9-4 辞令交付式 【Deep ver.A】 青翠に映るもの







オーブを動かすヘッドクオーターである
首長、関係省庁の大臣、事務次官クラスを召集した会議は、
予想を裏切る事無く無く紛糾した。

争点となったのはやはり、オーブ軍の紛争地への派兵についてであった。

 

 

カガリはそれとなく軍本部の上層部が並ぶ席に視線をやり、微かに首を傾げた。

――何でアスランが出席してるんだ・・・?

アスランの階級であればこの会議に召集されることは無い筈であるのに、
まるでキサカを補佐するように斜め後ろの位置に控えている。
が、この平均年齢の高い会議室の中でアスランの整った容姿が
明らかに目立ちすぎている。

――キサカに抜擢されたのか・・・?何に・・・?

カガリは思考をめぐらせて、間髪いれずにまさかの答えをはじき出す。

――アスランを派兵させるつもり・・・まさかっ。

 

『やはり、オーブからの派兵は止むを得ないのではないか。』

まるでカガリの思考を引っ張るような声が会議室から上がり、
カガリの身体が無意識に強張った。

『現実的に今、カターリアの紛争解決をになえるのはオーブだけなのではないか。』

『しかし、オーブは永世中立を誓った国。
紛争解決が目的であっても、オーブ軍派兵は内政干渉になるのではないか。』

『では、開発援助だけが、オーブが世界に果たすべき役割だとおっしゃるのか。
金を払えばそれで済むと。』

『連合は、オーブが条件をのまなければ、
戦後築いてきた友好関係を白紙に戻すことも辞さない姿勢だ。
ここは穏便に。』

『連合に屈するのか!』

『だが、終戦間も無い今、世界との協調という意味でも、
連合との関係性悪化は死活問題になりかねないだろう。
先の戦争を忘れたとは言わせまいぞ。』

 

激を飛ばすような意見の応酬を聴きながら、カガリは瞳を閉じた。

――中立で在ろうとすることは、
   間違えば孤立を招くことになる。

それは、先の戦争でセイランの指摘が首長等を動かしたことで裏付けられている。
セイランはこう主張したのだ、
“中立であるならば、国際貢献はせずとも良いのか”、と。
その国際貢献としてセイランは大西洋連邦との同盟条約の批准を推し進めた、
否、
同盟を樹立するために、中立の否定的側面を拡張させ、非難したのだ。
セイランの声に事実が含まれていたからこそ、
国の理念を曲げる結果が現実となれたのだ。
繰り返された哀しみの歴史の教訓さえも、退けて。

しかし、戦争を越えてカガリは思う。

連邦と同盟を結び、理念を捨てたオーブは、
オーブだけが持つ力さえも失ったと。

――だから、オーブの理念を貫くことが間違いではない。
   理念を実現する方法を、間違ったんだ。
   私は、オーブは。

今は迷わず信じることが出来る。
しかし、セイランの問いには答えきれずにいるのだと、同時にカガリは思うのだ。
今も、冷たい手で平手打ちをくらうように、ユウナの声が甦る。

“中立であるならば、国際貢献はしなくてもいいと言うのかい、カガリ。
オーブの理念が邪魔をして、救えない命があるということを、知らないとは言わせないよ”。

――オーブが世界のために出来ること、すべきことは、何なんだろう・・・。

そして今度は、連合から突きつけられた言葉を思い起こした。

“もしオーブがこの要請に応えない場合、我々はオーブに問うであろう。
オーブの理念を盾に、他国で命を奪われ続ける人々を無視し続ける、
オーブの人道とは、正義とは何か、と。
そしてこれは、永久に癒える事の無いかさぶたとなって、我々の間に残るであろう。“

オーブが果たすべきこととは何だろう。
補正予算を組んで開発援助をすることであろうか、
オーブ軍を紛争地へ派兵し、武装勢力を一掃することであろうか。
そのどちらも不可能なことではない、
先の戦争では法改正をして、連邦と同盟を組んだのだから。

でも、
それがオーブのすべき事なのだろうか。
オーブの正義とは、何であろう。
世界に果たすべき責任とは、何であろう。

カガリは自らの胸に問いかけるように、組んだ手を静かに見つめた。
その時だった。

 

 

『我々から提案があります。』

キサカの地を這うような低い声が響いて、
熱気が立ち込める空気が一瞬止まったように思えた。
カガリが声の方を向き直れば、キサカが軽く手を挙げていた。
キサカに集まる会議室中の視線の中には、
あからさまにキサカの力量不足を懸念するものが含まれていた。
“若造が何を言い出すのか”と。
その様子からもカガリは思い知るのだ、オーブ軍の基盤は未だ整っていないのだと。
この会議室に結集したヘッドクオーターの平均年齢に比してキサカの年齢は若い。
そして何より、正規に踏まなければならない階級をスキップして総帥に就任したことは
異例中の異例である。
この人事には、戦争を食い止めることのできなかった軍本部の反省と再生の意味が込められていたが、
それを全ての武官、文官が理解するにはまだ時間を要するであろう。

――行政府も軍もまだ磐石でないのに、派兵なんて・・・。

カガリは表情を歪ませたが、続いた言葉はカガリの思考を覆すものであった。

『軍の派兵は憲法に抵触する恐れがあり、そうでなくとも法改正は免れません。
さらに、現在は地球連合の各国同様に、オーブもまた復興に力を注ぐべき時と考えます。
そこで、我々は軍の派兵に代わり、DDR部隊派遣を提案いたします。』

――・・・DDR部隊・・・?

何処かで聴いたことがある響きに、カガリは記憶の頁を全速力で繰った。
が、その思考はキサカの一言でフリーズする。

『DDR部隊はザラ准将の提案です。』

――ア・・・スランが・・・?

『DDR部隊派遣は内政干渉にあたらず、さらにEPUからの要請との形をとれば、
派遣の意義の中立性を担保できます。
我が軍としては、施行が決定すれば直ぐに対応できる準備はあります。』

キサカは言葉を結ぶと、アスランに説明を促すように目配せをして、
アスランがその場に起立した。

その瞬間、紛糾した会議室の熱気が陽炎のように揺らめいたように見えたのは
カガリの気のせいでは無い筈だ。
重力を持ったような視線を強制的に動かして、静まり返った会議室を見渡した。
先程キサカへ向けられていた視線よりも
さらに鋭利な視線が突き刺さるように、アスランに集中している。

その人の持つ過去は、他人に都合よく甦るものだ。
それをアスランへ向けられた視線が物語っている。
アスランの先の戦争の功績はこの場にいる誰もが認めるものであり、
一部の若い士官からは英雄視されている。
しかし、今彼等の脳裏にあるのは書き換えようの無い彼の過去である。
戦犯であるパトリック・ザラの息子であり、2度のザフト脱走歴を持つ、
コーディネーター・・・。

アスランは鋭利な刃物のような視線に
怯むことも迷うことも無く、
しかし挑むことも突き返すことも無く、
静かに受け止めていた。
そして、涼やかな表情のまま口を開いた。 


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Chapter 9