9-4 辞令交付式 【Deep ver.B】 青翠に映るもの








心地よく響くアスランの声の中に
決して揺らめくことの無い一筋の光のような意志を感じた。

いつか、アスランが言っていた。
夢がある、と。

これも、アスランの描く夢の
1ピースなのだろうか。

 

 

 

 


明らかに緊張していないアスランの立ち姿から、相当場慣れしていることが見て取れた。
オーブでは考えられない程の若さで。
その可愛げの無い様子は、会議室内のヘッドクオーターの胸の内を煽った。
一方のアスランは、涼やかな表情のまま、しかし瞳には強い眼光を宿しながら言葉を紡いだ。

 

『DDRとは、Disarmament,Demobilization & Reintegration、
武装解除、動員解除そして社会統合、その頭文字をとったもので、
旧世紀、まだ国連が機能していた頃に取り組まれていた紛争解決プログラムの一つです。』

『Disarmament武装解除で、紛争下の武装集団に銃を降ろさせ、
Demobilization動員解除で、武装集団の組織を解体し、同時に再動員、再軍備を阻止し、
最後のReintegration社会統合で、労働という社会的役割を通して、戦闘員を一般社会に統合する。
この3つのシークエンスを通して紛争下の戦闘員を人に還し、
戦場に秩序と安全をもたらし、
その地の人々によって新たな社会が民主的に築かれることをミッションとします。』


カガリは淀みないアスランの言葉に耳を傾けながら、
DDRの理論を平和構築学で学んだことがあることを思い出した。

――武力によらない、紛争解決手段のひとつだ。

DDRは武力によって兵器を破壊し戦闘員をねじ伏せ、武装解除、動員解除を行うのではない。
用いられるのは武力ではなく、人である。
故に、DDRを実行する組織は非武装である。
紛争状態にある双方の組織や軍閥と丸腰で直接交渉し、
銃を降ろさせ軍備を解き、軍や隊の組織解体を促進させる。


――あれ?
   でもDDRは確か、コズミック・イラ以降は行われなくなったんじゃなかったか・・・?


『DDRは、旧世紀に国連主導の紛争解決手段の一つとして採用されていた他、
平和憲法を持つ極東の島国によって実行された歴史がありますが、
コズミック・イラ以降、実質的にDDRは実施不可能となりました。』

アスランは一度言葉を切ると、さらに説明を続けた。

『DDRを遂行するためには、戦闘状態にある双方との信頼関係の構築が不可欠です。
しかし――』


しかし、緊迫した現在の世界情勢において、紛争もしくは戦争状態にある双方にとって、
信頼関係を結びながら武装解除を進めることは困難である。
地球連合に加盟した国々の間で勃発した争いの場合、
連合が調停者として武装解除を行ったとしても、
連合側により有益をもたらす国に有利な指針が打ち出される可能性がある。
また、地球連合に組する国や地域とプラント間で争いが勃発した場合、
双方は地球連合の調停者も、プラントの調停者も受け入れることは無いと容易に想像できる。
何故ならば、双方とも調停者という肩書きの敵を懐へ入れることを許す筈が無いからである。
故に、コズミック・イラ以降、DDRを行うことは実質上不可能となった。
不安定な世界情勢の中、長期化、泥沼化する争いに打つ手を
世界は一つ失ったのである。

いや、正確には、それを担える国や機関を失ったのだ。
旧世紀のように、世界中の国や地域が永遠平和を実現するために組織された国連は、
現在の地球連合とプラントの二項対立の世界に実現されてこなかった。
そして、先の戦争を経てようやくEPUが創設されたのだ、
宇宙規模の永遠の平和を実現するために。
しかし、創設後間もないEPUは、現実的な手段を行使できるほど、未だその成熟の時を見ない。



『DDRは紛争解決手段のひとつとして世界が求めているものだと考えます。
従って、カターリア紛争においては、地球連合からのオーブ軍派兵要請を受諾するのではなく、
DDR部隊派遣を、武力によらない紛争解決を、提案いたします。』




アスランが投じた一石によって、会議は紛糾した。
陳腐な形容になってしまうけれど、
飛び交う声は嵐のようで、
まるで荒れ狂う波のように、吹きすさぶ風のように、震えるような雷鳴のように。
カガリは思う、この声はきっとここにいるみんなが、
そしてオーブという国がずっと抱いてきた葛藤そのものなのだと。


『永世中立、そして他国への不干渉というオーブの理念を曲げるのか。
紛争解決が目的とは言え、我が軍が他国へ渡りミッションを遂行するのだぞ。』

永世中立という崇高な理念を護りたい。
でも、中立のために救えぬ命がある。

『では、オーブの理念の遵守を理由に、
消え行く紛争地の命を見過ごすのか。』

我々はオーブを護るために在る。
しかし、オーブだけを護ればそれでいいのだろうか。
それがオーブの正義か。

『故に、これまでどおりオーブは開発援助の役割を担っていけば良いだろう。
連合から一定距離を保ち、紛争国へ援助を行えばいい。』

この慣行はオーブを護るためにあるのだと。
先人たちの知恵に従えと。

『これまでも国際的な非難を浴びてきたではないか。
紛争解決のために連合は人命をつぎ込むのに対し、
オーブは金で全てを解決すると。』

先人たちは幾多の苦難を乗り越えてきたことは事実でも、
全てを解決してきたとは決して言うことはできない。
なぜならここに、こんなに、葛藤が矛盾が溢れてる。

『連合に屈するのか。』

オーブはオーブとして在り続ける。
それはみんなの願いだ。
でも、オーブとして在ることと、他国と共に歩むことが、
どうして重ならないのだろう。

『オーブはDDR部隊で、つまり人命で、国際貢献できるのではないか。』

人の命を護れるのは、人でしかない。
そして、目の前で苦しんでいる人が居れば手を差し伸べてしまうのは、
当たり前の人間の感情だ。
それを抑えるものとは何か。
それがオーブの理念なのか。

『連合の要請どおり軍を派兵すべきとお考えか。
武力で、武装集団を鎮圧せよと。』

力の全てを否定することは愚かだ。
だが、力以外の手段を持たないこともまた、愚かだ。

『そうして世界は平和になってきたではないか。』

そう、それは真実だ。

『いや、だからこそ
世界から憎しみと哀しみは絶えないのではないか。』

そう、それも真実だ。





『オーブの正義とは、何だろうな・・・。』

カガリの呟くような声に、自然と会議室は静まり返っていった。
そしてカガリは真直ぐな視線をアスランにあてた。
アスランが、オーブが打ち出せる手段から機械的にDDRを選択し、提案したとは思えなかった。
キサカの斜め後ろで、涼やかな表情で控えているけど、
きっと考えて考えて、途中でハツカネズミになりながら、それでも纏め上げて提案したはずだ。

――そこには、きっとアスランの意志がある。

カガリは射抜くような視線をそのままに、アスランに問うた。

『准将は何故、DDRを提案した?
率直な意見を聴きたい。』



アスランはその場に起立すると、一瞬静けさを纏って、
そして言葉を紡いだ。

 


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Chapter 9