9-8 stop by stop?
ディアッカはPCの画面に表示された速報に舌打ちを漏らした。イザークは、どうしたのかとディアッカの横に立ち、
そしてアイスブルーの瞳を苦々しく歪めた。
画面上には、バルティカ紛争現地にオーブ軍のDDR部隊が到着したとの内容が記されており、
中でも彼等の引き付けたのが、その隊長の名だ。「人選に問題は無い、筈なんだけどな・・。
なんか、引っかかるっつーかさ。」ディアッカは歯切れの悪い言葉をカフェラテと一緒に飲み込んだ。
オーブが想定したシナリオは大方予想がつく。
DDR部隊の交渉相手の片方がプラント、
つまりプラントの駐屯地および居住区のコーディネーターである点から、
アスランがDDRのトップに立ち先にプラント側を押さえ、バルティカに絶対安全を保障し、
バルティカの武将集団との間に信頼関係を築きながらDDRを遂行する。
さらに、クライン派からの強い要請により、キラが駐屯地へ派遣されることを加えれば、
オーブが描いたシナリオはさらに短時間で実現するであろうことが予想される。
そして、クライン派の狙いはまさに短期解決による地球連合との信頼回復にある。バルティカ紛争が早期終結しなければ、飛び散った火の粉が戦争の業火へと繋がる蓋然性がある。
それを見据えての今回の初動は完璧だと、イザークもディアッカも認めていた。
しかし。
この違和感は何だろう。
可視化されない何かが肌に纏わり付くような、不快感は何処から来るのか。イザークは苦虫を噛み締めたような表情で、画面向こう側の戦友へ呟いた。
「さっさと片をつけろよ。」
イザークの言葉はバルティカにいるアスランには届かずに、
画面上の戦友の涼やかな表情が何処か遠く感じられた。
「メイリン、気分はどう?」ルナは優しい手付きで、横たわるメイリンの髪を撫でた。
少し伸びた前髪が、過ぎた時の長さを感じさせ胸を刺す。
あれから、メイリンの容態が悪化することは無かったが、反対に快方する気配も無かった。
そして今日も、ルナは眠り続けるメイリンに優しく語り掛けるのだ。「あ、そうだ。
今日ね、ラクス様から歌を頂いたのよっ!
今から流すわね。」そう言って、ルナが再生の操作をすると最高評議会の正装に身を包んだラクスが現れ、
祈りを込めるように瞳を閉じた。
そして、病室に澄んだ泉のような旋律が響いて、
無機質だった空気を清らかに変えていく。ラクス自身は、本当であればメイリンの元へ直接見舞いへ行きたいと強く望んでいた。
ラクス個人としてはもちろん、議長としても。
しかし、ジュール隊はメンデルに関する特務のためプラントを離れており、
そのための時間を割くことが許されなかった。
故にラクスは、せめてもと歌をメイリンに贈ったのだ。
祈りが彼女に、届くようにと。議長服に身を包み、しかしいつも結いあげた髪を下ろして
ラクスは癒しの歌を歌った。
この歌が、後に別の意味を持つことになるとは
ルナもメイリンも、そしてラクス自身さえも知り得ぬことだった。
シンは自室のPCで、ぼんやりとバルティカ紛争のニュースを瞳に映していた。
ジュール隊に課された特務の重要性は勘で嗅ぎ取っていたが、
何をするにも一歩手前で足止めをくらう繰り返しに、半ばうんざりしていた。
気だるげに瞬きをすれば、駐屯地の居住区で起きたテロの様子が浮かんでは消える。
主犯はバルティカの軍閥の一つ、つまりナチュラルで、
逃げ惑うのは居住区に住むコーディネーターで。
アクチュアリティの欠片も感じない自分の感覚は、いかれているのであろうか。
シンは切り上げるように溜息をついて電源を落とそうとしてその時、
深紅の瞳が見開かれる。「ステラっ!!」
判断よりも先に迸る感情が、名前を呼んだ。
画面の中で右から左へと逃げ惑う居住区の住民たちのうねりの中で、
1人だけ流れに抗うように進む影があった。
人の波と塵灰に紛れる、淡く輝くブロンドの髪・・・。シンは映像を戻して、もう一度目を凝らした。
問題の部分を拡大したが、画素が荒くなるだけで顔までは判別できない。
画像の補正をしようとキーボードを叩こうとした、
が、その手が止まった。――ステラはあの時亡くしただろう・・・。
過去であることは分かっている。
過去に願った明日に生きる今、
過去へとフラッシュバックする自己を止められず
シンは歪んだ笑みを浮かべて、遮断するように電源を切った。
項垂れた拍子に漆黒の髪が頬を擦った。
この場にルナが居なくて良かったと思った。
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