1-17 友




場内の誰もがその旋律に酔いしれていた、
この2人を除いて。

イザークはアスランの横に並ぶと、視線でバルコニーへ出るよう促した。
ディアッカは両手にグラスを持っている。

――やっぱり、か。

アスランは小さく頷くと、
3人は芳しい音色から遠ざかっていった。



「で、何があった?」
ディアッカはアスランにグラスを渡した。
「安心しろよ、酒じゃないからさ。
飲めない状況なんだろ。」
戦場で培われた経験と信頼。
戦友だからこそ分かる、
戦場のにおい、
目。
だから、嘘はつかない。
「オーブ領海へ所属不明のMS2機が侵入しようとした。」
アスランは瞳に空を映しながら、
脳裏にはあの時の光景が映し出されてた。
「それで。」
イザークは不機嫌な表情を動かさない。
「領海への侵入は免れたが、
拘束することはおろか取調べをすることもできなかった。」
「みすみす逃がしたのかっ。」
イザークの押し殺したような激が飛ぶ。
「そう思われても仕方がない。」
平静にたんたんと語るアスランだったが、
イザークとディアッカは事態の異常性をその様子から感づいていた。

と、その時、
オルゴールの蓋をゆっくりと閉じるように、
旋律が消えた。
会場からは割れんばかりの拍手が沸き起こった。

「この後詳しい報告をする。
解析中のデータも出揃う頃だろうし、こっちも聞きたいことがある。」
「あ?」
ディアッカは眉をひそめた。
アスランの言葉の端に、プラントの影を見る。
「それから、このことはキラとラクスには伝えないでほしい。」
「その必要もない程の事態ならいいんだが。」
イザークは皮肉を言った。
そうではないからこそ、口止めをしていることが分かっていた。
「今夜くらい、ゆっくり休ませてやりたい。
できれば、シンたちも。」
アスランの優しさは甘さとして映るが、
その分アスラン自身が背負っていることも2人は知っていた。
イザークは小さな溜息を漏らすと、
「了解した。キラとラクスの身辺警護を強化しておく。」
グラスの酒を煽った。
「すまない。」
アスランは自分の中で何かが軽くなるのを感じた。




ユジュはラクスとキラに駆け寄った。
「ありがとうっ。」
ユジュの涙がこぼれ落ちそうな瞳は喜びの熱を帯びていた。
ラクスとキラは顔をあわせて微笑んだ。
カガリはラクスへ眼差しを向けた。

――ユジュ様は、本来ならば背負わなくて良いものを背負っている。
   今だから味わえる感情や経験を犠牲にして。

ラクスは真直ぐに引き受けた。

――だからこと、大切にしてゆきたいものですわ。
   この出会いを。
   ユジュ様の笑顔を。

2人は思いを確かめ合うように頷くと、ユジュの手をそれぞれとった。
「ユジュ様、わたくしたちとお友達になって下さいませんか?」
「今から。
これからも、ずっと。」
ユジュははらはらと涙をこぼしながら
花のような笑顔を見せた。



資源が乏しく不毛の大地として知られるバルティカは、
戦火の影響を最も強く受けた国の一つだった。
ここ四半世紀の間に2度の大量破壊兵器の被爆を受け、
バルティカの荒廃はさらに拍車がかかった。
大量に発生した避難民は他国に受け入れられず、
兵器の残り火と残留した科学部質の影響により、
その多くが死に絶えた。
兵器で汚染された土壌に作物は育たず、
枯渇した資源により開発は難航した。
その中で生き残った民は貧困に喘ぎ、
街も心身も荒廃していった。
その荒れがバルティカの民を戦争へと駆り立てる悪循環は、
未だ絶たれていない。


ユジュの笑顔に宿る尊さは、
バルティカの過去によって さらに輝きを増した。




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