9-4 辞令交付式 【 Light Ver. 】



たった1枚の紙切れで、
人の人生を決するかもしれない命令を私は下しているのだと、
その事実に、慣れることなんて、出来ないのであろう。

何時までも。



辞令交付式が行われる講堂の控え室で、カガリは何度目かの溜息を飲み込んだ。
窓から射す木漏れ日が踊るのを見て、自分の顔が下を向いていたことを知り、苦笑する。
脇の机の上には漆塗りの盆の上に辞令が重なっていた。
一番上のそれを手に取り、書かれた名前を読み上げた。

「アスラン・ザラ・・・。」

自分の声とは思え直程、細く頼りなかった。

アスランがオーブ軍に組してから2年間、彼を戦地へ向かわせたことは何度かある。
その決断をする度に胸の痛みを覚え無かったと言えば嘘になる、
だが、それ以上にカガリは心強さを覚えていた。
アスランは、必ず還ってくると、
そしてカガリ自身は、アスランが後ろを振り返らぬようオーブを護り抜くと、

――まるで希望を抱くように、
信じることが出来たのに・・・。

アスランを信じることが出来ない訳じゃない、
皆と共にあればオーブを護り抜く覚悟はある、
でも。
どうしようもない不安が身体に纏わりついて、振り切れない。
心に耳を澄ませれば聴こえてくる自分の声に、
カガリは瞠目した。

――傍にいて・・・。

自分らしくない、縋るような思考を打ち切ると、
カガリはぐっと眼差しを定め、顔を上げて前を向いた。

――信じよう。
   信じていたいから。

――平和を。

――そしてアスランが、還って来ることを。

「代表、お時間です。」

いつもは頼りなく聴こえる新米秘書官のモエギの声が、
今日に限って厳しく聴こえて、カガリは苦笑しながら片手を挙げて応えた。

「あぁ、今行く。」

 

 

「アスラン・ザラ准将。」

目の前に立ったアスランを見て、
コイツこんなに背が高かったのかと、遠くでそんなことを思っていた。
そして同時に思う、
自分はこんなに小さかったのか、と。
強く迷わず向けるアスランの眼差しに、
今も昔も変わらない炎のような熱を見る。
心強いと、
心から思う。
その気持ちに、嘘は無い。
でも、気持ちはそれだけではないことも、
嘘ではない。

「DDR部隊隊長の任を命ずる。」

辞令に書かれた言葉はあまりに簡潔明瞭で、
何の感情も飾りも無い。
その理由が、少しだけ分かった気がした。

――きっと、この想いは言葉には出来ないんだ。

だからカガリは、
辞令の紙1枚を受け取り、最高敬意を示す敬礼をするアスランに、
その心のままの眼差しで応えて、
想いが伝わるより先に瞼を伏せた。
だからカガリは、気が付かなかった。
アスランが微かに瞳を見開いた後、
肩を抱くように優しい目を向けたことを。


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