9-4 【Deep. Ver.C】青翠に映るもの







あの時の言葉を、
私は一生忘れない。





アスランの眼差しに、揺るぎ無い意志を感じた。

『中立であることが、世界平和の実現に資するものであると思ったからです。』

――・・・えっ。

カガリは瞳を見開いた。
オーブの中立が世界の平和に繋がること、
それは今この時、願いであることは出来ても現実には遠いものであると思っていた。
なのにアスランは、それが今この時に叶うと、そう言うのだろうか。

さらに、アスランは言葉を続けた。

『外から・・・、プラントから見れば、
オーブは永世中立という崇高な理念を持つだけではなく、それを貫く強さを持つ国に映ります。
そのため、オーブは他国からの信頼が厚い、
その程度はこの場に居る皆様が思われる以上に。』


パトリック・ザラの息子であるという政治的背景、
ザフトのエースパイロットであったという経歴、
さらにこの会議でなされたアスランの言葉の端々から薫る政治的センスによって、
アスランの言葉には澄んだ説得力があった。


『そしてオーブには、歴史に裏打ちされた理念と
そのための力があります。』

古より氏族が異なる同胞と争いを繰り返した歴史が生み出した理念と、
理念を護り、貫く力と、
そして。

『オーブが戦う理由とは“和解と共生”であり、
それは古より変わらぬオーブの正義であると、思います。』




胸を、打たれた。
アスランの青翠の瞳に、燃えるような信念を感じる。
眼差しに瞳を重ねれば、同じ未来が映っているのだと信じることが出来た。
言葉が心に染み入って胸を熱くする、
熱が瞳に立ち昇る。



『故にオーブは世界平和の実現のために資する国であると、信じています。
そのひとつとして、DDRを提案しました。
DDRを遂行する組織において最も重要なことは、恒久の中立性であり、
最も求められる力は揺るぎ無い目的に支えられた交渉力であると、思うからです。』


DDRを行う者に思想的政治的偏りがある限り、
武装集団の信頼を得ることも、ましてや彼等に銃を降ろさせ、動員を解除させることは困難であり、
仮に武装解除と動員解除を行ったとしても、
思想的政治的偏りが植えつけられたの土壌の上で、
民族が自決し民主的な社会が共創される可能性は限りなく低い。
故に、DDRを遂行する組織には恒久の中立性が求められる。
そして、憎しみと哀しみ、権力への欲望が斑む武装集団と渡り歩く交渉力が不可欠である。

その全てを可能とするのは、オーブの他無い。

オーブは宇宙規模の世界平和の実現のために、現実的な行動を伴って貢献できると、
そしてDDR部隊の実績を積み重ねる分だけ、有効な外交カードとしてオーブの国益に繋がること、
その2つをアスランは示している。
世界を護ることがオーブを護ることに繋がるのだと。




会議室を満たしたのは戸惑いと感嘆をまぜこぜにした溜息、
そしてそれを晴らすように何処からともなく拍手が沸き起こった。
しかし、カガリにそんな音は聴こえなかった。
深海のように音の無い世界で、
ただ、アスランの眼差しが、言葉が、胸に響いたまま――

――あ・・・わたし・・・。

瞳の熱で視界が揺らめいて、
カガリは慌てて瞬きを繰り返した。
そうしなければ、溢れた涙が零れ落ちると思った。
同じ夢を描いて共に歩んでいくことが、こんなに心強いなんて。
傍にいることが出来なくても、
手を伸ばして、想いを伝えることが出来なくても。

――アスラン、ありがとう。

カガリは祈るようにそっと、瞳を閉じた。




会議室を見渡せば、全員がDDR部隊設置に賛同している訳ではなかったが、
それでも思いは一つであるように見えたのは、カガリの気のせいではないだろう。
オーブは世界のために何ができるのか、
それを皆追い求めているのだと、実現のために力を注ぐ準備があるのだと。

――ユウナ。
   あの時の問いの応えを、オーブは示していくよ。





『え・・・、いやそれは・・・。』

一気に今日の会議の主役に躍り出たアスランに、矢継ぎ早の質問が集中したのは言うまでも無い。
見れば、あれだけ流暢に語ったアスランが言い淀む程だ。
それだけこの会議に集まったヘッドクオーターたちにアスランの提案が、
そして彼が示した志が認められたのだ。
カガリは素直にそれが誇らしく・・・

