あの後の自分の行動に、実感が無い。
アスランは切り落とした黒のMSのビームライフルを回収し
基地へ帰還した。
口頭の報告を済ませると、
急かされるように移送機に押し込まれ、
会場への移動中に研究所への解析の依頼と報告書の提出を済ませた、
らしかった。
同乗した操縦士は普段よりさらに口数が減ったアスランを心配の目で見たが、
すぐに視線を戻し、隣のクルーを肘でつついた。
「あの仕事っぷりは異常だわ。」
「あいつのワーカホリックはいつもの事だろ?」
「見てみなさいよ、あれ。」
タイピングの音と切り替わる画面の反射から
その超絶な速さが伝わってくる。
しかし、彼等の目に狂気じみて映ったのは、
蒼白の顔に浮かべる平静の表情だった。
「・・・鳥肌たったっ。おっかねぇ。」
「何かあったのかしら?」
「声、かけてやりてぇけど・・・。
ゆっくり飛ぼうや、せめて。」
「そうね。」
移送機は速度を緩め、会場を目指した。
移送機が到着した後、
アスランは会場ではなく中庭へ向かった。
ジャケットを右に抱え、
シャツのボタンも緩めたまま、
沈むようにベンチに体を任せた。
アスランの瞳に空の色彩が射す。
淡紅から茜へ、
そこに藍が流れ込む・・・。
記憶の中の声を現実の声として耳にした。
まるで現在に過去が流れ込むように・・・。
過去の顔が現実の声に重なる。
絡まったまま途絶える思考と
絶え間なく浮上する謎、
突発的に走る痺れに、
アスランは瞳を閉じた。
ふと瞼にカガリの姿が浮かぶ。
何かを否定するように、
アスランは頭を振った。
「アスラン、お疲れ様。」
驚いて顔を上げると、
そこにはブランケットをすっぽり被ったカガリがいた。
「えっ・・・あぁ・・・。」
カガリを目の前にして、気持ちがほぐれていくのを感じ、
同時に苦い気持ちもよぎった。
「こんな時まで、悪いな。これ。」
と、カガリはボトルを手渡した。
「大丈夫か?
顔色が良くないようだが・・・。」
受け取りながら、アスランが向けた眼差しには心配の色が滲んでいた。
「人のこと言えるかっ。
お前だって真っ青だ。」
カガリはアスランの隣にストンと座った。
「大丈夫だ。」
「大丈夫じゃないっ。」
カガリは、”どうしたんだっ!” とばかりに顔を近づけた。
そんなカガリから
アスランは視線を外し、
吹っ切るように一呼吸入れた。
「痺れるような頭痛がして。」
と、ぼんやりと空を見上げた。
浮かぶのは記憶の中の2つの声――
「流行の頭痛だな、きっと。」
カガリの言葉に、アスランは可笑しそうに笑う。
「頭痛に流行りなんてあるのか?」
「キラがそう言ってた。」
「そうか。・・・カガリも?」
「うん。」
素直に頷いたカガリは、アスランに心配かけまいとケロリとした顔を見せた。
「でも、もう平気だぞ。
冷たい水を飲んだらすーっと引いた。」
「冷たいものは頭に響くと聞くが・・・。」
「私もそう思った。
でも。
キラが教えてくれたんだ。」
カガリとキラのやり取りが目に浮かび、
アスランはくすくす笑った。
と、カガリはアスランのボトルを取りキャップを外し、
「ん。」
すっとアスランへ差し出した。
「ありがとう。」
アスランはボトルを受け取った。
体内に感じる一筋の冷たさが、
現実の確かさと自分をつなぎとめるように感じた。
水の落下する同じ速度で、
気持ちが落ち着いていくのを感じる。
「あ。」
とアスランは口を離した。
「全部飲んじゃったのか?」
「あぁ。喉が渇いていた・・・らしい。」
アスランのきょとんとした顔を見て、
カガリは身を乗り出してつっこむ。
「らしいってお前っ。
まさか乾杯の時から何も飲んでなかったんじゃないだろうなっ!」
「色々とすることがあって・・・。」
アスランは眉尻を下げて笑った。
「どうしてお前はそんなに自分に鈍感なんだっ。
いっつも自分のこと後回しにして・・・。
待ってろ、何か飲み物をっ。
あぁ、食べて無いんだろ?
じゃぁ、食べ物。」
とカガリはベンチを立った。
その手をアスランは引いた。
「今は、このまま、ここに――」
――いてほしい。
その言葉の代わりに
「もう少ししたら、会場へ戻るつもりだ。」
と、続けた。
アスランはゆっくりとカガリの手を離した。