたくしたちの部屋を訪ねて下さったのですよ。」
ラクスはキラの方へ目を向けた。
言葉の端がキラに続いているように、
2人は寄り添うような話し方をする。
「うん。朝から元気だったね。」
思い出したように、キラは小さく笑った。
何もせずに事実だけを伝えるのは、
カガリにとっても辛いことだった。
できることならアスランと同席したかったが、
公務とガスパル共和国との外交に務めることが
カガリの役割だと自覚していた。
だからせめて。
カガリはキラとラクスの部屋を訪れ、
2人を抱きしめた。
今の自分にできる精一杯だった。
「わたくしたちを抱きしめて下さいました。」
今朝の様子を思い出しながら、
ラクスとキラは嬉しそうに語った。
「カガリがね、大丈夫って。
アスランの話をちゃんと聞いてって。
それだけ言ったら走って帰っちゃったんだ。」
カガリが何か思いを抱いていることを、
それをアスランが告げに来たことを、
2人はわかっていた。
その上で、2人はカガリとアスランが訪ねてくれたことを素直に喜んだ。
アスランは今朝方のカガリの行動に思いを馳せ、
背中を押されたような気がした。
「2人に話たいことがある。」
アスランの声に、
キラとラクスはゆっくりと頷いた。
「昨日の午後、MS2機がオーブ領海へ侵入しようとした。
所属も機種も不明の2機のMSには不可解な点が多い。
それを今から確認する。」
昨夜と同様に、アスランは映像を映しながら報告を行った。
画面に黒のMSが映し出されると、キラは目を見開いた。
「フリーダム・・・っ。」
――やはり・・・か。
ラクスはキラの手をそっと握った。
アスランは慎重にキラに問うた。
「俺の目から見て、構造が酷似していると思うんだが。」
キラは画面から目を離さずに、その動き一つひとつを追う。
「似てる・・・っていうより、ビームライフル以外同じだよ。
構造も。」
一度アスランは映像を戻し、再生した。
「こういう動き。キラに似ている。」
「えっ。」
キラは顔を上げた。
それをラクスが引き受けた。
「これはフリーダムの特徴的な構造が可能にしている動きです。
ですが、その操作ができるのは、おそらくキラだけかと・・・。
フリーダムは、言わば寸分の狂いも無いオーダーメイドの服。
ご本人だけに、ふさわしいものですわ。」
アスランの瞳の影がゆらめく。
さらに映像は進み、幼い声が飛び込んできた。
『ごめんなさいっ!』
その声のあまりの幼さに、ラクスは口を覆った。
と、キラの手が俄かに震えだしたのを感じた。
「キラ?」
ラクスの呼びかけにも応じない。
キラは何かに打たれたように、
表情を硬くしたまま視線を逸らさない。
逸らせなかった。
――体が・・・っ。
アスランは映像を止めた。
キラ頭を抱えるように姿勢を崩した。
キラの体からは汗が滲み、その息遣いは荒い。
「キラ、大丈夫か?」
アスランはキラの肩に触れる。
「・・・うん。」
キラは自由がきかない体で笑顔を作ったが、
アスランにはそれが脆く映った
。
その場をラクスに任せ、アスランはキッチンへ向かった。
冷たい水をグラスに注いだ、
咄嗟の判断で。
良く冷えた水を口に含み、ゆっくりと飲み下し
キラは、少しずつ自分の体が自分のものに戻ってくるような感覚を覚えた。
ラクスは同じような光景見たことがあった。
――あのお方と初めてお会いした時もキラは・・・。
体から一気に血の気が引き、
体の自由を奪うような痺れを伴う頭痛に冒された。
ラクスは祈るように、
キラの手を包んだ。