1-23 ココア




元の部屋に残ったのはアスランとカガリだけだった。

室内に暖かな湯気の曲線がゆらゆらと立ち昇る。
「ココアでいいか?」
アスランがカガリに手渡す。
「ありがとな。」
ミルクたっぷりのココアの甘さに、
時間差で層のように積み重なった疲労と緊張が溶け出し、
目がとろんとする程心地よくなっていくのを感じた。
あっ、とココアを見た。
普段のコーヒーではなくココアを出したのは、
アスランのささやかな気遣いだった。
レセプションではホスト国として走り回り各界の要人と交友し、
不調を押してまでこの場にいるカガリの体は限界に近いことが
アスランにはわかっていた。
報告を後回しにできないこの状況でアスランにできることは、
報告が与えたであろうダメージを軽減させて
休ませることだけだということも。



「ケイのことで、キラが心配だと思うが、
先に手を打とうと思う。」
「えっ。」
とカガリは顔を上げた。
「メンデルへ行く。」
そこにあったのは覚悟の瞳だった。



ケイは作られたキラであるという予感が、
アスランの中にあった。
スーパーコーディネーターとしてのキラの存在を知るのはごく一部だ。
だがそこに目をつけケイを生み出したと仮定すると、
フリーダムに酷似したMSを与えピアニッシモを装備させている点を考慮すれば、
その目的が好ましいものだとは考え難かった。
むしろ、キラの能力を戦争の道具とすることが目的と考える方が自然な状況だった。
だが、あくまでアスランはフラットな思考を保とうとした。
物的・状況双方の証拠の不足は明らかであり、
この非現実的な仮説を結論付けるには尚早だった。
だが、現実にプラントではスーパーコーディネーターとクローンが作られ、
地球では強化人間の研究が進められ、
結果として全てが戦火に巻き込まれていった。
その残酷な事実から考えれば、
仮設が俄かに現実味を帯びてくる。

アスランの脳裏にはもう1つの大きな不安があった。
カガリのことだ。
スーパーコーディネーターの双子として誕生したカガリの事実を知るのは近しい者だけだった。
だがもし、ケイが作られたキラだとすれば、
双子として生まれたカガリの真実も彼等が引き寄せる、
もしくは既に握っている可能性がある。
カガリの真実を知りたいのではない。
キラとカガリの真実が使われることを、
アスランの正義が許さない。
カガリの父ウズミが真実を隠したのには、
おそらく意図があった。
カガリとキラを護るため、
もしくは、それ以外の何かをも・・・。



対峙したケイからは、悪意も偽りも憎しみも感じられなかった。
しかし、ケイの存在がその仮説に無条件の確信を与えてくる。
そんな印象がアスランの中にあった。
不確実な勘よりも、
事実から論理的に判断するアスランを、
ケイの存在が突き動かす、
早急に真実を見る必要があると。

 ――その先に、奴もいる。

記憶の中の声を直視する覚悟も、
固まっていた。



「プラントとの共同調査というかたちで、
明日ラクスに提案するつもりだ。」
「キサカの許可は得たのか?」
「あぁ、許可が下りた。
仮に1ヶ月程離れたとしても、俺の隊は自立的に動けるだろう。
ムウさんたちもいる。
軍としては問題ない。
後は君の判断だ。」

――決めたんだな。

アスランの瞳の奥の覚悟を、カガリは受け止めた。
「わかった。行って来い。」

背中を押す。
あなたが翼を広げ、飛び発てるように。
そしてあなたの発ち後を護る。
あなたが足を留め、振り返ることが無いように。
それが自分のすべきことであると、
カガリには分かっていた。

「真実を、私も一緒に受け止める。」
それができることであることも。

アスランは穏やかな微笑みを浮かべていた。




←Back  Next→  

Chapter 1  Top