うん、確かに誇らしく、
でもやっぱり、
まるで集中豪雨のような質問の数に、笑いを抑えることなんて出来なくて、
口元を押さえて笑い出した。

『・・・だ、代表・・・?』

心配を乗せた声に、カガリは小さく手を挙げて応え、
笑みを零しながら睫に滲んだ涙を拭って続けた。

『や、ザラ准将が居てくれて良かったと思って・・・。』

こんなんじゃ説得力無いかもしれないけど、そう言葉を加えて、
カガリはふっと溜息をついた。
すると、すかさず幕僚長が豪快なツッコミを入れた。

『お言葉を返すようですが、代表。
そういったお言葉は、事が成就してからにしていただきたい。』

現場主義者の幕僚長らしい言葉の端々には、やはり彼らしい豪快なユーモアが香り、
カガリは冗談めかして書記に向かって告げた。

『そうだな。
じゃ、さっきの言葉は議事録から抹消してくれ。』

カガリの指示に、会議室ばどっと笑いに包まれた。

和やかに、緩やかに、会議が収束へと向かっていく。
その人のぬくもりのような流れの中で、カガリはアスランへ告げた。

『そういうことだから、准将、』

カガリの晴れ渡ったような声に、アスランは視線を重ねた。

『もし、DDR部隊が現実化し、戦火の地に平和をもたらした暁には、伝えよう。』


カガリはありったけの想いを込めて、
言葉を紡いだ。
アスランに、届くようにと。


『ザラ准将が、オーブに居て、良かったと。』












木漏れ日の踊るカーペットから視線を窓の外へ移す。
オーブの常夏の蒼の空へ手を伸ばすような木々の葉は
降り注ぐ陽の光を透かしている。
その色彩にアスランの瞳を重ねて、カガリは柔らかな笑みを浮かべた。

――あの時の言葉は、ちゃんとアスランに届いていたのかな。

瞼に描かれた過去に映るアスランに、カガリはくすくすと笑みを零した。
カガリの言葉を受けて、アスランは驚きに瞳を見開いて赤面したのだ。
何故アスランがそんな表情を浮かべたのか、カガリは知らない。
でも、きっとアスランに届いたのだと、信じていた。
言葉のままの想いが。

その想いは、過去も今も変わらない、
むしろ時を重ねる分だけ深く強くなっていく。

なのにどうして、今私は立ち止まったまま・・・。
いや、踏み出す一歩に戸惑って立ちすくんでる。

カガリは纏わり付くような不安を振り切るようにぐっと眼差しを定め、
顔を上げて前を向いた。

――信じよう。
   信じていたいから。

――平和を。

――そしてアスランが、還って来ることを。




「代表、お時間です。」

いつもは頼りなく聴こえる新米秘書官のモエギの声が、
今日に限って厳しく聴こえて、カガリは苦笑しながら片手を挙げて応えた。

「あぁ、今行く。」






「アスラン・ザラ准将。」

目の前に立ったアスランを見て、
コイツこんなに背が高かったのかと、遠くでそんなことを思っていた。
そして同時に思う、
自分はこんなに小さかったのか、と。
強く迷わず向けるアスランの眼差しに、
今も昔も変わらない炎のような熱を見る。
心強いと、
心から思う。
その気持ちに、嘘は無い。
でも、気持ちはそれだけではないことも、
嘘ではない。

「DDR部隊隊長の任を命ずる。」

辞令に書かれた言葉はあまりに簡潔明瞭で、
何の感情も飾りも無い。
その理由が、少しだけ分かった気がした。

――きっと、この想いは言葉には出来ないんだ。

だからカガリは、
辞令の紙1枚を受け取り、最高敬意を示す敬礼をするアスランに、
その心のままの眼差しで応えて、
想いが伝わるより先に瞼を伏せた。
だからカガリは、気が付かなかった。
アスランが微かに瞳を見開いた後、
肩を抱くように優しい目を向けたことを。


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Chapter 9